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鵺の集う街で  作者: 神崎真
鵺の集う街でIV ―― Chicken or the egg.
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プロローグ

 配送業者の男が二人、通話装置越しに、固く閉ざされた扉の向こう側と会話していた。

 何かを言い募っている二人と、機械から発せられる抑揚のない淡々とした音声を聞き流しながら、彼はどこを見るともなくぼんやりと佇んでいる。

 その脳裏をよぎるのは、つい先程まで飼い主だった、男の言葉。


 ―― 珍しく、お前に興味を持ったようだったからな。


 下卑た笑みを浮かべながら、そんなことを口にしていた。


 ―― うまくいけば、しばらくは可愛がってもらえるだろう。せいぜい媚を売れ。


 ぐいと乱暴な仕草で顎を持ち上げられて。覗き込んできたその顔立ちなど、もうほとんど覚えてはいない。もし再度会ったとしても、見分けることはできないだろう。

 ……そもそも再会する可能性すら、万に一つもなかった。だから、どうでも良い話だ。


 気がつけば、男達と扉の向こうとのやり取りは、終わっていたようだった。

 頭を掻く二人は、ため息を付いてこちらを向いている。ひどく億劫そうな、モノ ―― いや、道端の塵芥(ごみ)を見るかのような、目。


「やっぱり、いらねえってよ。そりゃこんな(とう)が立った玩具(ペット)なんざ、押し付けられたって迷惑だろうしな」

「どうする。受け取り拒否されたら、そのまま処分場に持ってけって話だったろ」

「あそこかあ……遠いし、面倒じゃねえか。もうそこらへんに捨ててこうぜ。そのうち収集車が回収してってくれるさ」

「けど、こいつ特注品だろ。不法投棄だなんだって、後からごちゃごちゃ言われたりすんじゃねえの?」

「なあに、どうせ所有者登録はもう消されてるんだ。誰が捨てたかなんて、判りゃしねえよ。……まあ、この派手な目玉は、確かにちょい目立つかもな」


 片方の男がそう言って、胸元に手をやる。

 作業着のポケットから引き抜かれたのは、細い筆記具だった。それを逆手に握って、一歩一歩近付いてくる。

 どうやら、これから目を潰されるらしい。

 さすがに痛むだろうが、どうせ一日もしないうちに処分場へゆくのなら、そう長くは苦しまずにすむだろう。

 怯えるでも逃げるでもなく、ただ無感動に見返した彼の前で、男はわずかに訝しむような表情を浮かべる。しかしその手を止めようとはせず、ぐいと無造作に髪を掴み、頭部を引き下ろすようにして固定した。

 尖った先端が、左の眼球へと向けられる。

 その時、


『 ―― 待て』


 通話装置から、短く低い声が発せられた。

 それはけして、激しくも大きくもない一言だった。

 しかし男達は、何故か跳ねるように肩を揺らし、同時にそちらの方を振り返る。

 通話装置の画面は暗いままで、ただ音声だけが聞こえてきていた。それは女のもののようだったが、合成音のようでもある。

 感情の色のうかがえない、どこまでも事務的な口調が、平坦に先を続けた。


『気が変わった。そのままそこへ置いていけ』


 それを聞いた男達は、面倒な手間がなくなったことを歓迎したようだった。


「受領書にサインを戴きたいんですが」


 笑顔を浮かべてさっと通話装置へ向き直り、そんなことを要求している。


「それから、所有者登録もお願いいたします。前の持ち主は既に登録を抹消しておりますので、このままでは飼い主不在として、見つかり次第処分対象となってしまいます」


 先程までとは打って変わった丁寧な物腰で話す男に、通話装置からの声は、しばらく間をおいてから答えを返した。


『……判った。少し、待て』


 扉の脇に灯っていた光が、解錠を示す緑色へと変化する。


 その日の出来事が、彼とその声の主の未来を、大きく変える最初のきっかけになるものだった、と。

 この時には誰ひとりとして、予想だにしておらず ――

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