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恋人

作者: 星の子

よく晴れた日、あなたに会えました。

どこか遠くを透かして見ている貴方が

とても綺麗で、神秘的で、少し朧げで

最初、時間が止まったように貴方のことを見つめていたことを思い出します。


恋人


会社が休みの日、僕は近くの公園にウォーキングに来ていた。

太陽が照りつける中、町は青々とした表情の良い昼の景色を見せる。元気いっぱいの子供の声、ブランコやすべり台で遊ぶすがたは自身の幼少時代を思い出させた。


「今日は良い日だな」そんな事を自然と口にするようになったのは、大人になってからだ。


ベンチに座り、元気な子供達を眺める。

その時間は優しく、僕に問いかける。

穏やかな風に吹かれつつ、僕はたしかにその時間の流れを愛せている実感が沸いた。


風にあおられるように、公園の奥の木を見ると、そこには一人の女性が木の根元に寄りかかるようにして、座り静かに笑っていた。


なにをしているのだろう、と不思議がるほど、ただ座って休んでいるようには、見えなかった。


「あの人を、見てるの?」

僕の後ろから、男の子が話しかけてきた。

その隣には、もう一人の男の子がいた。


「ああ、そうだよ。」

突然話しかけられたことと、その男の子がこちらにあの微笑んだ女の人のことを聞いてきたことに対して、僕はとても不思議な雰囲気を感じた。


「あの人ね、絵書いてもらってるんだよ。」

男の子の一人がそう言った。

「絵?」なんのことかと思った。一瞬とまどったが、その木と女性を遠くからスケッチしている一人の男の子がすぐ目にとまった。


「絵のモデルなの。」

男の子は、得意げになってそうこちらに答えた。

「そうなんだぁ、...あの女性、なんか神秘的だよね。あ、その、なんていうか..」

「変わってる、でしょ。」

男の子はすぐに僕の返事に返した。

あまりにも、ストレートな応えに僕は笑ってしまった。

「そ、そうだよ、なかなかいない雰囲気だよねぇ」


まだあいつ、書いてるの、と言って男の子の一人が、スケッチしている友達の絵を見に行った。

しばらくその絵を見ると、驚いたような顔をして男の子は、その友達の肩とハイタッチしていた。


どうやら、すごく上手いらしい。

僕もなんだか気になり、その絵を見に行くことにした。

その絵を描いている男の子のそばに近寄っていくと素朴で落ち着いたその子の顔が見えて、なんだかとてもその絵を書いていること自体に興味を持ったのだ。

僕自身が、小学生のときあんまり絵が上手くなくて、それでも必死に描く練習をしていたからか、頑張って絵を描いている子どもを見て、感動したから。


「すごいねぇ、絵、書いてるんだ。」


その男の子は、「うん..」と少し静かに返すと照れくさそうに、その絵を手で隠し、こちらの方を見て笑った。


「見せてくれるかな。」

なんだか凄い絵のような気がして、僕は興味津々で、その子の顔を覗いた。


いいよ、という返事とともに少しためらいながら、その絵をこちらに向けてくると、そこに映っていたのは小学生が描いたとは思えないモデルデッサンの絵そのものだった。

緑色の彩りが春をただよわせる空気感と、そこに、神秘的にも思わせる可憐とした女性が、ぽつり金色に輝いているように際立たせて描かれている。


「おーい どこまで書けたのー?」女性が遠くから呼ぶ。

初めて、その姿をじっくり正面から見た僕はあまりに美しく、そして不気味なほど可憐なオーラを放つそれを見て、一瞬で魅力に虜になった。


「え、もうできたの。わたしを書いてくれたの。一生の宝!」

彼女は子供のような無邪気さで笑顔いっぱいに男の子を褒めちぎった。


「あ、この絵は君がもっててよね。あげるから。あと、これお礼だよ。今これしかないから、少ないけど。そいじゃまたねー」

彼女は男の子に財布から取り出した千円札を何枚か渡して言った。

変わった女性だと、思った。

「自分がもらうんじゃないのか…というか、なんか、このまま声をかけないのはダメな気がする」


ーーあ、あの!


僕は、思いきって声をかけた。


「…...なぁに?なんですか?」

彼女は最初はふわふわとした独特の口調で問いかけてきたが、二言目でおかしいといわんばかりの表情をして、冷静に見つめてきた。


「いや..あの..すごく気になりまして..」


「へ?」


「すごく独特な雰囲気をもってらっしゃるというか...」僕はなんて形容していいかとっさに出てきた言葉がそれだった。お世辞抜きでただ単なる言葉では表せないほど、なぜか惹かれる容姿に映った。


彼女は、一瞬驚いたような顔をしていると、すぐに顔色を元に戻し、僕の目を見つめてこう言った。


「じゃあ、案内してあげますね。この町を」


僕は、耳を疑った。一瞬ジョークを言われたのかと思ったんだ。


「この町、って。いや、僕は近所に......」


「時間、ありますか?一緒に町を歩きませんか。少しでいいので」


彼女は、なぜか僕を誘った。

その理由は、今なら理解することができる。

だけど、二人で歩くことにはなんの抵抗もなかった、時おり見せる彼女の寂しさを感じさせる笑顔が鮮烈に頭の奥を、ゆり動かしていたからだった。


午後の夕陽が暮れるまで、二人で一緒にいた。

不思議と会話は続き、そのどれもが他愛もない今日は良い晴れの日だね、とか、通りかかる町の景色に対しての感想、そんな話。


あとは..犬を見かけた時、彼女はなぜかその犬の名前を呼んだ。

他の人の飼い犬を、知っているはずもないのに、呼んだ。


「ラッキー、おいでラッキー。」


その犬を連れた飼い主は、ただ微笑んで彼女を見つめていた。もちろん、家族でもなんでもない。

ただの通りすがり、だ。


夕陽がおちてゆく頃、黄金の夕陽の光がその景色を照らしては、僕は彼女がもしかしたら愛犬を亡くした悲しみから、幻影を見ているのではないか、とどことなく、そう切なげに思わせた。


僕がその犬の名前に触れることはなかった。


夕陽もおちかけ、漆黒の中に夜ごと飲み込んでいきそうな、不安にさせる夕暮れ。

そろそろ、少し長い付き合いも終わりか、と思っていた矢先。


彼女は、町の海の近くで見かけた観覧車を見て、僕を引き止めた。


「あれ、乗りたいな」


彼女の寂しげな表情と物言いを見て、僕はお願いを、受け止めた。


観覧車に乗り、僕と彼女は、町を見下げ、儚いオレンジの色と黒い空のグラデーションが灯る町の遠くを見つめる。


「一日彼女、みたいになっちゃったね。」


僕は、そう言われたとたん、どうしようもなく寂しくなった。

なぜ、彼女がここに来ているのかも、二人で町を散歩し続けてきたのかも、よくわからない。

しかし、その時間は紛れもなく宝物に感じた。


観覧車の窓から一望する夜に染まりゆく町並みの上に、ぽつりと三日月が浮かんでいる。黒い空の中でその黄色は恐いほど美しかった。


「三日月って月はないのに、満月が影に隠れただけで、そう呼ばれるのって、ロマンだよね。」


なんとなく、彼女の告げたその言葉が全てだったように思う。


時が満ちて、夕暮れが夜の暗闇に飲まれるころ、観覧車から降りた。

二人はお別れの雰囲気がただよっている。


「ねぇ、今日は、ありがと。」


僕は、このまま帰すわけにはいかない、とふと思い、自宅まで送ることにした。

観覧車を降りたあとの夜は、とっても寒く感じて、

夜の静けさ、がその寂しげな雰囲気に危うくのしかかっていたからだ。


「家、あの公園の路地を入った、住宅街なの。え、ちがう、忘れてた」


彼女の口調がうつろになった。

目もどこを見ているのか、分からなくなってきてはだんだんと、足元もおぼつかない。

危険を感じた僕は、早めに無事に家まで送り届けることを繰り返し、祈り続けながら、公園の街灯が照らす路地まで、忙しい足取りで引き返した。


「ほら、帰ってきたよ。この路地を越えたら、

どこの家だろ?教えて」

僕は、とにかく家に帰そうと必死だった。


少し遠くの家の玄関に、手を振る女性の姿があった。


それは、こちらに向けられているように感じた。


僕は夜の中、静かに何が起きていたのか少しだけ、真実に触ってしまったように思った。

彼女の手をひき、通りすぎる風が頬を切って僕の瞳からは涙が流れた。


心配そうに、見つめる玄関にいた女性は少しずつ、近付いてくる。

その彼女の母親だと確認して、僕は彼女を引き渡した。


「どうしたの!?怪我は!?」

母親は叫んだ後、僕を見て「あなたは!?」と取り乱した様子で問いかけてきた。

「いや、僕は彼女と」

とっさに言葉が出ない。


意識が途絶えそうになっている彼女を見て、僕は「救急車、呼ばないと」そう慌てて、母親に言った。


「この子を助けてくれたんでしょう。前にも何度もこうやって..この子夢遊病なのよ......」


"夢遊病"と言い終えたあと、声のトーンを落として言葉に詰まり、泣き出した母親を見て、公園で出会った時からの記憶が頭を駆けめぐった。


......一日彼女、みたいになっちゃったね。


そう、つぶやかれた瞬間のことを、悲しく思い出した。


涙が止まらなくなった僕は、彼女を抱えて、家のリビングのソファまで運んだ。

ソファの上で、彼女は何度もうなされていた。

すぐに、その場にいられず、僕は家に帰った。


ーー彼女が、あの木に寄りかかり座っていた時。

あの時から、彼女は何を見ていたのだろう。

それは、木に寄りかかっていたのだろうか。

子供に絵を書かせていたのは、なぜだろう、か。


疑問が、沸いてくる。

そして、どこからどこまでが、彼女の夢で、現実に目を覚ませていた瞬間は、あったのか。


一瞬でも。


ただ、あの木に寄りかかっていた時、彼女は、笑っていた。


そして、僕の手にひかれ、この町を歩いたんだ。


この町を、歩いていたんだ。

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