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四神物語  作者: かの
9/19

回想 リン


「こっちに来るな!!!」

「おぞましい」

「黒い髪だなんて…!」

「なんて不吉な…おお、神よ」


 最初に聞こえたのは、悲鳴。

 続いて、拒絶。驚愕。否定。軽蔑。惨憺。憐憫。


 私を見る目が怖かった。私に降る言葉が怖かった。

 初めての街は、他人(ひと)は、私を傷つけるものばかりだった。


 4歳の時、家出をした。

 幼いながらに私は、毎日同じことを繰り返す森の中の生活に飽き飽きしていた。ここには母さんもおばあさまも野苺も綺麗なお花も何でもあるけど、何もなかった。

 それに気づいたとき、物心がついた頃から繰り返される変化のない日々に、漠然とした不満を感じ始めた。

 けれど唯一、たまに街に出たときに母さまが纏ってくる香りだけは、ここに居ては見つからない「変化」を感じられてドキドキした。

 草花や水の森の香りではない、スープやパンのご飯の香りでもない。人の匂いがしみついた「街」の香り。


 だから、私は街に行くことにした。

 でもずっとそこで暮らすつもりではなくて、ただ憧れたものをその目で見て、直接肌で感じたかったのだ。


 期待に胸を膨らませて、お気に入りの青いワンピースを来て街を目指した。母さまとおばあさまにバレないように、いつものように川に行って来ると言い残して森を抜け出した。


 街は人がいっぱいで、石畳に陽が反射して眩しかった。

 恐る恐る足を踏み出して、道に敷かれた硬い石の上に乗ると足に感じる奇妙な感覚に胸が躍った。

 しばらくその場で足踏みをしていると、ドンと何かが倒れる音がした。

 なんだろう、と顔を上げると、目の前で女の子がお尻をついて後ろに倒れていた。そして、私と目が合うと凄まじい声をあげた。

 何が何だか分からなかった。けれど、何かに怯えているようだったので大丈夫か声をかけようと近寄ろうとして、今度は大きな男の人の声が聞こえた。


 男の人は、こっちに来るなと言っていた。私を、恐ろしいものを見るようにして、何度も繰り返した。

 私に言っているんだと理解したとき、周りを人に囲まれていることに気がついた。

 尻もちをついていた女の子はいつのまにか居なくなり、私の側には大人たちだけが残って、聞いたこともないような言葉を投げかけた。それは良くない言葉だと、悪意を含んだ視線で感じ取って、怖くなった。

 知らない人たちから、突然向けられる激しい悪意の恐怖に、私は耐えられなかった。


 私は、元来た道を走って逃げた。

 あれだけ焦がれた街を、ものの数分で逃げ出した。

 怖かった。とにかく恐ろしかった。あの人たちに見つからない場所を、私を受け入れてくれる場所を求めて、森の奥深くへと入っていった。

 

 森は、落ち着く場所だった。獰猛な動物たちは不思議と私を襲わなかったし、木々も草花も私が触れると喜ぶように優しく揺れてくれた。人の気配が消えて森の匂いが満ちていると、近くにあった一際大きな木の麓に小さく蹲った。

 手足が震えて、目からは大粒の涙がこぼれ落ちて、喉から出る嗚咽は酷い音だった。

 すすり泣く音が森に静かに響いて、自分が今一人であることを改めて認識する。

 深い深い森の中での孤独に寂しさと、そして安心を覚えた。

 

 しばらく蹲っていると、足元に小さな蛇がいることに気がついた。足をどけると、蛇は追いかけるように緩く巻きついてからすぐに離れた。蛇は前の方へと少し進んではまた戻ってきて足に巻きつく、という行動を繰り返した。時折舌を出しながら、シュルシュルと動く姿に、何かを伝えようとしているのだと感じた。

 試しに蛇が向かおうとしていた方へと歩き始めると、蛇も一緒に進み始めた。この蛇は私を何処かへと連れて行こうとしているのだと分かった。やがて少し前を蛇が進み、私はその後に続くように歩みを進めた。

 蛇は不思議な色をしていた。白っぽく淡い青の鱗を輝かせて動く姿は、とても小さいのに神秘的だった。


 蛇についていってから少しすると、流れの早い川にたどり着いた。

 ここに何かあるのだろうかと辺りを見渡すと、首に下げていた黄色い鉱石のついたネックレスが落ちてきたので服のポケットに仕舞う。失くさないように、と厳しく言い聞かせる母の言葉を思い出していると、蛇がまた足に巻きついてから導くように川沿いを辿り始めた。

 そして蛇は大きな岩の前までくると、辺りの白い石に紛れるように消えてしまった。

 このいわに、なにかあるのかな…。そう考えて岩肌を撫でながら見てまわると、岩の後ろに小さな女の子が倒れているのを見つけた。


「だいじょうぶ!?」


 自分より少しだけ大きいその子は、水に濡れて驚くほどに青ざめた顔をしていた。

 駆け寄って声をかけても返事はない。小さく浅い呼吸を繰り返す女の子の肩を抱いて、暖かくなるように必死でさすった。

 どうするのが正解なのか分からない。分からないけれど、絶対にこの子を助けなくてはいけないと思った。

 自分のワンピースを脱いで彼女の体を濡らす水を拭いてやり、熱を分けれるように強く抱き寄せてさすっていると、苦しそうに息をする女の子が薄く目を開いた。


「あ!だいじょうぶ?」

「……きみ、は」

「さむくない?私のおうちあったかいから、つれていくね」

「…ありがとう」


 顔色は悪いままに小さく笑った女の子を背中に抱える。

 ぐったりとしていてとても重たかったけれど、森の中に入って家までなんとか運ぼうと試みた。何度か転んで膝は泥だらけになったけれど、それでも家に着くことができた。

 下着姿で泥だらけになって帰ってきた娘に母は仰天し、次いで後ろに背負った少女を見て昏倒しそうになったが、家の奥で刺繍をしていた祖母はすぐに状況を把握して、少女を布団に寝かせた後に薬を煎じ始めた。

 少女は大丈夫だ、と告げた祖母に安堵して、気絶するように私も眠りにつき、そのまま少女と共に丸三日眠り続けた。


 


**



 起きてまず、リンは母に酷く叱られた。

 どこに行っていたのか、洗いざらい吐かされた後にもう二度と勝手なことをしないという約束をして、抱きしめられた。


 母は、リンが街に行ったという話を聞いて大きく目を開いた。不思議な少女との出会いも気になっていたが、まさか娘が街に出ていたとは思わなかったのだ。

 そして、そこで直面したであろう現実を小さな身体で受け止めたのだと知り、リンを強く抱きしめながら涙を流した。


 この子には、知らないでいて欲しかった。ずっとここで平和に暮らして欲しかったのに。この子は訳もわからずにあの悪意に晒されたのだと考えると、苦しくて仕方がなかった。


「母さま…?」


 母の腕の中で、リンは震える母に気付いて無垢な声をあげる。

 何もわかっていない、幼い娘。


「ごめんね、ごめんね、リン…」

「…母さま、ないているのですか?」


 いつも優しい母が、泣いている。

 自分を愛しみ、大切にしてくれる母が苦しそうに震える声にリンも悲しくなり、ふぇーんと泣き声をあげて、壊れたように激しく泣きじゃくる。


 部屋中に響く声が祖母の部屋にまで届いて、祖母は悟ったように目蓋を閉じた。

 黒い髪。先祖代々、受け継がれてきた色は、白銀の毛並みを持つ白虎が守護すると伝えられているこの地では不吉なものとされている。

 だから、自分たちは嫌がられる。


「じゃが…どうして、受け入れられようか」


 どうして、受け入れなければならないだろうか。

 黒い髪をもっているということだけで、拒絶されることを、侮辱されることを、疎まれることを。


「…この白銀が、妬ましいわい」


 祖母は、目の前で眠る少女を見遣る。

 静かに寝息を立てる少女は、白い肌に長い睫毛を伏せ、白銀の髪を輝かせて横になっていた。







私は、蛇が苦手です…。リンはすごいですね…。

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