エピローグ
シャワールームから出てきたその人物は、まだ濡れている髪をタオルで拭っていた。
ホテル備え付けのバスローブに包まれた肢体は細く優美だったが、同時によく鍛えられ引き締まった筋肉をも兼ね備えている。タオルの陰から除く面差しは、作り物めいて見えるほどにバランスよく整っていた。
色のない薄い口唇が、かすかに動く。高くも低くもなく性別すらうかがい知れぬ声が、古い歌を口ずさんだ。
「 Look for the silver lining
Whenever a cloud appears in the blue
Remember, somewhere the sun is shining ―― 」
―― 空に暗雲が立ち込めた時は、希望の光を探そう。
―― 太陽がどこかで輝いていることを、忘れないで。
この歌の元となったのは、『どんな暗い雲の裏側も、太陽によって銀色に輝いている( Every cloud has a silver lining )』、すなわち『絶望の中にも、必ず希望の光が存在する』という、旧世界のことわざらしい。
そこから転じて、『 silver lining 』とは、『逆境にあっての希望』を意味するのだとか。
テーブルに向かったその人物は、プラチナブロンドの先から雫が垂れるのも気に止めることなく、開いたまま置いていたキーボード付きのノート型端末を片手で操作した。暗くなっていた画面が一瞬で復帰し、細かい文字がびっしりと表示される。ゆっくりと流れてゆくそれを、何色ともつかぬ淡い色彩の瞳が追いかけた。
「 A heart full of joy and gladness
Will always banish sadness and strife
So always look for the silver ... 」
―― 喜びと感謝で胸を満たせば、悲しみや争いも吹き飛んでゆく。
―― だから、いつでも探してみよう。銀の……
スクロールが止まると同時に、歌の終わりもハミングとなって消えてゆく。
さらにいくつかのキーへと指を滑らせ、その人物は満足そうに笑んだ。
「……さすがは〈銀の塵〉だね。期待を裏切らないでくれて、本当に嬉しいよ」
そうして端末の蓋を押さえ、ぱたりと無造作に閉じる。
その表面には、翼を広げたコウモリを図案化したと思しき、特徴的なマークが刻み込まれていた。
〈 鵺の集う街で 第十話 終 〉




