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私の隣で船を漕ぐ彼の髪からプールの匂いがする。
三人で電車に揺られていると、いつの間にか眠っていた彼の頭が私の肩に乗る
おおおおおおっ、至福の時。
ついつい口元が緩んでしまう。プールに感謝。
途中で楓が軽く手を上げ降りて行く。
私は瞬き一つで返事をして、すぐに全神経を肩に集中する。
楓になんてかまってやる暇はないのである。
「もう着くよ」
降りる駅に近づくので、そっと声をかける。
出来ることならもう少しこのままでもいいけれど、仕方ない。
寝ぼけ眼でうなずくが、なんだか反応が鈍い。
知らない反応に少しドキドキしながら、彼の手を引いて電車を降りた。
「座って」
私の声にうなずいてホームのベンチに座る彼。
従順な反応は新鮮で、抱きしめたくなる程かわいい。
しばらくぼーとして
「もう大丈夫」
そう言って歩き出す。
どうやらボーナスステージはここまでのようだ。
家までの道のりを二人で並んで歩く。
自分の家へは遠回りなのに、律儀に送ってくれる。
疲れているはずなのに、こういう所は昔からかわらない。
虎ちゃんと初めて会ったのは小四の時である。
その日は学生時代の知り合い会いに来るということで、うちの両親は朝から忙しくしていた。
どうやら最近引っ越してきたようで子供も一緒に来るらしい
私と同じ歳の兄と妹だそうだ
両親はうれしそうで、なにより母親のほうがテンションが高い
「先輩」という母の声はいままで聞いたことのないような声で 子供のようにはしゃぐ母親
昔の知り合いに会うことがそんなにうれしいことなのだろうか?正直わたしにはよくわからない感覚だ。
初めて会ったときの虎ちゃんの印象は正直よく覚えていない。これといって特徴のない普通の男の子。
むしろ妹の瑞希ちゃんのほうが印象にのこっていて、虎ちゃんの服のすそをぎゅっと握り締めていたのがいまでも覚えている。
圭子おばさんはすごくかっこいい感じの人だった。
両親たちは食事もそこそこに早速お酒を飲み始める。
普段はそんなに飲まない母親もどんどん飲んでいる。
子供をほったらかしにして、親たちは盛り上がっているけどこちらのこともにももう少し気をつかってほしいものだ。
流石に私も気を使って
「ゲームでもする? 」なんて言ったみたり
「ああ」
妹の方をみてそう答える兄はどうでもよさそうであるが、妹の方はうなずいてくれた。
なので簡単なゲームでもと思ってオセロをもってきた。
兄はどうでもいいが、妹ちゃんは退屈なのはさすがにいただけない。
これならわざと負けることもできるし、楽しんでくれるだろう。
なんてそんな甘い考えをもっていた時期もありました
いざ始めてみれば圧倒的な敗北。
嘘みたいにひっくり返っていく私の駒たち。
兄は無表情で見ているばかりで、何をいうこともない。
いっそのこと笑ってくれればいいもののそんなことはなく、私は惨めな気持ちで盤面をみていた。
「ん、ああ。トイレってどこ? 」
兄が訊いてきたので、飛んでいた意識をもどす。
「部屋出て右」
「わかった」
そういって兄は妹をつれて部屋を出て行った。
どうにか冷静さを取り戻した私も、一応わからなかった時の為についっていった。
無事、妹ちゃんをトイレに送り届けた兄と二人になってしまったので
「うちの学校に来るの? 」
「たぶん」
「そっか」
うーん。会話がつづかない。もう少しそちら側も協力してはもらえないだろうか。
「妹ちゃんオセロ強いね」
「瑞希は天才なんだよ、あ、たぶん」
そんなさらっと天才なんて言ってしまう兄に驚いてしまう私。
あれ? 親馬鹿? というかこいつシスコンなのではないのか?
そんなことを考えると妹ちゃんがトイレから出てきた。
さすがに負けたままでは帰らせませんよ私も、年の功というものを見せてやらねばと思い席に戻ると
「庭見てもいい? 」
と妹ちゃんが訊いてきた。
やる気になっていた私は肩透かしをくらった形になったけど、まぁいい。
特に何もある訳ではない庭ではあるが、つれていくと
花のある方へ進む妹ちゃん。母が少しガーデニングしていたっけか。
花とかに興味があるのかなとおもってみていると、石をどけて団子蟲をさわっていた。
いきなりワイルドな所を出してくるこの子 めまぐるしく変わっていく印象に圧倒されている私
そんな妹を見守る兄、なんなんだこの構図は。
なんだかんだで今日は凄い日になった
母が酔っ払って醜態をされしているのはさすがに困ったが
それから、結局虎ちゃんとは同じクラスになった。
虎ちゃんは家に来たときと同じように自己紹介も会話も必要最低限だけで終わらし
転校生特有の盛り上がりもなく、いつもと変わらない日々に戻る。
結局、同じクラスになったものの会話をすることはなく、ただ淡々と日々が過ぎて行く。
そもそも虎ちゃんは口数が少なく、自分から進んで行動には移さない。
まぁ男子だから群れなくてもやっていけるだろうし、それでいいのだろう。
ただ女子は違っていろいろと面倒だ。
私にとって誰が誰を好きかなんてどうでもよく、興味のない事柄だ。
でも周りの考えは違った。
なんでもかんでも恋愛に結びつけたがるのだ。
私の容姿は自分でいうのもなんだが美人の部類に入るだろう。
たぶんクラスの男子の大半は私の容姿が好きで、なにかとちょっかいをかけてくる
でもそれは、私にとっては迷惑でしかなかった。
私の事好きな男子を好きな女子がいて、その子にしてみれば私は邪魔者で敵になってしまう。
実に面倒くさい人間関係である
ちょっかいをかけたい男子とそれが気に入らない女子が結託するこによって、それはクラスの大半をしめる人数になり
当然それがクラスの総意のようになってしまう。
そうしてエスカレートしていきただの嫌がらせが始まる。
こうなってしまってはどうしようもなくなる。
私の求められる役割が何だったのか、私はどうすればよかったのだろうか
結局私は何も出来ず、ただ通り過ぎることを祈るばかりだった
私は今日も今日とて落書きを消すことに勤しむ。
そんな時、手伝ってくれたのが虎ちゃんだ。
「いいよ、手伝わなくて。一人で出来る」
そういう私にかまわず虎ちゃんは手伝ってくれる
「面倒くさいことになるよ? 」
「どうでもいい」
そういって虎ちゃんは最後まで手伝ってくれた
帰り道に虎ちゃんにどうして手伝ってくれたのか訊いてみた
「どうせ今だけの付き合いなんだからどうでもいい。相手にしてやる必要がない」
それを訊いて私はなんだか納得してしまった。ずっと今をどうするかしか考えていなかった。
このままずっとこの人たちと一緒に居るわけでもないのに、こんな少しの間の人間関係に縛られる必要なんてない
本当、私バカみたいだ。
そう思うとなんだかちょっと笑えてきた。
何だったんだあの連中は。
あの性悪女たちも、バカな男たちも、私の人生に踏み入れさせてなるものかと決めた。
それからの私の学校生活は変わった。
そしてなによりも私の中で虎ちゃんの存在が大きく変わった瞬間だった。
それからというもの虎ちゃんと話すことが多くなった。
まぁ私から話かけてるんだけど、ちゃんと返してくれることは分かった。
親同士が仲がいいことも相まって合う機会も増えていき、距離も近くなった。
そして私は恋に落ちたのだ、初恋だった。