「王太子」とかけて「種馬」と解きます
「ジュスティーヌ、嫉妬は見苦しいぞ!」
昼休みの終わり、多くの生徒が行き交う王立貴族学院の中庭で、王太子アルフォンスは、連れのジュリエット・フォルトレス男爵令嬢の振る舞いを咎めた、自身の婚約者ジュスティーヌ・シャラントン公爵令嬢に、ピシリと言い渡した。
アルフォンスの左腕はジュリエットに抱え込まれたままだ。
強く抱きしめれば折れてしまいそうな、細身で華奢なジュスティーヌと違い、ジュリエットはきわめて健康的。
背は低いが、出るべきところが出て引っ込むべきところがひっこんだ、魅力的な身体つきをしている。
正直、この瞬間もぽよんと弾むような感触は、アルフォンスの理性を若干侵蝕していた。
アルフォンスとて、婚約者がいる男性に令嬢がこうも密着するのは良くないということはわかっている。
だが田舎育ちのジュリエットに、宮廷風の礼儀作法通り振るまえと強いるのは酷だろう。
服越しとはいえ、はっきり当たっている柔らかな胸の感触は好ましいものであるし……
ちなみにジュスティーヌをエスコートしても、胸が当たった試しはない。
「ですが、このような振る舞いをお許しになっていたら、殿下の評判が……」
今日という今日は、よほど覚悟を決めてきたのか、ジュスティーヌは引かない。
王太子妃の立場を奪われまいと必死なのだろうと、アルフォンスは醒めた目でジュスティーヌを見やった。
アルフォンスだって、ジュリエットを王太子妃に迎えられないことくらいはわかっているのに、なぜ騒ぐのか。
「ご、ごめんなさい……
あたしがよくわかってないせいで……」
しょんぼりしたジュリエットが、しおしおとアルフォンスの腕を離す。
すかさず、ジュスティーヌが「わたくし」と低い声で注意した。
「わたくし」とジュリエットが素直に復唱する。
アルフォンスはジュスティーヌに苛立ちを覚えた。
共に10歳の時に婚約した、淡いブロンドの髪に美しい紫の瞳を持つジュスティーヌは令嬢の鑑と謳われている。
美丈夫と言われ、国民に大変人気があった祖父によく似ているアルフォンスと並び立っても、見劣りせず、より輝いて見える数少ない令嬢だ。
王太子妃に必要な教養、諸芸の習得も早く、礼儀作法も完璧。
冷静沈着で、目下の者には優しく接するが、自らは厳しく律する、王族には理想的な性格。
アルフォンスの両親である国王陛下・妃殿下の覚えもめでたい。
だが、活発で愛くるしいジュリエットと出会って以来、彼女の「優秀さ」や「正しさ」が、時折アルフォンスの鼻につくようになってしまった。
「学院に入学してもう半年以上経つのに、どうして令嬢らしくしようとしないの?」
ジュスティーヌは完璧に表情を消した顔でジュリエットに問うた。
「どうしてって言われても……気がついたら、つい地で動いてしまうんです。
……やっぱり育ちが悪いから、ですかね……」
ジュリエットは、事情があって母親の実家である牧場で育った。
牧童に混ざって野山を駆け回るような子供時代だったそうだ。
牧場といっても、男爵家の支族が代々経営し、競走馬やポロ用の馬の生産・育成で有名な牧場で、王族や貴族からも一定の敬意を払われるようなところだ。
なので、育てた馬が王族主催の競馬に出走する時は一家で応援しに上京することもあり、社交界とも少しつながりがある。
実はアルフォンスやジュスティーヌにも子供の頃会っているのだと、初めて話しかけられた時に聞いた。
アルフォンスには記憶がなかったが、ジュスティーヌは転んでせっかくの晴れ着を汚して泣いている女の子を慰めたことをおぼろに覚えていた。
ジュスティーヌの手を取り「姫様あの時はありがとうございました!」と前のめりにお礼を言うジュリエットに、ジュスティーヌが困惑し、アルフォンスが間に入ったのがこの三角関係?の発端である。
ジュスティーヌに詰められて、ジュリエットの大きな蒼い瞳に涙が浮かび、ぽろっとこぼれ落ちた。
アルフォンスがその肩を抱き、曲げた指の背で涙を抑えてやる。
令嬢らしいことはほとんど経験がないまま、王立貴族学院に入学したのだ。
たった半年で、生まれた時から令嬢として育てられたジュスティーヌのように振る舞えというのは無理だ。
「泣くな、ジュリエット。
お前は悪くない」
ふわふわしたピンクブロンドの髪をぽんぽんしながらなだめてやる。
アルフォンスからすると、ちょうど肩の少し下くらいの高さなので、撫でやすいのだ。
「アル様……」
王太子の胸元からジュリエットがうるっと見上げた瞬間、ジュスティーヌの表情がぴくりと動いた。
「殿下はフォルトレス嬢に愛称で呼ばせているのか」と、遠巻きに囲んでいる生徒たちの誰かがつぶやいた声は王太子と男爵令嬢の耳には入らなかったが、ジュスティーヌは聞き逃さなかった。
「……よく、わかりました」
なにが「わかった」のか、アルフォンスやジュリエットが訊ねる前に、ジュスティーヌはくるりと踵を返し、いつの間にか人だかりとなっていた生徒の間を抜け、誰とも目線を合わせずに足早に去っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やりとりを多数の生徒が目撃していたことから、3人の関係はすぐに学院内でもちきりの話題となった。
噂が広がると尾ひれや歪曲がつきもので、アルフォンスとジュリエットが堅く抱き合っていたと盛られたり、ジュスティーヌがジュリエットを「育ちが悪い」と罵ったことになったり、あっという間にアルフォンスの手に負えなくなってしまう。
ジュスティーヌはその後、アルフォンスとジュリエットに一切構わなくなったが、代わりにというつもりなのか令嬢達が集団でジュリエットに絡んできたり、逆に王太子妃候補の一人と見られていた令嬢が、ジュスティーヌに「あんな田舎娘一人どうとでもできないのならさっさと王太子の婚約者から降りろ」と斜め上にねじ込んだり大騒動だ。
ジュスティーヌの方には護衛の女性騎士も常時ついているし、貴族最高位の公爵家の長女で王太子の婚約者である彼女にとっては、上位貴族の令嬢でも所詮「格下」。
鎧袖一触、完膚なきまでに叩きのめすだろうから良いとして。
問題は、護衛や頼りになる者のいないジュリエットである。
公務で学院を休むこともあるし、違う授業をとっていたりもするから、さすがに常にアルフォンスの側に置くわけにもいかない。
やむをえず、将来の側近候補でもある友人達に、かわるがわるジュリエットを守ってもらうことにしたが、すぐに彼らも天真爛漫なジュリエットと仲良くなり、それぞれの婚約者達と揉め始めた。
アルフォンスは全力で悩んでいた。
友人とその婚約者のトラブルで悩んでいるのではない。
そっちは自己責任だ。
ジュスティーヌとジュリエットの間で勝手に悩んでいるのだ。
王妃とするなら圧倒的にジュスティーヌである。
王妃に必要な能力、気品、血筋。
国内の令嬢でこの三つがもっとも高いレベルで揃っているのはジュスティーヌ。
だから早い段階で婚約が決まったのだ。
だがジュリエットは魅力的だ。
キラキラと見上げてくる蒼い大きな瞳。
吸い込まれるように口づけしてしまいそうになる、さくらんぼのような唇。
ジュスティーヌと比べて「顔は良い殿下」と軽んじられがちな自分を、「さすがです!」「知りませんでした!」「すごーい!」「センスいいんですね!」「そうなんですね!」と全力で肯定してくれる素直さ。
そしてあの、思い出すだけでそわそわと落ち着かなくなってくる、ぽわんとした感触……
しかし、男爵家の娘は王妃にはなれない。
彼女と結婚するのなら、自分が臣籍に降りる必要がある。
それはアルフォンスには無理だ。
アルフォンスは上に姉2人、下に妹2人に挟まれた一人息子である。
この国の法で王位継承ができるのは、男系で国王とつながった、正統な結婚のもと生まれた男子のみ。
アルフォンスからは叔父にあたる王弟2人はいるが、一人は演劇に入れあげたあげく臣下に下って女優と結婚して演出家となり、もう一人は極端な社交嫌いで未だに結婚していない。
叔父達の次に候補者となるのは、祖父の兄弟である大叔父の子供と孫だが、こちらは該当者が多すぎる。
とっくの昔に成人して自分たちの道を歩んでいる者からまだ幼い子供達まで十数名、母方の身分も色々だ。
その中から一人を王位継承者に選ぶことになれば、鬼のように揉め、誰が王太子に立っても後々遺恨が残るに決まっている。
もしアルフォンスに王位を委ねられる弟がいれば、ジュリエットと結婚するために臣籍に降りたかもしれない。
だが、今の状況で降りると言い出すほどアルフォンスは無責任ではなかった。
王位を継ぎ、その前提としてジュスティーヌを娶る。
これを動かすことはできない。
ではジュリエットを、アルフォンスを励ましてくれる「さしすせそ」と、あの「ぽわん」を諦めるのか。
男爵令嬢は王妃にはできない。
だが、側妃なら話は別だ。
側妃でも伯爵令嬢以上が通例ではあるが、適当な家の養女になればアリだ。
ジュスティーヌと結婚し、ジュリエットを側妃とする。
これがアルフォンスの現時点での理想である。
しかし側妃はあくまで正妃の補助的な立場。
ジュスティーヌと結婚後、数年経って子ができなければ、自然に側妃をという話になるだろうが、もしすぐに健康な男子が産まれれば、側妃を娶る理由が当面なくなってしまう。
少なくとも公爵が健在なうちは無理だ。
ジュスティーヌの父、シャラントン公爵は獅子によく例えられる剛毅な人物。
一言で言えばめちゃくちゃ怖い上、ジュスティーヌを溺愛している。
シャラントン公爵が獅子なら、アルフォンスはせいぜいビーグル犬。
怒れる獅子の前でビーグル犬になにができようか。
しかし、まだ40歳手前で働き盛りの公爵の引退を待っていたら、自分達は三十路を越えてしまうのではないか。
「自分とジュスティーヌが結婚して数年後か、シャラントン公爵の引退後に側妃になってほしい」
こんなあてにならないことをジュリエットに言えるか?
いくらなんでもこれはない。
というか、アルフォンスは今すぐにでも、あの「ぽわん」を我が物としたいのだ。
それにはどうすればいいのか、なにか抜け道はないのか。
懊悩するアルフォンスをよそに、今日もジュリエットはアルフォンスの左腕をとって、「アル様〜」と無邪気に笑いかけてくる。
先のことなど、今の関係をさらに深めることなど、なにも考えていないようだ。
アルフォンスは、でれっと間の抜けた笑みを返すしかなかった。
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ジュスティーヌとは冷戦、ジュリエットに先の話はできないまま仲良くしている、という宙ぶらりんな状況は、唐突に終わりを告げた。
生徒間の親睦を深めるための遠乗りで、ジュスティーヌの馬が大きな蜂に驚いて暴走、それを矢のような速さで飛び出したジュリエットが救ったのだ。
狂奔する馬に後から追いつくだけでも凄いのに、全速力で並走しながら両手を手綱から離し、身を乗り出してジュスティーヌを鞍上から抱き取るなど、練達の騎士でもそうそうできない神業である。
誰の馬が走り出したのか、誰が追いかけているのか、アルフォンスが把握すらしていないうちに起きた一瞬の出来事だった。
ぐったりしたジュスティーヌを抱いて、常歩でゆっくり戻ってきたジュリエットを、皆、唖然と見守るしかなかった。
慌てて護衛騎士が地上からジュスティーヌを受け取り、侍女が介抱する。
ジュスティーヌはどこも怪我をしておらず、すぐに意識を取り戻した。
「よがっだー! 姫様ご無事でよがっだー!」
馬上から心配げに見守っていたジュリエットは、おんおんと大泣きをした。
極度の集中と緊張が解けたせいか、えらくガクガクした動きで馬を降りようとして、さっきあれほどの妙技を見せたのにすてんと転び、捻挫してしまったのにアルフォンス達は2度びっくりした。
暴走する馬に自分の馬を寄せるなど危険すぎるとジュリエットは教師達にしこたま怒られた。
だが、並走しながら馬を落ち着かせようとしてくれたのに、自分が気が遠くなってしまい、今にも落馬しそうになったのでやむを得なかったのだとジュスティーヌが説明し、処分は免れた。
ジュリエットの捻挫は結構酷いもので、しばらく安静にしなければならないと診断された。
寮では十分面倒を見てもらえないだろうと、公爵家が引き取り、上げ膳据え膳でジュスティーヌが世話をする。
二人はすっかり仲良くなり、捻挫が治って登校するようになってからもジュリエットは公爵家にいついている。
幼くして王太子の婚約者となったジュスティーヌは、他の令嬢達からは敬して遠ざけられるか、一方的に敵視されるかの二択で、実は打ち解けた女友達というものがおらず、初めてできた友達に、ジュスティーヌの方が夢中になっているようだった。
学院でも、二人はいつも一緒。
手をつないで歩き、なにかといえば抱きあったり、休憩時間には髪を梳いたり編んだりしながら、くすくすと笑いあう。
アルフォンス、ジュリエット、ジュスティーヌの3人で、ランチを食べたりおしゃべりを楽しむことが増えた。
アルフォンスの左腕をとったジュリエットが、ジュスティーヌとは恋人つなぎで手をつなぎ、3人仲良く歩む姿は、最初こそ生徒や教師達に驚愕されたが、じきに学院のよくある風景となった。
生温かい視線を向けられがちな気もしないでもないが、そこはまあ仕方ないだろう。
なにはともあれ、気がつけば、ジュスティーヌの雰囲気も柔らかくなっている。
ふとした微笑みに、こんなにも自分の婚約者は美しかったのかとアルフォンスがどぎまぎすることもあった。
ある日、アルフォンスは、ジュスティーヌから内密に話したいと耳打ちをされた。
「殿下、ジュリエットが将来わたくしの侍女になりたいと申しているのですが」
人気のない学院の庭の片隅で、ジュスティーヌは切り出した。
「……そうなのか」
アルフォンスは少し意表を突かれた。
ジュスティーヌと仲良くなったものの、ジュリエットは相変わらず自由奔放で、ジュスティーヌもいちいち正さなくなっていたからだ。
てっきり、卒業後はとりあえず地元に帰るつもりなのかと思っていた。
それにしても、王太子妃の侍女になりたいとは……
そもそも、側妃制度は、王妃が妊娠・出産の負担に耐えられない場合、みずからの侍女を指名して代役として立てたことに始まる。
いつの間にやら、単に国王が愛人を囲う制度となってしまっているが、ジュリエットが側妃を目指すのなら、まずは正妃の侍女になろうとするのは正しいと言えば正しい。
「殿下は、将来、側妃としてジュリエットを迎えたいと思っていらっしゃいますか?
それとも、わたくしと婚約解消して、ジュリエットを正妃として迎えたいと思っていらっしゃいますか?」
「正妃は君だ。
なにがあろうと、それは揺らがない」
ここはアルフォンスもきっぱりと断言した。
ジュスティーヌは小さく頷いた。
少しほっとしたように見えた。
「ジュリエットとなら、わたくし、うまくやっていけると思うのです。
父も大変気に入っていますし。
ではあの子を侍女として迎えますので……よろしゅうございますね」
「……ジュスティーヌは良いのか? それで……」
いくら優秀さで群を抜いているとはいえ、ジュスティーヌはまだ十代の少女である。
結婚前から、いわば将来の浮気相手を受け入れる判断までさせてしまうのか。
元はと言えば自分のせいとはいえ、アルフォンスはさすがに申し訳なく思った。
「愛しあう二人を引き裂くだなんて、まるで悪役みたいじゃないですか。
わたくし、そんな役回りは厭です」
ふふ、と柔らかくジュスティーヌは微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学院を卒業して半年後、王宮で行われたアルフォンスとジュスティーヌの結婚式は、国内外の要人を招き、盛大に行われた。
花嫁衣装のジュスティーヌは、この世のものとは思えないほど気高く、美しかった。
侍女として参列したジュリエットは、めちゃくちゃに泣いていたが。
式、パレード、王宮のバルコニーからの国民への挨拶、晩餐会と舞踏会と滞りなく進んで、長い長い一日はようやく終わり、初夜の床入りとなる。
私室で湯浴みをして夜着に着替え、アルフォンスは「妻」と共有する寝室に向かう。
ジュスティーヌが待っているはずの豪奢な寝台には天蓋がかかっていた。
刺繍がほどこされた白い紗をそっと払ったところ……
肌が少し透けるほど薄い夜着をまとったジュスティーヌとジュリエットが、一緒に床に入ってくっついているのを見つけて腰を抜かした。
「な、なんでジュリエットもいるんだ!?」
「初夜なのに、ジュリエットだけ置いてけぼりはかわいそうでしょう?」
ジュスティーヌがおっとりと首を傾げる。
「姫様がアル様に無体をされてはいけないので監視です!」
ジュリエットはきぱっと言うと、ジュスティーヌをアルフォンスからかばうように抱きしめる。
ジュスティーヌとジュリエットは、それぞれ違うことを言っているのに気づいて、お互いあれっと顔を見合わせた。
「どういうことだ……?」
「……ジュリエットは殿下と愛しあっていて、側妃になるのよね?」
「側妃!?そんな話聞いてないんですけど!
私は姫様にお仕えすることだけ考えて生きてきた勢なので!
というか、いつの間にアル様と愛しあっている設定になってるんです?
知らないですよそんなの」
アルフォンスはのけぞった。
そう言えば、ジュリエットに側妃の話をしたか、といえばした覚えはない。
というか、ジュリエットは別に自分のことを好いていたわけでは……なかったのか?
二人はアルフォンスを、お前が悪いとばかりに冷たい目で睨んだ。
アルフォンスとしては自分だけが悪いのではないと主張したいところだったが、二対一で勝てる気はしない。
「……わたくし、男の方や……その、房事のようなことは苦手だから……
最低限のことは我慢するとして、あとは二人を応援すれば良いのだから、ある意味楽をさせてもらえると思っていたのに……」
どうしよう、とジュスティーヌが視線を泳がせる。
我慢。
美しい花嫁に言われた言葉は、アルフォンスの胸をぐっさりと貫いた。
そうか、自分に抱きしめられ、情を交わすことは、ジュスティーヌには「我慢」して耐えなければならないことなのか。
そうか、そうだったのか……
「私はとにかく姫様をお守りするつもりで。
アル様、いい人ですけど無神経なところがあるじゃないですか。
正直、姫様をまかせてらんないんですよ」
いい人。
自分を恋していると思っていた少女に言われた言葉は、アルフォンスの後頭部をガツンと打ちのめした。
そうか、ジュリエットにとって、自分は「いいヤツだけど色々残念なので面倒をみないといけない友達」くらいの位置づけだったのか。
そういえば、アルフォンスの側近候補達にも、普通に腕をとったりしていて婚約者にキレられてたんだよな……
うん。自分はジュリエットの「特別」では全然なかったのかもしれない。
3人は、揃って、深々とため息をついた。
「……先のことはまたゆっくり考えるとして……とりあえず、今日は休みましょうか」
ジュスティーヌがつぶやいた。
「そうするか……」
衝撃を受け止めきれていないアルフォンスが頷いて、ふらふらと寝台に上がりかけたところで、スパーンとジュリエットの蹴りが炸裂し、アルフォンスは蹴落とされた。
シャッと天蓋が引かれて、白い紗の向こうから、「アル様はソファでお休みくださいッ」というジュリエットの無情な声。
枕一つと丸めた肌掛け一枚が天蓋の隙間からぽんぽんと投げつけられる。
「ええええええ……」
「ええええええじゃないですよ!
なんでこの流れで姫様と一緒に寝られると思うんですか。
そういうところがアル様ダメなんですよ!」
ジュリエットが、天蓋の隙間から顔だけ出して、アルフォンスに半ギレで言う。
確かに、とアルフォンスは頷くしかなかった。
枕と肌掛けを抱えて、しおしおとソファに向かうアルフォンスをよそに、二人は「一緒に寝るのは久しぶりね」とお泊り会感覚で寝支度を整えているようだ。
ぽんぽんと枕を膨らませながら、ひょっとしたらなんだかんだで優しいジュスティーヌがこっちに来ても良いと言ってくれないだろうかと期待を籠めて7回くらい寝台の方を見やったが、そんな声はかからなかった。
ソファに横になり、肌掛けをひっかぶる。
灯火が消され、じきに寝台は静かになった。
二人の安らかな寝息がかすかに聞こえる中、眠れる気がまったくしないアルフォンスは、ジュリエットの生家、フォルトレス男爵家の家紋をふと思い出した。
馬に跨り長剣を振り上げた騎士の図像の下に家憲を組み込んだものだ。
家憲は、「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」。
「要するに、私は馬だったのか……」
たぶん、最初から、ジュリエットは、子供の頃助けてくれたジュスティーヌに憧れ、近づきたいと思っていたのだ。
だが、ジュスティーヌは令嬢らしくないジュリエットに困惑し、距離をとろうとしていたから、脇の甘いアルフォンスから近づいたのだ。
はふ、とアルフォンスはため息をつきながら72回目の寝返りを打った。
「あ? これから別の意味でも馬になるのか……?」
種馬に、である。
「子作り」も王太子妃、王妃の重要な責務であることくらいは、二人もわかっているだろう。
しかしジュリエットは牧場の娘だから、人工繁殖のやり方だってきっと知っている。
ジュスティーヌがどうしても房事が厭だと言えば、それで子を作る破目になるのだろうか。
せめて人工繁殖は勘弁してほしい…アルフォンスがつぶやいた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
ご覧いただきありがとうございました!
評価&ブクマ&感想くださった皆様、ありがとうございますありがとうございます!
アルフォンスとジュスティーヌ、ジュリエットのその後は以下をご覧ください!
「王太子妃殿下だって『逆ハー』してみたい!」
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