占い師
『北の民曰く、"教皇神聖にして絶対なり"と』
かつて、世界を周った探検者ウィリアム・シャルペは、そう手記に遺した。
北の大陸ノースフィールドは、その国土の8割が森林に覆われた閉鎖的な土地である。三大陸随一の広大な面積を有しているが、年間を通して厳しい寒さに覆われているため、住める土地はその半分ほどに限られる。南の大陸とは反対に商人が少なく、外交に消極的な姿勢が伺われるため、その内情は謎に包まれた部分が多い。
ここに、その北の地で民衆の注目を集める者がいる。
人工の眩しい光に照らされて、濃茶の髪が艶めき熱を持つ。翳した水晶は一点の曇りもなく、祈る女の顔を歪ませて映している。
「へぇ…、なるほどなるほど…」
「…!何か?」
「うんうん、もうちょっと待って…」
大袈裟に手を揺蕩わせて、首を傾げてから、さもわかったように呟いてみせる。女は一挙一動を息を飲んで見守っているようなので、わざと腕を左右に大きく動かして目で追わせてみる。自分の腕につられてキョロキョロと首を動かす女に笑みを耐えていると、後ろの方から大きく咳き込む声がした。
ほどほどにしろ、と言外に注意されて、渋々腕を下ろして水晶を覗き込む。水晶にはただ目前の女の顔しか映らず、未来も過去も何も見えりゃしない。前のめりで覗き込む女に心の中で軽く笑って、水晶から目を離す。
そろそろ適当に終わらせよう。んん、と喉を整えて、いつものように出まかせを吐こうと口を開いたそのとき、ピタリと身体が動きを止めた。
あ、来る。吹き抜ける風のような予感から、頭の奥深くに弾かれるような痛みが走った。
目の裏に、捻り込まれるように映像が流れてくる。
女がいる。女の子…。
黒い、風に流れて揺れる絹のような艶やかな長髪と、白い肌。ツンと尖った顎と通った鼻筋、薄く開かれた赤い唇が優しく弧を描く。
ーー会いたかった…
目をカッと開いて、その姿をより鮮明に映そうとする。一息に頭に流れ込んできた彼女の姿に、声が溢れそうになる。知らない女の子のはずなのに、ずっと会いたかったと全身が叫んで震えてくる。
ーーボクは、あの女を待っていた?
「おお!!」
民衆のどよめく声に我に返る。ステージの周りに集う人々がこちらに集中しているのが分かって、平静を取り戻そうと息を吐く。ちらりと水晶を覗くと、後ろで控えていた男が眉を寄せている姿が反射した。
「ごほん、えぇー、見えたよ」
「やっぱり…!どうなっておりますか、私は!?」
かなり驚いてたしきっとすげぇぞ、といらん事を言うギャラリーを睨んで、女を静かに見据える。
「うん、貴女はちゃんと結婚するよ。けどちょっと時間はかかりそう…かな。ま、行い次第だけど」
「お、行い?」
「うん。君ね、前世で相当悪いことしてるからさ…他の人よりも加護が弱いんだ。このままだとヤバイね、すぐ死ぬかも」
「そ、そんなァ…!!私はどうすれば?!」
「足りない徳を補うんだよ。分かるね?それさえできれば、貴女は幸せになれる。貴女の結婚相手は貴女を大切にするし、面も良くて金持ちで権力がある…すっごい大物だからね」
「ほ、本当ですか!?」
「うんうん。だからそんなに焦らないで、待つんだよ。神は貴女をみている…貴女が良い行いをすれば、必ず良い相手がくるよ」
「あぁ、神様!!」
「汝に幸あらんことを」
興奮で赤くなった顔で感謝を述べる女に、慈愛に満ちた瞳で笑いかけてから、胸元で手を組みゆっくりと睫毛を伏せて、これで終わり。顎を少し上に向けることも忘れてはいけない。
パシャパシャと激しくフラッシュ音が鳴り、民衆の期待を孕んだ声が飛び交う。今度は大物だってよ、誰なんだろうな…!と騒ぐ爺さんの声を無視して目を閉じ続ける。
あぁ、眩しい。毎日毎日飽きもせず撮られる写真にうんざりとする。
出鱈目に述べた言葉に感激する人々に薄く笑う。実際、いくら民衆が刺激に飢えているとはいえ、ボクじゃないと誰も騙されないだろう。こんな仕事で生活が成り立つのは、ボクだけの特権だ。
ーー神さま、ボクを選んでくださってありがとうございます。
神さまなんて信じてこなかったけれど、この時ばかりは天への感謝を捧げよう。
*
「トルト、よくやった。彼女が5000万マニーの寄進を申し出たぞ!」
「そう」
「…そういや今日、途中で固まってたな。どうしたんだ?」
帰路へとつく馬車の中で、丸い眼鏡をかけたスーツの男が真剣な顔をして目を向けた。外を眺めていた少年は、無感動に目線を向けて、ぽつりと呟いた。
「予知」
馬車がガタンと揺れて、体がふわりと浮いた。
濃茶の髪が舞って、席に戻った少年の顔に影をつくる。
「…そうか。今回は、随分と時間があいたな」
男は、ずれた眼鏡を直してから頭をポリポリとかいた。「予知」とはこの少年の特殊能力であるが、その発現は発作に近いものである。どんな予知だったのか、少年の表情がよく見えないので予想がつかないが、予知の弊害として恐らく夢を見ているようなぼんやりとした状態が暫く続くだろう。
「あー、トルト。実はな、特別な仕事が入ったんだ」
「そう」
「まぁ、仕事内容はいつもと変わらないが…、今回は場所を移動させる」
「へえ」
「ウェスタリア…西の大陸だ」
聞いているのかいないのか、上の空だった少年の伏せられた睫毛が僅かに揺れる。しかし、言葉を返すことはない。カタンカタンと小さく馬車が揺れるたびに、顔にかかった髪がサラサラと肩に流れる。
ーーあの女の子は誰なんだ。妙に懐かしい。
彼女を思うと知らずと口角があがって、笑みが浮かんでくる。
目にかかった髪を掴んで、後ろに流す。
邪魔がなくなりゆっくり開いた少年の瞳は、僅かに細められて、金色に鈍く光っていた。




