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群青、行く春。  作者: クサナギカナデ
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6

 秋も深まり、肌寒くなってきた頃

 学校では文化祭が近づいて来た事もあって雰囲気も熱気に満ちて、落ち着きがない。

 最後の年ともれば尚更なのかもしれない、たとえ受験を控えていようとも。


 文化祭の準備で忙しい中


「茉莉ちゃん、茉莉ちゃん」


 今、綾の顔はありえない事になっている。

 こんなに可愛い子がいったいどういうつもりでそんな顔をしているのだろうか?

 この子はきっとバカなんだと思わずにはいられない。


「何やってんのよあんたは。やめなさい」


 美人が台無しである。

 しかしながら、こういう事をやってしまうのが綾なんだよなぁ――


「面白くない? 」


 そんな理由で?

 面白いけど貴女がやってはいけない顔なのですよ。

 どうして私が男どもの夢を守ってやらなくてはいけないのかは謎だが、実際は私の理想を守る為のなのだろうなぁ――

 

 綾は私が思っていた美人像をことごとく壊していく。

 基本的に周りの反応など気にしない、というか興味がないのだろう。

 この子の頭の中は一つの事で埋め尽くされているのだから。


「茉莉ちゃんもやってみ? 」


「やりません」


 まったく困った子だ、でも憎めないんだよなぁ。

 綾にとっての基準は虎ちゃんなのであってそれ以外は興味がない。

 どうしてそうなってしまったのかは分からないけど、あまりよろしくはない傾向だろう。

 

 私から見れば男なんて選り取り見取りだろうし、そこまで拘る必要があるようには思えないのだが。


 実際、虎ちゃんとやらを私が査定した結果。

 容姿はこれといってぱっとしない

 特徴としては髪が野暮ったいぐらい

 当たり障りのない人畜無害

 を装ってはいるけど現に被害がいるのだからたちが悪い。


 どうしてこんなろくでもないのに引っかかるかな

 できることなら別の相手をとは思うものの、生憎私の周りには釣り合うような男は存在しない。

 いっそのこと瀬川君でもいいのではとも思うのだが、「それはない」と一蹴された。


 だからといってあれではダメだろう。

 私はこの子をどうにか目覚めさせなけばいけない

 短い付き合いとはいえこの子には幸せになって欲しいと思ってしまうのは親心なのだろうか?


 思わず溜息をつけば「どうしたの? 」と心配してくれる綾



「私はあんたが心配だよ」


 自分から言ってみればと提案してみたこともあるが、向こうから来て欲しいとのご要望。

 この子もなかなかに度し難い。

 この子が振られるなんてことはそうそうあるものではないだろう。

 むしろ振るほうだろうに、これはなかなか結婚できないタイプだな。


「またその話? そういう茉莉ちゃんはどうなのよ」


「私? 私はね」


 そう訊かれて、自分の人生を振り返ってみてもさして何もなかった。

 男子と接触することはそれなりにはあるけど、そこから進展する要素が皆無だな。

 そもそも他人を好きになるってどういうことだ?

 綾がそこまで人を好きになれることがうらやましい。


 これまでの私は絵だけを描いて来た様な人生だった。

 自分でも嫌になるほど下手糞だけれでど、それでもやめられなかったのは褒めてもらえたから。

 好きというだけじゃここまでやってこれなっかた。

 

 

「私はいいのよ、私は」

 

 そういって話を打ち切った。

 思い返してみても結局絵の事ばかりになってしまう私も、それなりに重症なのかもしれない。

 だとしたら綾にとっての虎ちゃんと私にとっての絵は同じもの? なのかもしれない

 

 じゃあなおさら駄目じゃない。

 

 この子も私も人生ドン詰まりじゃん。

 

 

 

 文化祭当日

 

 

 私は美術室で漫画を読みながら過ごしていた。

 

 当然のように誰も見に来やしない。

 まぁ興味なんてないよね学生の描いた絵なんて、私自身もそうなんだから。

 なので時間を潰す為に持参した漫画を読みふけっていた。

 

 さすがに同じ姿勢でいるのは疲れて大きく伸びをしたところで気づく

 人居るじゃん

 いつのまにかお客さんがいらっしゃっていた。

 

 いかんいかん、制服を整え何もなかったかのように背筋をのばしてみたけれど、今更だなと思う。

 とりあえずお客さんの確認でもしよう、とんだもの好きも居たものである

 さてどんな人かなと顔を見てみれば、なんとまぁ虎ちゃんではないですか

 ちょうどいいとばかりに私は席を立った。

 

 それにしてもわざわざこんな所に来るなんて、絵に興味でもあるのかねぇ

 スタスタと歩いて行く姿にそうでもないかと思ってみたり

 一体何をしに来たんだこいつは

 足が止まったその場所には私の絵があった

 

「こんにちは」と声をかけてみたら「どうも」と返事はしてくれたけど、警戒されているかな



「ここってヤマユリ園? 」

 私の絵を見てそう訊いてくる虎ちゃん。


「そうそう、知ってるの?」


「昔行ってた」



「えっ、虎ちゃんってここら辺の人じゃないよね」


 と言ったら変な顔をするので、自分の失態に気づいた。

 急に知っている人が現れて、テンションが上がってしまってついつい綾の口癖が移ってしまった。


 

「綾と友達だから、その、口癖がね」


 言い訳も、微妙な顔をされた。


「で、須藤君は何をしていたの? 」


「何をって、嗚呼。俺はピアノをちょっとやったかな」


 私の訊いている意味を分かって答る虎ちゃんはどうやら本当に在籍していたようだ。

 しかしながら自分の記憶をぶん回してみても、そんな人が居たかは分からなかった。


「少しの間だけしか通ってなかったから、覚えてないと思うよ。俺も覚えてないし」

 

「そお? 」

 

 逆に気を使わせてしまって申し訳ない。

 どうも、変だな。

 なんかフワフワ、地に足が着いていない感じがする。

 

「私の絵、どう思う? 」


 なんて急に訊いてしまうあたりも大分重症だな。

 そんなこと訊かれても困るだけだろう。   

 

「描き続けた方がいいと思う」


 思っていた答えとは違うのが来てしまった。

 普通こういう時ってお世辞をいうとかそんな感じだろうに、完全に不意打ちを食らった。

 

「ありがと」


 結局それだけしか言えなくて、虎ちゃんは行ってしまったけど

 何なんだ、このザワザワするのは。

 褒めてくれる人はいたけど、続けたほうがいいってなんなのよ

 

 私、今すごくうれしいんだわ。これはそうね、うん。

 初めて認められた気がした

 初対面の人間にこんなにも心動かされることなんてあるものなのか。

 

 私の人生は今決まった。

 なんだか絵が描きたくなった

 

 

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