第29話 寂しがり屋
獣本体になったつもりで意識しろ。
一瞬だけど変身は出来てたんだ、クソサイコの妨害がなければもっと慣らす時間もあったが。
これからまた物にすればいい、集中だ。
黒のちゃちい耳、鋭い眼光、オレンジをバックに際立つ黒縦縞、気性の荒さ。
どれも獣化に欠かせない要素達。
さあ来いっ………
「恐がんなよぉ〜優しく指導してやっからー」
「こ、来ないでっ!アングマ・シャインっ!」
黒ローブ男に距離を詰められとうとう岩壁に追い込まれてしまったキハリ。
イメージも叶わず居ても立っても居られない本能は動き出す。
人間の姿のまま走って飛びかかった。
「おいおい、血迷ったか?肉弾戦でワンチャンあるかもとか期待してんのかよ〜」
背面キャッチみたく、掌でパンチを封じられる。
抜こうとするが握力から逃れることが出来ない。
だったらお留守の左手でコイツの頭を鳴らすまで。
外側からカーブの軌道を描いて頭部へ。
と拳を炸裂させるビジョンは浮かんでも実際は触れる数cm手前でキープしてた逆の拳を離される。
前のめりに力がかかり、バランスを崩して頭への狙いがズレた。
立て直しがままならないままお構いなしにカウンターが放たれ、意識がプツリと切れる。
──いつの夜だ?…………ぼんやり懐かしい灯りが無情で染まった心を解す。
月日はまるで経過していないのにこの胸のぽっかり空いた感覚は何だろうか?
わからない、でもいい家庭だったのは鮮明に思い出せる。
いっつも家事や人生相談で支えてくれた母さん、ちょっと世話焼きでやることなすことに口うるさい父さん、一杯分のミルクティーを巡って喧嘩もよくしたけど素直で優しい妹。
シックな白黒2色の外観が魅力の我家。
そしてピラミッドの下部を思わせる広々としたウッドデッキは庭園を解放的に眺められて最高だったな。
…………………………はは…
あぁ……そっか、もうあそこには帰れないんだ。
日常にあった尊いもん全部、あっさり手放してさ…
アホらし…ホント何やってんだろ…
好きな女の子が1人死んだから死ななくちゃいけないのか?
そんな自己満の心中、誰も望んでない。
きっと世界一孤独になれたなら神様が慈悲をくれるはずだ…
当てにならないか。
帰りたい…
帰っていいかな?
帰ってやる。
宇宙の狭間なんか超えて日本へ行くんだ。
さあ、行動するなら今すぐに。
──岩壁に項垂れて、力なく背後で手首を拘束具で縛られている少女。
黒ローブの男はもう1人の獲物の前に立ち、今か今かと生活費の確保に胸をときめかせながら作業にあたろうとしていた。
「コスパ最高だなぁ〜金入ったらドーンと飲むぜぇ〜ワイルドだ──」
舞い上がっていると突如、標的の体中からマリーゴールドの光が溢れて伽藍堂を丸ごと包み込む。
『グルルルルルルルルルッ!』




