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鵺の集う街で  作者: 神崎真
鵺の集う街でX ―― Pay it forward.
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第五章 人工と天然

「医者として忌憚(きたん)ない意見を言わせてもらえば、人間(ヒューマン)用に合成細胞で作られた人工の臓器と、生身の人間から摘出して移植されたものとの間に、機能的な差ってのは『ある』、というのが正直なところだ」


 夕方になって【Famille(ファミーユ)】の組事務所を訪れたドクター・フェイは、シャワーを浴び身綺麗になった子供達を改めて健康診断していった。発信機を摘出した手術痕も、特に問題が生じていないことを確認する。

 今はそれらが終了し、出されたコーヒーと菓子を会議テーブルで口にしながら、一息ついたところである。

 診察の済んだ子供達は、まだ離れた場所で互いに身を寄せ合うようにしていた。それでも落ち着いてきてはいるようで、その表情は昨日と比較するとかなり明るい。小声で何やら会話し、時おり笑顔なども浮かべるようになった彼らを、フェイは足を組み頬杖をついた姿勢で眺めやる。

 そうしてその耳には届かぬよう、獣人種同士でのみ会話が成立する程度に抑えた声量で、同じテーブルにつくニックとリリへ説明を続けた。


「両者の最大の差は、やはり耐久性だろうな。これは機械的な義体(ぎたい)にも言えることなんだが、人工物ではどうしても劣化や、移植先の細かい変化に対応しきれねえんだ。人工血液や人工皮膚などのごく一部を除けば、手術が終わった後も、定期的なメンテナンスが必要となってくる。患者にとって、それが大きな負担になるのは事実だ」


 かすかな音を立ててカップを置き、斜めになっていた上体を起こして両手の指を組む。その中指だけが動いて、苛立たしげに手の甲を叩いた。


「……人工皮膚は良いんだよ。あれはシート状に成型した表皮部分と、スポンジ状のコラーゲンをメインにした真皮修復材で構成されてるからな。移植した後は内部に線維芽細胞や毛細血管が侵入し、増殖してゆく。その過程で修復材は吸収され真皮様肉芽組織に置き換わり、最終的には移植された当人の細胞で構成された、通常の皮膚組織が形成される。投薬で代謝を早めてやれば、傷自体は数日で塞がるし、組織が置き換わるのも一ヶ月程度で……」

「いや、ごめん。ちょっとよく判んねえ。っていうか早口すぎんだけど」


 ニックが困惑の強い表情で、弾丸のように紡ぎ出される専門用語の奔流を止める。

 その横から、リリが助け舟を出すように逸れかけた話を軌道修正した。


「つまり人工臓器よりも、いわゆる『天然モノ』を移植したいと望む人間(ヒューマン)が存在するのは、移植後の維持管理を ―― いわば『手間』を省きたい、と。そう考えているが故という解釈で、よろしいのでしょうか?」


 押し殺したリリの声には、強い怒りが含まれている。

 たかがそれだけの理由で、自分達の家族は殺され、バラバラにされたのか、と。


「……手間って表現は、さすがに言いすぎだろうよ。人工臓器の場合、劣化度合いや病状の変化によっては、再移植の必要も出てくる。子供なら尚の事だ。最初に小さく合成した臓器は、身体が大きくなっても小さいまま変わらねえ。だから成長するたびに取り替える必要がある。幼い子供が、毎年のように内臓まで達する手術を受けなきゃならねえとしたら? そのたびに多かれ少なかれ生命の危険は伴ってくるし、当然、相応の苦痛もあれば金もかかる。だが生身の臓器を使用すれば、一度の施術で全部すませられるんだ」


 かつて、まだ移植技術が現在ほど進んでいなかった時代には、他人の臓器を身体に入れる代償として、免疫を過度に抑制する薬を一生摂取し続けなければならなかったという。結果として些細な感染症で生命を落とす可能性が高くなり、術後の生活に多くの制限を必要としたらしい。拒絶反応や神経がうまく繋がらないなどの理由で、機能不全を起こす事例も多かったようだ。

 しかし現在の医療技術であれば、人間(ヒューマン)同士の臓器移植は、成功率が極めて高い。条件の合う提供者(ドナー)を見つける必要こそあったが、一度の手術が成功した後は、副作用のほぼない薬を少量服用する程度で、健康体とほぼ変わらない日常を送れるようになる。


「だから、正規の手順を踏んだ合法的な提供臓器が手配できて、金銭的余裕もあるならば、そっちを選択するのは何も間違っちゃいねえ。むしろ当たり前の行動と言える」


 最初の手術の時点では、多少なりと値が張ろうとも。それでも先々の生活を考えれば、維持管理費(ランニングコスト)の面でも安全面でも、生身の臓器の方がより優れているのは厳然とした事実なのだ、と。


「けど、よ……」


 影になる位置で拳を握りしめるニックに、ドクターはすがめた目でうなずいてみせる。


「いくら需要があるからって、何も知らない子供を騙して勝手に提供者(ドナー)に仕立て上げるなんざ、許される訳あるかッ」


 ささやき声のまま、鋭く吐き捨てた。

 リリもまた、軋むほどに奥歯を噛み締めている。


 かつて、契約書の片隅にごく小さく薄い文字で書かれた一文をたてに、連れ去られ帰ってこなかった仲間がいた。

 義姉(あね)の足を砕いた人さらい達もまた、人間種(ヒューマン)内臓(なかみ)を売るのだから、多少傷をつけても問題はないのだと嗤っていた。

 そしてこの部屋にいる子供達は、『牧場』と称される施設にいたのだという。そこで十分な食事と運動を与えられ、健康的に育つよう指導を受け ―― そして注文に合致した者から順に、『出荷』されていったのだろう。

 都市間における物資の流通に、難を抱える今の時代。輸送が間にあう範囲内で、条件に(かな)う合法的な臓器提供者(ドナー)を見つけることは、確かに難しいのだろう。ましてそれが大きさに制限のある、子供のものならなおのこと。

 だからこそ、合成細胞による人工臓器作成という技術が発達してきたのだ。

 しかし、その人工臓器という存在自体に忌避感を持つ人間(ヒューマン)もまた、少なくはない。

 それは人の手で合成されるというその作成工程が、獣人種(キメラ)のそれを彷彿とさせるからだという。

 獣人種(キメラ)ごときの内臓を身体に入れるような、おぞましい真似などできるものか、と。

 実際のところは、人工子宮で胎児の状態から培養される獣人種と、個々の部位ごとに形成される人工臓器とでは、使われる技術も構造も全く異なっているのだが。一般的な人々は、そんな専門的な話など知る由もなく。ただ漠然とした印象から来る思い込みだけで、拒否反応を示すらしい。

 それで己や身内の寿命を縮めるのは、あくまで個人の自由だ。好きにすれば良い。

 かといって、そこで同じ人間(ヒューマン)なら受け入れられるからと、他者を一方的に犠牲にするという発想は、勝手が過ぎるとしか思えない。

 三人は、それぞれの立場から静かに怒りを募らせつつ、それを表には出さぬよう努めながら子供達を眺めていたのだった。



  §   §   §



 ペントハウスに戻ったシルバーは、一息入れることもせず、まっすぐ仕事部屋へと向かっていった。

 窮屈なジャケットと革靴を適当に脱ぎ捨て、長い髪は首の後ろで一括りにする。多少の後れ毛など気にも止めぬまま、フットレストのついた事務椅子へと身を投げ出すように座り込んだ。

 キーボードに指を滑らせれば、暗く落ちていた三面のモニターが、一瞬で息を吹き返す。

 視界をほぼ埋め尽くす巨大なそれらを前に、彼女は半透明のバイザーグラスを手に取った。もっぱら電子会議(バーチャル・チャット)時に使用するその機材は、眼前に疑似三次元化された映像(グラフィック)を展開することができる。画像ではなく情報(データ)をそのまま表示させれば、前方以外の左右や上下、すべてを仮想モニターとして使用することも可能な出力機器(デバイス)だ。

 もっともそんな真似をしたところで、それだけの膨大な情報量をすべて把握し有効活用できる人物など、そういるものではないのだが。

 しかし彼女は、さらにワイヤレスのイヤホンマイクをも装備し、実物のキーボード2つを手元に引き寄せ、立体映像からなる仮想のそれを3つほど(くう)に表示させた。音声入力機能とタッチパネルもONにする。


 一拍の間は、集中するためか。


 その両腕と五指が、卓上と宙へと閃いた。低い声が途切れることなく淡々と、迷いなく命令(コマンド)を紡ぎ出してゆく。

 顔の上半分を覆うバーチャルバイザーの表示は、外部からうかがい知ることはできない。しかし巨大なモニターの方は、もはや点滅を通り越して光の奔流としか表現しようのない速度で、次々と切り替わり始めた。光の照り返しが壁や天井を鮮やかに彩り、途切れることないタイピングや、様々な種類の電子音、合成音声のメッセージが高く低く鳴り響く。そこへ意味を理解できないが故に、素人には異国の歌にも聞こえる音声入力が重なって。

 バイザー内の情報を追っているのだろう。四方へ顔を巡らせながら、仮想キーボードやタッチパネルへもその指は伸ばされた。淀みなく流れるような一連の動きは、さながら熟練のアーティストが、大規模な電子楽器(シンセサイザー)でも奏でているかのようだ。


 それは、リュウとても滅多に目にすることのない、シルバーが掛け値なしの全力で電脳空間(ネットワーク)へと没入(ログイン)する姿であった。

 とりあえず靴と上着を回収した彼は、作業の邪魔をする訳にもゆかず、しばしその光景を見守るしかできずにいた。

 以前、怪我をした際にも診療所で似たようなことをやっていたが、あの時とは規模がまるで異なる。使用している端末の数も性能(スペック)も、回線の速度まで文字通り桁が違う。

 そして何よりも、全身から立ち上るその気迫が、まったく比較にすらなっていなかった。

 こんな ―― 鬼気迫るとでも言うべき ―― 彼女を見るのは、そう。かつて暮らしていた都市を離れるための、事前準備をしていたとき以来ではないだろうか。

 彼女とリュウを、心身ともに深く傷つけた存在。それを明確な『敵』と認定し、完膚なきまでに叩き潰しつつも、証拠どころか疑いの欠片すら残さず。そして誰にも邪魔されぬ内に居を移して、あらゆる(しがらみ)を断ち切るべく行動していた、あの時の。


 あるいは ――


 リュウが記憶を失い、行方不明になっていた際の彼女もまた、こんな様子であったのだろうか。

 常日頃から感情の読み取りにくいその面差しは、しかし慣れてみれば意外と判りやすい。それが【Katze(カッツェ)】常連達の一致した見解であり、リュウもまた同意見だった。

 しかし今のシルバーは、いつもよりなおいっそう表情を固く、冷たく、凍りつかせている。半透明のバイザー越しに見えるその瞳もただただ黒く、時おり瞬きをする他は、まったく内面を映し出そうとしない。


「………………」


 ふと気づくと、拾った上着に皺ができていた。

 慌てて握りしめていた指の力を抜き、そうしてリュウはため息を飲み込む。

 声紋登録がしてあるため、多少の物音でも音声入力の妨げにはならぬはずだ。それでも呼吸をひそめ、足音さえも殺して、そっと仕事部屋を後にする。

 まずは靴を片付けて、上着の皺を整えよう。それからうっかり倒しても問題のない、蓋付きのマグカップに適温の飲み物を入れて、柔らかい室内履きと共に差し入れてみよう。

 それに気づいてもらえるかどうかは、判らなかったが。

 その程度のサポートしか、今のリュウにできることなど、思いつけなかったのだ。



 そんなふうにリュウが出ていった後も、シルバーは一心不乱に端末を操作し続けていた。

 それこそ指一本の動き、呼吸するタイミングのひとつも無駄にすることなく。己の持てる最大限の力を、最大限の効率でもって行使してゆく。

 果たして、どれほどの時間が経過しただろうか。常に視界へ入る位置に表示させたタイマーで、36時間の刻限(リミット)にまだ余裕があることだけは把握している。それ以外の思考のほとんどを必要な作業に集中させていた彼女だったが、目の前を流れてゆく情報に、ふと引っかかりを覚えた。

 それは、今の状況で目にするには不自然な文字列だ。

 作業の速度をほんのわずか落とし、少しばかりの意識(リソース)をそちらに()いてみる。

 どうやら勘違いでも、偶然の一致でもないようだと裏付けを取るのに、十数秒。

 その間に、ドクターから受け取ったテジュンの遺伝子情報を解析し、レンブルグとホーフェンゲインの都市管理端末にそれぞれ不正侵入(ハッキング)。確認するべき情報を閲覧した上で、必要な部分とそうでない部分に区切りをつける。

 何重にも張り巡らされた防衛機能(セキュリティ)(トラップ)をかいくぐり、(ダミー)と正しい情報を選別しつつ、攻撃に気付いて放たれた相手方のウイルスを消滅させ、あるいは使い捨ての仮想領域へと誘導し隔離する。

 それらをすべて同時にこなしながら、シルバーはわずかに目をすがめた。


( ―― 手を、打っておくべきか)


 内心で淡々と判断を下し。

 再びすべての思考が、必要な作業へと集約されていった。



  §   §   §



 端末の前に座り続けていたシルバーは、ひとつ息を吐いて手を止めた瞬間、リュウによってその作業を中断させられた。

 正確には中断というほど強い行動ではなく、ただ静かに肩へと手を置かれただけなのだが。

 それでもシルバーは、一度完全に動きを止め、それから油が切れた機械のようにぎこちない仕草でリュウを見上げた。

 半透明のバイザー越しに視線が動き、目蓋が細められる。

 水分を失い表面がささくれ始めている口唇が動き、乾いた一言が発せられた。


〈…… pause(一時停止)


 低く、いつもにもまして愛想のない ―― むしろ凄味さえ孕むその響きに、しかしリュウは密かに胸を撫で下ろしていた。少なくとも気付いてはもらえた。そんな些細なことにすら安堵できるほどに、シルバーの集中は尋常でなかったのだ。

 作業を開始してから、すでに20時間近くが過ぎている。

 しかし片手でも(つま)める一口サイズで用意しておいた軽食には、手のつけられた形跡が全くなかった。飲み物も同様で、蓋付きのマグカップはリュウが最初に置いた位置から、1ミリたりとも動いていない。

 ただひたすらに、端末とそのもたらす情報に没頭し続けていたのだろう。

 リュウが昼日中のこの時間ペントハウスにいるのも、いったん部屋を出て【Katze】へ向かい、最低限の仕事だけすませて休みを取ったからだということさえ、認識していないに違いない。

 そのこと自体は、別に構わない。

 リュウの行動理念には常に、己が何を思いどのように過ごしていようと、それで彼女の本当に必要としている行動に支障をきたす結果となっては本末転倒だ、と。そんな思いが根底に存在しているからだ。


 しかし ――


 彼女は、ただでさえ真夜中にいきなり叩き起こされ、呼び出しを受けたのだ。食事は出先で2度ほど摂ったし、組事務所にある端末で作業していた際にも、ある程度のものは口にしていた。しかしその間、一睡もしてはいない。

 それから飲まず食わずで、丸一日近く。しかも極限まで集中して作業を続けている。いい加減、心身ともに限界が来ているはずだった。

 このままでは、36時間の期限が来る前に倒れるか、そうでなくともミスを引き起こす。それは彼女にとって、本意ではないだろう。


「少し休憩を取って、何か食べて下さい」


 そう告げるリュウから、しかしシルバーはふいと視線を外した。


〈 ―― restart(再開)


 軽く身体をゆすり、肩に置かれた手のひらを払い落とす。

 シルバーが、それに気付いていながら耳を傾けも検討もせず、意図的にリュウの意思を黙殺した。

 出会ってから、数年。もしかしたら初めてかもしれないその反応に、リュウは内心で大きな衝撃を受ける。

 しかし立ち尽くす彼を気にもとめず、シルバーは淡々と無機質な命令(コマンド)を紡ぎ続けた。


check(確認),time() difference(),subject(対象),Hovengein(ホーフェンゲイン),boot(起動),video cha(映像通) ―― 〉


 再びキーボードへと伸びるその腕を、リュウは半ば無意識の内に掴み止めていた。

 リュウの指が一周して余裕で余るほどに、その手首は細い。さほど強く握った訳ではなかったが、それだけであっさりと動かなくなってしまう。


「…………」


 音声入力が止まり、代わりに逆の手がリュウの手へと伸ばされた。(わずら)わしげに引き剥がそうとするその仕草もまた、全く意味を為していないほど弱々しいもので。

 抵抗されているというその事実と、それが簡単に抑え込めていることの双方にまた動揺を覚えつつ、リュウは言葉を絞り出す。


「無理に、続けても……作業効率が、落ちる……だけ、です。……オーバーワークによる、ケアレスミスを生じる前に、休息と栄養補給を ―― 端末と、御自身のメンテナンス……エラーチェックと修復を、行って……下さい」


 電脳空間で、長時間思考を最適化し続けていたからだろうか。どこか人間性を削ぎ落としたかのような現在の彼女にも、できるだけ届きやすいであろう言い回しを、懸命に探し出した。

 ぴくり、と。

 シルバーの指先がわずかに反応を示す。


「………… maint(保守)enance(点検)


 ややあって、抑揚のない平坦な口調が、音声入力ではない言葉を発した。


「そうです」


 まだ単語でしかないそれを逃さぬように、リュウは熱を込めてうなずく。


「…… error(破損) check(確認)

「そうです」


 いつしかリュウは、床に両膝をつく形で姿勢を低くしていた。

 無造作に掴んでいたシルバーの手首を改めて持ち直し、両手で押しいただくようにして額を寄せる。


「…… recovery(修復)

「はい、そうです」


 ぽつり、ぽつりと。雨垂れのように落とされる単語に、ひとつひとつ肯定を返す。

 しばらくの間、沈黙が続いた。

 それ以上の言葉を見つけることができず、そっと指に力を込めるしかなかったリュウの後頭部へと、ややあってからようやく新たな文章が告げられた。


「………………理解(got)した(it.)


 そう口にした途端、限界まで張り詰めていた何かが切れたのか。

 シルバーの上体が揺れ、椅子の背もたれへと体重を預けた。リュウが掲げていたその片手も、だらりと完全に力を失う。


「サーラっ!?」


 慌てて立ち上がったリュウは、バイザー越しにその顔色を確認した。

 幸い意識を失った訳ではないようで、開いたままの瞳がまだぼんやりとどこかを眺めている。

 その右手がゆっくりと掲げられ、仮想キーボードを軽くひと無でした。


〈 ―― pause(一時停止),error(破損) check(確認),recovery(修復),subject(対象),all disk(全端末) ―― RUN(実行)


 音声入力が終わると同時に、それまで色とりどりの情報を表示していたモニターが一斉に暗転した。続いて大量の文章(テキスト)が画面を埋め尽くしてゆく。一定の速度で流れ続けるそれらは、シルバーの手を完全に離れ、自立して動いているようだ。

 どうやら酷使した端末に不備が生じていないかを点検し、必要であれば対応するよう、専用のプログラムを走らせたらしい。

 それから、ずっと装着し続けていたバイザーグラスを外そうとする。しかし小刻みに震え始めたその手は思うように動かせないようで、幾度も失敗している。

 リュウはやんわりと、その指先を押し留めた。そうして代わりに、バーチャルバイザーとイヤホンマイクをその頭部から取り外す。

 それらを机の空いた場所へ、静かに置いて。

 まずは彼女を作業部屋から連れ出すべく、その膝と背の下へと、両腕を差し込んだのだった ――

※作中に登場するコマンドは、現実のものとは何ら関係ありません。

 義父ともども、独自のシステムやプログラミング言語を開発するような人達なので。

 あくまでこんな感じという、ざっくりした雰囲気でお楽しみ下さい。

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