第3話 ホラーの誘い
暴力を振るい、てっきり思い処罰がくるかと身構えていたけど意外にも反省文1枚で許してもらえた。
軽いペナルティで済んだ理由は身を守るために女子生徒に代わって正当防衛をしたからというものだった。
(とりあえず内申点には影響しなさそうでホッとした。)
身だしなみ検査以来、1つの視線を強く浴びるようになった。
授業中暇さえあれば(ありまくり)ずっと見られてる。
(あの子ずっと見てんじゃん、やっぱあの時はもっと考えて説得するなりすればよかったな…)
殴らず理性的に行動するべきだったと今更思い返しても後の祭りだ。
昔からどうにも頭で考えるよりも先に体が先行してしまう。
だが逆に即断即決出来るのは漢の中の漢な気もするので
まあ良しとしよう。
「ナベチーぃ!今日自主練らしいからセンゴのタイムトライアルやろぜ!」
楽観的な反省会をしていたらあっという間に6限の授業が終わっており、何時もの騒がしいヤツの声が聞こえてきた。
「お前は相変わらず元気だな」
気怠げな調子でそう答えた。
コイツの名前は模合レイジ、成績優秀、運動神経抜群でおまけに端正な顔立ちをしていて女子からモテモテ君だ。
天はこの男に二物以上を与えてる、理不尽だ。
「なんだよそっちこそ相変わらずしけた面…じゃなかった湿気た煎餅みたいな顔してさ」
「いちいちムカつく言い方に言い直すな、ぶん殴るぞ」
「恐いなー軽い冗談だってば、この間問題起こしたばっかりなんだからさ穏やかに行こうよ」
「軽く生傷を抉るな、つーか明日ポイント練あるんだから疲労溜めるんじゃねえよ」
模合は同じ陸上長距離部の仲間でもあり昨年はインターハイに出場し1500、5000m種目で共に2位の実績を残している。
一言で言うとバケモノだ。
「じゃあ百歩譲ってお前とTTするのはいいけどオレみたいな平凡な走力と競っても何も得る物はないと思うんだが…」
(例年地区大会止まりの走りなんて側で見てるだけでもむしろ悪影響を受けてしまうんじゃないか?)
「ナベチは絶対にオレと同等かそれ以上の実力を持ってると思うんだけどな」
そう言うと唇をキュッと萎ませて少し残念そうな表情を見せた。
何をどう見たらそんな過大評価になるのかわからない、きっとコイツなりに発破をかけてくれているんだろう、当然か。
「はいはい、フォローありがとう、まあ今年は入賞目指して張り切るから」
「お!いいじゃんっ!目標は高くないと、じゃあどっちがトップになるか競争だね!!」
「いや、インターハイのじゃないからな、地区大会の入賞だからな!?」
思わず慌てふためいて突っ込んでしまった。
──部活動が始まりグラウンドの中心で顧問が集合をかけると生徒達は一斉に集まり耳を傾けた。
「今日は昨日言ったように自主練だ。明日の刺激に備えてリラックスして終われるように、それとTTやろうとする奴がいたら何が何でも止めてやってくれ。1人しかいないだろうが」
そう言うと複雑な表情で模合一点を注視した。
無理もない、コイツのTT癖は今に始まった事ではなく入部してから週一回の頻度で行われていたのだから。
しかもそれは決まって何時も顧問が消える自主練メニューの日に限ってだ。
それがバレてからというもの模合の暴走行為に注意喚起が徹底されるようになった。
それでもめげない模合は気楽そうにこう答えた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよーポイント練にも支障でないんで」
「だからその前日に全力で走る馬鹿がどこにいるんだと言っている」
そう言って頭を抱える先生を見てゲラゲラと周囲の生徒達から笑いが起こった。
「これから少々片付けないといけない仕事があるんで暫く抜けるがくれぐれもケガだけはしないようにな、以上」
そう言い残し駆け足で学校へ戻っていった。
(さて今日は40分くらい軽くジョグで流すかな…)
そう思いながら準備体操を始めると1人の人物が話しかけてきた。
「ナベ君!やほ!」
「よう、どうした?何か用?」
「どうしたもこうしたもないでしょ?だいぶ前に貸した【あのクローゼットには何かいる】の感想早く聞かせてよ!」
コイツの名は日比ヘイカ、成績優秀、スポーツ万能、クラスは勿論全校生徒のハートを虜にする究極の美貌の持ち主。
ちなみに趣味はホラー映画鑑賞で特に最近のお気に入りがホラーの鬼才黒泉現黄原作のクローゼットシリーズらしい。
オレもホラー好きのよしみでその1作品を現在借りている状況だ。
「見たよ、血がクローゼットから流れてきて気づいたら自分の腕からも同じ液体が滴り落ちてきて同化してたシーンがかなりブルったな。あと最後赤目のバアさんが宙づりでノロノロ降りてくるのも中々くるな」
「でしょ!ウチもあのお婆ちゃん見て血の気が一気に引いたから!」
日比は嬉しそうな様子で手で口元を隠しながら微笑んでいた。
反応を見るに感動したの間違いだと思うが突っ込むのはやめておいた。
「ねえ?今度また家で一緒に映画見よ?それで朝方までホラーについて語り合うの!」
「パス、お前そうやって日曜の昼まで結局帰してくれなかっただろ。ホラーはいいけど別にそこまでの熱量を有してる訳じゃないんだ」
そう断ると寂しい目つきで何かを訴えるようにジーーとこちらを見てきた。
気まずくなって思わず視線を外す。
数秒の沈黙があり、その空気感に耐えきれず思わず口を開いてしまった。
「あーーもうわかったよ!行くから!その代わり23時には帰るからな!」
「ヤッターーー!!!じゃあ今週の土曜に来て!!絶対だよ!!!嘘ついたらハバネロ千個喉元にブチ込むからっ!!!」
「お、おう」
(サラッと恐ろしい脅迫するんじゃねえよ)
そんな日比の押しに折れたオレはストレッチを終え、緩いペースで地面を蹴って前へ進み始めた。