白銀の彼
『白花』とは、ウェスタリアにおいて国の名誉とも言える称号で、この称号を得た者を『白花の君』と呼ぶ。
この白花とは、ウェスタリアの国花である白い山茶花からとられた名である。他の二つの大陸であるサースグランドとノースフィールドにもそれぞれの国花から『紅花』と『黒花』という称号が存在する。
『白花』の称号を得られる者は、ウェスタリア王国王立学校に在籍する者で、優秀な成績や成果を修め「ゴールド」と呼ばれるバッジを3つ集めた者のみに限られる。
『白花の君』となった者は、必ずそれぞれの分野で大成するといわれ、出世が約束されている。
『白花』を得る道はかなり限られているうえに、競争率の激しい貴族たちの学園でバッジを3つも得ることは大変なことなのである。ただの平民であれば尚更。
「白花になれる、って本当かなぁ」
白シャツに白いプリーツスカートのワンピースタイプの制服を着て、アイボリーのケープを纏い、金色のネクタイを締めた少女が不安気に呟く。
少女の瞳は光によって微妙に色が変わる青緑だが、物憂げに伏せた睫毛は漆黒で、背中に垂れる髪も吸い込まれるような黒だ。
その少女、リンは今、ウェスタリア王国王立学校の前…の隅にある大きな木の陰に居た。
今日は入学式だ。
結局リンは、あの男と連絡をとって、学校に行くことにしたのだ。
リンの母は学校への入学に激しく反対したが、リンは必死に説得をし続けた。
珍しく強く意見を言い続けたリンに根負けして、母は泣く泣く娘の入学を認めたのが、つい一週間前のこと。
しかし、この状況…。
あれだけ粘りに粘って入学を認めてもらったのに、リンがしていることといえば木の陰でひっそりと立つので精一杯。学園に入っていく生徒の髪色は殆どが金髪〜明るい茶髪で、今彼らに混ざって学園の門を潜ろうとすれば間違いなく注目の的だろう。今日はよく晴れていて、太陽の光も白く眩しいのだ。
肌も髪も白っぽい彼らを眺めていると、黒い髪を持つ自分に『白花』という称号が与えられることがどうも想像がつかない。いや、似合わないとすら思えてくる。
「はぁ、学校が怖い…」
どんどん悪い方へと思考が動いていってしまう。
見た目だけではない。加えて、リンが入学するために必要な試験や実技もろもろを受けていないという点も入学を躊躇う要因となっている。
なんでもジェラフの特別推薦枠は、ジェラフが選んだ者なら誰でも一名までなら入学できるそうで、完全に裏口入学をいい感じに言っただけの入学手段なのだ。
「はぁ、私場違いなのでは?というか、髪云々の前に普通にズルいよね…」
「何がズルいって?」
「え」
頭を抱えて木の根本に蹲っていると、気配もなく低い声が降ってきた。
顔を上げると、白く光る太陽を背にしてサラサラの銀髪が揺れていた。逆光になって顔はよく見えないのに、宝石みたいな瞳が光っていて見惚れるくらい美しかった。こんなに綺麗な瞳の色は、見たことがない。これは、
「金、色?」
「あ、もしかして君か。ジェラフの特別推薦枠ってのは」
「…はい、そうですが」
「ほぉ、なるほどなるほど。確かに珍しい髪色だな、ジェラフの奴は変なのが好きだからな」
なにやら失礼な言葉を挟みながらペラペラと喋り続ける男は、先輩なのだろうか。
顔の角度が変わってその容貌が明るく日に照らされた。
センター分けのサラサラの白銀の髪に通った鼻筋、薄い唇はほんのりと色づいて、白く長い睫毛は切れ長の目元を飾り、そして輝く金を瞳に持つ綺麗な男の人だった。
カチッと音がして視線を下げると、この美しい男の腰には立派な剣が携えられていた。
知的な見た目とは裏腹によく口が回るなぁと思っていたが、この剣と一方的さは…、なるほど知的詐欺の体育会系なのか。
「君、名はなんというんだ」
「はい!リンです」
「リン…、リンか。ふっ凡庸でなんとも個性を感じないが、まぁ呼びやすくて良い名だ」
「はぁ」
「リン!よく聞け、僕の名は…」
ゴーーーン ゴーーーン ゴーーーン…
白銀の髪を揺らして得意気に口を開こうとした先輩らしき男が何かを言おうとすると、突然何処からか鐘の音が鳴った。
「何処から鳴っているんだろう」
澄んだ空気に心地よく響く鐘の音に気を取られていると、引き戻すように勢いよく腕を掴まれた。
見ると、男は顔を青ざめさせて慌てた様子で、間髪入れずに急かすように私の腕を引っぱりだした。
「まずい、式が始まってしまう!急ごう!」
「え?ちょっと、わぁ!!」
腕をひっぱられて無理やり立たされた挙句、すごい速さで走り出した男に引きずられるようにして学園の中へと入った。
あれだけ躊躇していた門をよく分からない状況のままに呆気なく通過してしまった。
あぁ、これが私の初登校なのか…
ぐんぐんと引っ張られる腕は不思議と痛くないが、それでもスピードが凄い。この人、すごく足が早い。揺れる髪が反射してキラキラと輝いて、絵から飛び出てきたみたいだ。
そう思って、ふと、長い銀髪を下の方で緩く結んで地を駆ける後ろ姿が目の前の彼と重なった。
「え?」
「ん、どうした?悪いが遅刻は不味いからな、速度は落とせないぞ」
「あ、いや、大丈夫です…」
振り返った彼の髪はさっき見た時のように短くて、髪を結んだりはできない長さだ。首を振って、掴まれていない方の手で目を擦る。疲れているのだろうか。でも、あんなにくっきり見えた。
今のは、一体誰?
全国のリンさんごめんなさい。