1.僕はよく夢を見る。
僕はよく夢を見る。
頭の上に広がるのは黄昏時の、赤みががったオレンジ色の空。自分は建物の屋上に誰かといて、その人の背中を見つめていた。
目の前にいるのは、美しい少女――いや、酷く酷く美しい少女、という表現が適切な気がした。輪郭も顔も、靄がかかったようにはっきりと認識できないが、その少女の透き通るような声は明瞭に聴き取ることができた。
「全部、思い出したようだね。」
背を向けている少女の顔は確認できないが、笑顔を浮かべているようだ。
僕は何も答えない。いや、答えられない。
「私に隠し事は通じない、って何度も言い含めてあっただろう。答えないっていうことは、図星だね。」
少女の言葉とともに、フフッ、っと吐息が漏れた。
また、僕は答えられない。
「安心したよ。それじゃあ、私はもうお役御免かな?」
首を傾げながら、少しだけこちらに顔を向けた少女の顔は、依然としては曖昧だ。でも、なぜかその顔は喜びと寂しさが混在している気がした。
また、僕は答えられない。
「私は消えるよ。私には、もう君のそばにいる理由がなくなってしまったからね。」
また、僕は答えられない。でも、喉の奥で必死に声を出そうとしている。自分の頬を、冷たいのに温かい何かが伝っているのが分かる。
「男の子がおいそれと泣いちゃいけないよ。」
「君は寂しがりで、そのくせに強がってしまう、臆病な人だ。でも、私は知っているよ。君は強い人だ。君はかっこいい人だ。君はかわいい人だ。君は――どうしようもなく素敵な人だ。」
その少女の言葉に、今まで発したくても喉から外に出てくれなかった声が、条件反射のように、無意識に言葉として音を紡いだ。
―――お前は僕のこと、何でも知っているな。
僕のそんな、この場にそぐわないような発言に対して、少女も言葉を返してくる。
「もちろん。何度も言っているだろう?私は君の全てを知っている。」
僕たちは、顔を見合わせて破顔し合った。それは楽しくて笑っているというよりも、懐かしむように、そして悲しみを紛らわすように出た笑いだった。
「それじゃあね。」
少女は背中を向けて、僕から遠ざかって行ってしまう。
僕は、届かないと分かっていても、少女の背中に向かって必死に手を伸ばす。頬を伝う涙の感触は強くなっていくばかりだ。
徐々に見えなくなる美しい彼女の背中を見送ることしかできない僕は――
ガバッっと、勢いよく上半身を起こす。
目が覚めると、そこは見慣れた自分の病室で、少し荒い自分の呼吸音のほかには、壁にかかっている時計が時を刻む小さな音だけだ。無機質な白い空間で、枕元の花瓶に飾られたお見舞いの花だけがこの部屋に彩を添えている。
「またあの夢か...」
寒々しい空間で、一人呟く。物が少ないこの部屋では、声が虚しく反響して消えていく。
僕はよく夢を見るのだ。それは、毎回同じようなものだとは分かっているのに、思い出そうとしても端から記憶がこぼれていく。一つ覚えているのは、胸を締め付けられるような苦しさと、僅かな温かみだけ。
頬を触ると、涙の流れた跡があるのが分かる。
深くため息をついて、ベットの横の棚からウェットティッシュを取り出して、一枚とって顔を拭く。
時計に視線を向けると、今の時刻は午前三時を回ったところのようだ。どうにも目が覚めてしまって、今から寝直す気にもなれない。使用済みのウェットティッシュを捨てて、最近暇つぶしに読んでる小説を読もうと、棚に手を伸ばすと、
「おはよう。」
自分しかいないと思っていた部屋で、透き通るような、美しい声が耳に届く。
音がした方向に目を向けると、そこには酷く美しい少女が立っていた。
顔のパーツ一つ一つが全て完成されているように整っていて、艶のある黒い髪を腰まで伸ばし、白いシンプルなワンピースを身に着けた彼女は、浮世離れしたような、超然とした存在感があるにもかかわらず、触れたら消えてしまいそうな儚さがあった。
「また魘されていたのかい?少年。」
彼女は微笑みながら聞いてきた。
「まぁな。というか、いつの間に部屋にはいってきたんだ。」
「秘密だよ。知っているかい?女性というものは、秘密を持つことで輝きを増すんだよ。」
「はいはい。答える気がないのは分かったよ。」
彼女の返答に、はぁ、とため息を漏らす。
彼女との会話はいつもそうだ。あちらが聞きたいことは全て聞き出されてしまい、こちらが聞きたいことははぐらかされてしまう。だが、なぜだろう。そんなやり取りがすごく心地良い。
「なんでまた、こんな時間に僕の病室に来るんだよ。あれか、友達がいなくて暇なのか。」
先ほどの会話に対するやり返しの気持ちを少し込めて、意地の悪い言葉をぶつけてみる。
「ふふふ。その通りだよ。私には君しか友達がいないんだ。だから、君に構ってほしくて、夜な夜な枕元に立ってしまうんだ。」
ふむ...やり返しはできないみたいだ。
こんな美少女にそんなことを言われてしまうと、頬が少し熱くなる。
「あっそ。寂しいやつめ。」
冷静を装っても、彼女にはあっさり見破られてしまうのは読めているが、努めて冷たく返答する。
そんな返答を聞いた彼女は、何が楽しいのかクスクス笑っている。僕の強がりを見破ったうえで、指摘はしないつもりのようだ。悔しいやら恥ずかしいやらで、僕が恨みのこもった視線を彼女に向けると、彼女は「ごめんごめん」と言って手を振って謝罪する。君、笑顔のままだぞ。でもさ、と言葉を続ける。
「よく考えても見てごらん。友達がいなくて当然だろう。」
彼女は一拍おいて、こう言った。
「私は、幽霊なんだから。」
当作品を読んでいただき、ありがとうございます。
物語を作って投稿する、というのは初めての経験なので、読みにくい箇所や誤字脱字、その他改善点があれば遠慮なくいってください。
今回は第一話のため、描写や地の文が説明くさく、退屈かもしれませんが、徐々に説明っぽい部分は減っていくので、ご安心ください。
シリアスあり、ほのぼのありの、会話劇のような、恋愛小説のようなものを気ままに書いていくつもりです。
評価やコメントをもらえるとモチベ上がるので是非。