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鵺の集う街で  作者: 神崎真
鵺の集う街でVI ―― Nightmare.
62/95

プロローグ

ちょっとややこしいですが、これも時系列的にはV話 Love is ~ より前。

Netherlandish ~ の直後かつ、さらに過去の回想シーンが頻繁に挿入されています。


※このVIは特に、非人道的な行為や暴力表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。

【 nightmare(nάɪtmèə)】


 1.夜に現れる恐るべきもの、悪夢

 2.悪夢のような出来事、もの

 3.睡眠中の人を窒息させる魔女、夢魔



 全身が燃えるような熱さに苛まれる中で、左足だけが、まるで凍りついたかのように冷たく、そして重く感じられた。

 もはや慣れたその感覚が本当に冷気なのか、それとも過ぎた痛みなのかすら、とうに判断などつかなくなっている。

 夢とも(うつつ)ともなく聞こえてくるのは、かつて漏れ聞いた、遺伝子上の両親と呼ばれる存在と、白衣の男達の会話で。


 ―― 本体(オリジナル)が見つかって、本当に良かった。

 ―― あの予備(スペア)はもう不要ですね。

 ―― しかし、ずいぶんと見栄えが悪くなっていませんか。精神状態も不安定なようですし、いっそこのまま入れ替えてしまっても良いのでは。

 ―― 馬鹿なことを。予備(スペア)はしょせん予備(スペア)だ。

 ―― そうね。今さら教育し直したところで、本体(オリジナル)には到底及ばないわ。

 ―― そもそもこういう時のための予備(スペア)だろう。早急に移植手術の手配を。

 ―― かしこまりました。

 ―― ではまず、一番損傷の激しい部位から……


 彼らがどのような表情を浮かべていたのかは、影のようになっていて、どうしても思い出すことができない。

 ただ淡々と事務的に交わされる、情を感じさせないやり取りが、総毛立つほどに恐ろしく。なんとか遮ろうとしてみても、言葉のひとつも発することができない。


 ―― お前さえ、いなければ……ッ!!


 声の主が変わる。

 振り絞るかのように発せられるその糾弾は、熱に浮かされた脳内で幾重にも反響した。

 そちらの声には、いつも射抜くが如き鋭い視線が伴っている。

 解けかけた包帯の間から覗くその(まなこ)は、激しい憎悪と憤怒にぎらついていて。


 口を開いた自身は、果たしてあの時、なにを言おうとしたのだろう。


 しかしあの時も、そして今も、

 半開きになった口唇から漏れるのは、笛のように耳障りな音を立てる呼気ばかりだ。

 生理的な涙に歪んだ視界には、自室の天井と重なって、『彼女』の姿が浮かぶ。


 鏡の中に見る己とよく似た、黒い髪と黒い瞳を持つ少女。


 こんなにも呼吸ができないのは、あの時のように、首を絞められているからだろうか。

 喉元をかきむしってみても、息苦しさは少しも減じず。


 ―― お前なんかに……は、渡さない……!!


 脳裏に繰り返し(こだま)するその叫びこそが、呪詛と呼ばれるものかもしれない。


 虚空へと伸ばした指の先に幻視するのは、最後に見た『彼女』の笑顔だ。


 どれほど伸ばしても、伸ばしても、今さらこの手が届くことなどありはしない。

 それぐらい、判りきっていたけれど。

 どんな謝罪も、制止も、希求も、遅すぎると判ってはいたけれど。


 それでも、あの時あの場所へ戻ることが、できたなら ――


「……な、い……か……ら……」


 かろうじて絞り出した、その瞬間。

 包帯の間から覗く目が、一際嘲るよう弧を描いたのを見た気がした。


 ―― お前も死ねば良いんだ。


 息苦しさが、急速に増す。

 ひぅ、と。

 狭まった気道から音が漏れた。


 暗くなってゆく視界には、広がる血溜まりの中へと倒れ伏す、壊れた人形のような『彼女』だけが残る。


 それは、現実にこの目で見た訳でもないのに、強く記憶に焼き付けられた、けして消えることない光景で ――

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