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四神物語  作者: かの
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図書館


 突き抜けるような青い空。雲一つない空には高く登った太陽が眩しく輝いている。

 今日は武術祭だ。

 朝からバタバタと寮を出ていく足音が響いていた。殆どの生徒が武術祭の会場であるコロシアムに向かったようで、寮の中はがらんとしている。静かになるのはいいのだが、その分外で賑わう人々の声が寮までよく届いてくるような気がする。

 昼になった今はピークのようで、応援や怒声で叫ぶ声があちこちから聞こえてくる。


「…図書館にいこうかな」


 どうにも騒がしくて集中ができない。

 きっと今日は殆ど全ての生徒が武術祭の方に参加しているだろうし、試験も終わったばかりだから図書館にほぼ人はいないだろう。

 図書館はかなり防音対策がされて集中しやすい環境だと学校案内の際にも説明がされていたので、一度行ってみたかったのだ。


 教材と筆記用具を鞄に詰めて制服に着替える。校内では帽子など顔が隠れてしまう可能性があるものは着用禁止なので、長い髪を一つに纏めるだけにする。

 いつもの授業ならまだしも、今日は外部から人が多く入ってきているのでスカーフを巻いて隠したかったが仕方がない。

 コロシアムの位置、出店が開かれるグラウンドをはじめとして、人が多く集まる位置を思い出しながら限りなく人が少なくなる図書館までのルートを頭の中で計算する。


「よし、行こう」


 寮の扉を少し開けて人が通らないことを見計らってから、素早く出る。足早に歩いて、出来るだけ人と会わないよう祈りながら図書館へと向かう。

 寮から近いわけではないが、コロシアムや出店が出ているエリアからも距離があり少し離れた場所にあるお陰か、図書館の周りに人はいない。

 歴史を感じる古めかしくも大きな図書館を見上げて、そっと入り口から中を覗いてみる。

 ザッと見渡してみても人っ子一人いない。それでも明かりは付いているから、今日は使用禁止という訳でもないのだろう。

 中へと進んでよくよくカウンターらしき場所を見てみると、「本日貸出禁止」という張り紙がされていた。

 本は借りられないのか…すこしがっかりした気持ちになる。


 奥へと進んでいくと、気が遠くなるほど並んだ本棚の向こうに机が見えたので、そちらに向かう。


「いっぱい本があるなぁ…」


 近くにある本棚には古く厚い本ばかりで字も読みにくくなっているものばかりが並んでいるが、これらは恐らく歴史の本だ。

 このウェスタリア大陸は歴史が長い。人類がいつから存在したのかは分かっていないが、この大陸一帯が一つの王国として統一されてからは何千年も経つという。歴史が長く、謎も多い部分があるため、ウェスタリア大陸の歴史に関する研究は盛んにされている。


「…ん、人?」


 ふと、視界の端で影が動いたような気配がする。

 足音を抑えて本棚から頭を通路へと横に覗かせると、少年が走っていく姿が見えた。

 淡い茶色でくせの強い髪に汚れたシャツ、膝までのズボンから覗く細い足は日焼けで赤くなっている。


「…あ、あの子、街で会った子だ…!」


 間違いない、走りながら横を向いて笑った顔を見て確信する。

 あの時は睨んだ顔しか見ていなかったのですぐには分からなかったが、よく見れば服もあの時と同じものだ。何かを見つけたのか、そのまま本棚の通路に笑顔のまま入っていったのを見て足音を消して追いかける。

 武術祭の開催と共に外部からも学校へ自由に出入りができるようになっているが、それでも校舎と寮、そして図書館への立ち入りは禁止されている。

 まさかまた何かを盗むつもりなのだろうか。いや、あの街からこの学校まではかなりの距離がある。単なる盗みではなく、何か別の目的があるのか。


 少年は、個人用の小さな机が並んでいる場所へと入っていった。すると、影になってよく見えないが誰かもう一人いることに気がつく。


「兄ちゃん!」

「シーっ、静かにな。ちゃんと場所は分かったか?」

「うん!ちょっと難しかったけど!」


 少年の弾んだ声と宥めるような声が聞こえた。

 注意されても大きな声で話す少年に困ったような反応をしながらもう一人が立ち上がる。

 眉を下げて笑う顔が見えたとき、あっと声が漏れそうになって口を押さえた。


 …ラオだ。

 あの時の少年と、ラオは兄弟だったんだ。


 弟に向ける目が信じられないくらい優しくて、驚きで目が離せない。そういえば私は兄の方にも睨まれたことしかない。

 顔はあまり似ていないが、なるほど私へを嫌いという部分は同じなのか。そう考えついて、すぐに落ち込む。


 関わらない方がどちらにとってもいいだろう。

 自虐を込めて薄く笑い、足を引いてこの場を立ち去ろうと決める。

 しかし、そこで一冊の本が宙に浮いて飛び出した。


 肩にかけていた鞄の紐が後ろにあった本棚の本に引っかかったのか、そう理解する前に体が動いた。


「……っ」


 なんとか落ちる前に空中でキャッチすることに成功する。

 危ない危ない…。

 小さく息を吐いて、静かに本を戻す。

 そして鞄を抱え直して、そろりと足を一歩踏み出すと同時に、肩にゆっくりと手がのせられた。


 ……あぁ、やってしまった。走るべきだった。

 身体が緊張で強張る。

 振り返ることが出来なくてぎこちなく下を向くと、すぐに肩の手に力が入り、ぐいっと引かれて振り向かせられる。


「お前、見たな。どうしてここにいる」

 

 さっきまで弟を見ていた目とは思えないほど冷めた灰色の目がこちらを射抜く。


「わ、私とは、話さないのではなかった、の、ですか」

「質問に質問で答えるな。答えろ」

「……見ました」


 怖い。

 身長はそこまで変わらないのに、威圧感が凄い。嘘をついたら、確実に殺すと全身で語っている。


「お前、どうしてここに来たんだ」

「勉強を、しようと…。あの、寮がうるさくて、それで…」

「…はぁー」


 最悪だ…と小さく呟くラオに肩が震える。

 少年を図書館に入れたことは規則違反だ。どんな理由があったにしろ、それは変わらないから人に見られるとまずい。しかもそれを嫌っている私に見られたのだ。弱みを握られたようで嫌なのだろうが、安心して欲しい、私は誰にも言わない。そう、言わないから、どうか手を離してほしい。そして私をここから立ち去らせて頂きたい。

 ラオの顔が険しすぎてとても怖い。どうか私にこの場を立ち去らせて欲しいですお願いします。


「…お前、いうなよ」

「はい、はい、それはもう、はい絶対に!命をかけて!」

「…じゃあ、いい。さっさと、」


「…あー!!お前、あの観光客!!」

「…」


 あぁ、少年。


 やけに静かだと思ったら、最悪のタイミングで少年が声を出した。

 もう行け、と口にしそうな雰囲気を感じ取って走りだすスタンバイをとった途端にこれだ。あと少しだったのに…!少年…

 もう知らないふりをして無理やり逃げようと身をよじるが、肩に添えられるだけになっていた手がまた強く力の入ったものになって抜け出すことが出来なかった。


「…レオ、知り合いか?」

「うん!この前街で、ち、ちょっとね…。でもでもその黒い髪は間違いないよ!!」

「そうか」


 何があったかは濁すようにして、それでも私と会ったことは自信があるのか大きな声ではっきりと口にした。

 元から冷ややかだった視線が、もう目だけで氷漬けに出来そうなほど凶暴な冷たさを持って降り注がれる。


 怖い。怖くて手が震えるが、ふと疑問が湧いてくる。

 なぜ彼はここまで睨んでくるのだろう。図書館に少年を無断で入れたことを私に見られて不機嫌になることは分かるが、そこから更にこの少年と会っているということがどうしてそんなに気にくわないのだろう。

 わざと逸らしていた視線をゆっくり動かして彼を見ると、苛立つ感情の中に焦るような色を見つけて、ますます首を傾げる。


「…あの、」

「……うな…」

「え?」

「言うな、絶対に言うなよ、誰にも!学校にもクラスにも、ジェラフ先生にもだ」

「はい!それは、もう、はい!」

「……くそっ、お前なんかに」

「…あの、そんなに言わなくても大丈夫ですよ。…というか、その、図書館に人を入れたってそんなにまずいことでしょうか。間違えて入っちゃう人もいるだろうし…」

「…は?お前、何言ってんだ」

「え?」


 お互いなんの話をしているのかとでもいうように顔を見合って首が傾く。ラオが拍子抜け、といった感じで目を丸く開いて、私を見た。


「図書館にレオを入れたことを黙れって脅してんじゃねぇよ。他にあるだろ、」

「え、他、ですか?」


 ラオは言いづらそうに、察しろと言わんばかりの顔を向けてくるが、全くわからない。じっとラオを見ていると、小さな、本当に小さな声で何か言った。


「え、何ですか?」

「…、知ったんだろ、俺が…」

「へ?」

「だから、俺が、___」

「…」


 強く苦しそうにかすれた声が響いて、目を見開く。

 目の前のラオは、顔を下に向けて唇を噛んでいる。


 "貧民"


 間違いなく聞こえた言葉にただ耳を疑う。


 身分制度がしっかりとしているこの国は、貴族そして平民に分けられているが、この制度の外にいるとされる人々がいる。国に暮らしているのにあらゆる権利を奪われ、差別をされる人たち。それが、貧民だ。


 そして思い出す。あの少年の服装を。

 随分と貧しい暮らしをしているようだった…それこそ人のものを盗んでしまうほどに。

 少年は恐らく貧民なのだろう、そして目の前の彼も。

 どうしてすぐに気がつかなかったのか。


 貴族と平民にも権利の差は当然に存在するが、そのどちらもが在籍するこの学校の中ではその差を良しとしていない。勿論、完全に差別がないということも言えないだろうが、平民でもゴールドを三つ獲得して白花の君となった人も存在している。

 しかし、貧民となれば話は変わるかもしれない。少なくとも、貧民がこの学校に入ったという話はジェラフ先生から聞いていない。


「…ラオは、みんなに平民だって言ってるの?」

「あぁ。先生もしらねぇからな。隠して入学をした」

「そう、なんだ」


 リンは、森の中で社会とはほぼ隔絶して暮らしていたが、どういう訳か平民としての戸籍が存在した。

 貴族、平民、貧民。これらの差別は、社会に関わることが少なかったリンでも感じることだった。街に行くたびに、あちこちの路地で貧民が転がっているのだ。

 黒い髪を持つ自分もそれがバレたときは、ロクな事を言われないし悪意のある視線を受けるが、そんな自分からみても酷い扱いだと感じていた。

 ラオも、あんな扱いを受けてきたのだろうか。


 暫く黙ってから、ラオがまた口を開いた。


「…頼む。誰にも言わないでくれ。俺にできることなら、礼として何かするから」

「……それ、本当ですか?」

「あ、あぁ」


 言うつもりなど毛頭ない。ないが、彼の言う「礼」として、して欲しいことが頭に浮かんだ。

 こんな弱味を握るような形は嫌だったが、こういう形じゃないときっと話すら聞いてくれなかっただろう。心の中に罪悪感を押し込んで、口を開いた。


「…じゃあ、勉強を教えて下さい」

「え、いいけど…。それだけか?」

「いいんですか!!ありがとうございます!」

「あぁ、うん」


 よかった。学年一位の彼に教えてもらえるチャンスなどこれを逃したらもうないだろう。彼に教えて貰えば、勉強の効率的な仕方も学べるかもしれない。

 嬉しくて深く頭を下げると、戸惑ったような声を上げながら、今度は優しく肩に手が乗せられ頭をあげるように言われる。

 

「なぁ、兄ちゃん。おいら、そろそろ武術祭みたいよ」


 頭をあげると、兄の制服の裾を摘んで少年が甘えた声をだした。

 いつの間にか、少年の服が綺麗なものに変わっていて二度見する。この子、私と会っていたことを兄にチクるだけチクって、武術祭に行くためにどこかで着替えてきたのだろうか。


「ん、そうだな。いくか。よく自分で着れたな、偉いぞ。サイズもピッタリだ…」

「えへへ、さっき行った時にトイレの場所覚えたんだ!ちゃんとそこで着替えもしたんだよ」

「偉いなぁ」


 ラオは弟に甘い。

 勉強はまた後日かな…。

 なんだか私はもう居る必要がなさそうなので、図書館の自主室に向かおうと足を引く。


「あ、おい。お前は見ないのか?」

「あぁ、はい…」

「ティグル・バートン様も出るぞ?入学式の時に一緒に会場に来ただろ」

「ティグル・バートン…」


 白銀髪の彼の名前をそういえばまだ知らなかった。

 …ティグルというのか、あの人は。

 そして武術祭にでるという言葉から、ティグルはやっぱり武術科なのだと知る。正直ちょっと見たいが、凄まじい数の人々の前に出ていくのは気が引ける。


「私は、髪の毛がこうなので…遠慮します」

「…そうか。みんな戦いに熱中して周りなんか見ないと思うけどな…俺たちも、遠くから少し見るだけだ」

「そうですかね…」

「確かにお前の髪は異質だが、法に触れている訳ではないんだ。武術祭を見れるなんてそうない機会だぞ」


 ラオの言葉に気持ちが揺らいで、みんなが見たがる武術祭に好奇心が湧いてくる。


「俺たちはもう行くけど、もし行くなら出来る範囲にはなるが庇ってやってもいい。礼のついでだ」

「あ、ありがとうございます!」


 少年の手を繋いで歩き始めたラオの後ろをついて行く。凄く嫌な笑い方をしてくる人だが、悪い人ではないのかもしれない。

 楽しそうに話をする少年の声を聞きながら、図書館を出て行く。

 視線が向けられるかもしれないということはやはり恐ろしいが、自分の知っている人が近くにいると思うと不安が軽くなった気がした。





ちょっと仲良くなれた…かも?

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