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鵺の集う街で  作者: 神崎真
鵺の集う街でIII ―― Too much of a good thing.
40/95

エピローグ

 どれだけ楽しくとも、宴には必ず終わりがやってくる。

 せっかくだからと、ルディとアンヌは余韻を損なわない段階で、先に帰らせたけれど。その他の者達は翌日の営業に差し支えが生じないよう、手分けして店内の片付けにあたっていた。

 なおシルバーにも、全員で懇願して、丁重にお引き取りを願っている。彼女の場合、役に立つ立たない以前の問題で、やはりどうしても手伝ってもらうのは気がひけるのだ。

 そうして残った者で、残飯をゴミ袋にまとめたり食器を運んだり、キッチン内でそれらを洗ったりする。移動させたテーブルもさっさと元の位置へ戻して布巾で拭いたりといった具合に、特別打ち合わせるでもなく、みな手慣れた様子で立ち働く。それは常連以外の、ルディの両親の元同僚だった面々も同様だ。

 そこにはやはり、獣人種同士の仲間意識が働くのだろうか。初めて顔を合わせる同士でも、それなりに会話を交わしながら、手際よくその手を動かしている。

 壁を飾っていた色紙の鎖や花を、椅子に登ったアヒムが取り外していった。その椅子を支えているペンキまみれの青年が、持ち帰っていいかと問いかけて、彼女にでも贈るのかと周囲からからかわれる一幕もあったりなどなど。みなどこかまだ、興奮を引きずっているようだ。

 両手に高々と皿を積み上げたゴウマが、危なげもなく人々の間を縫っている。荷運びの仕事を主にしている彼にとっては、それぐらい朝飯前なのだろう。

 カウンターに置かれたそれらをリュウとスイが手分けして洗い、ルイーザが布巾で水気を拭き取ったのち、アウレッタが所定の位置へ収めてゆく。

 高い位置に掲げられていた黒板を手に、ジグもやってきた。気がつけばもう、片付けはほとんど終了しているようだ。

 (いとま)を告げて店を出てゆく元同僚達の幾人かは、いずれ常連に名を連ねるのかもしれない。

 彼らを見送れば、店内に残っているのは、常連達の中でも特に気心の知れた、いつもの顔ぶれで。


「中途半端にあってもしょうがないから、飲んでっておくれよ」


 アウレッタがそう告げて、封の空いたジュースの壜をカウンターに並べた。どれも底にわずかに残っているだけで、一杯分にはとても足りないものばかり。店で出すことはできないし、手分けして持ち帰るのにも面倒な量だ。

 一度洗ったコップをまた汚すのももったいないしと、それぞれが壜を手に取り、直接口をつける。

「誕生パーティーかあ。初めてだったけど、けっこう面白かったな」

 基本的に皆で騒ぐのが大好きなアヒムは、まだ機嫌良さげに笑っている。だらしなくカウンターに寄りかかっていて、まるで酒でも入っているかのようだ。

 両手で包むようにオレンジジュースを持ったスイも、こくんと小さく頷く。

「アタシも、クラスの子とかが話してるの聞いて、生まれた日の何がおめでたいのって思ってたけど……でも、こういうのだったんだなって。こんなふうにしてもらったら、そりゃ楽しいし嬉しいに決まってるよね」

 スイもまた、両親を持つ第三世代の生まれだ。誕生日など祝ってもらったことはなかったし、それが当たり前だと思っていた。しかし改めて実際に経験してみると、いろいろ納得できるものもある。

「……良いなあ、ルディ」

 ちょっと口を尖らせてしまう。

 自分はもう大人だと主張していても、そこはまだ義務教育期間を終えたばかりの十六歳だ。正直な感情が顔に出るのを止められないようだ。

「なんだ、スイもプレゼント欲しいのか?」

 混ぜっ返すアヒムを、スイはきっと睨みつける。

「悪い!? あんなにいっぱい、羨ましいに決まってるじゃない!」

 欲しいのは、けして、物それ自体ではない。

 自分のことをたくさん考えたうえで選んでくれる、その気持ちの方で。

「シルバーさんが、自分は高いだけのいらないものばっかり押し付けられて、困ったって言ってたじゃない。そういうのじゃなくて、どれもみんな、ちゃんとルディに喜んで欲しいって、そう思って選んだものだったのが……すごく、良いなって……」

 ささやかなもので良い。高価なものでなどなくとも良い。

 ただ即物的に、『物』を欲しがるのではなく。物を贈るという行為の一番大切な本質を理解している少女に、周囲で会話を聞いている大人達は温かな眼差しを向けた。

 スイの誕生日はいつだったか。シルバーに尋ねれば判るだろうか。

 そんなことを考えている何名かをよそに、スイとアヒムのやりとりはなおも続いている。

「そういえば、シルバーさんが前に一度だけ受け取ったプレゼントって、なんだったのかな?」

「あ、それオレも気になってた」

 相手のことをまるで考えない、賄賂や見栄の押し売りばかりに辟易していたという彼女が、たった一度だけ受け取ったという贈り物。それは果たして、どんなものだったのだろう。

 なんだかんだと言いながら、あんなにも心のこもった素敵な品を用意してみせた彼女だ。きっとその時の経験を参考にしたに違いない。

 期待に満ちた二対の眼差しを向けられて、リュウは不思議そうに目をしばたたいた。

「……あの、なにか?」

 疑問を口にするリュウへと、二人は勢い良く詰め寄る。

「で、リュウ、なに上げたんだ!?」

「シルバーさん、どんなふうに喜んだの!?」

 畳み掛けるようにそう問うのだが、リュウはただ困惑するばかりだ。

「その、いったい何の話ですか」

「まったまたぁ!」

 とぼけんじゃねえよと、アヒムが肘で小突くふりをしてみせる。

「オーナーが一回だけ受け取った誕生プレゼントって、お前が選んだんだろ?」

 あの一瞬。彼女がその視線を向けたのは、確かにカウンター内で洗い物をしている、彼の方だったのだから。

 きらきらと目を輝かせて見つめる二人に、しかしリュウはますます表情を不審げなものにしてゆく。

「あの人の、誕生日……?」

 いつでしたっけ、と。

 リュウは顎へ手をやって考え込む。その様子に、あたりが急速に静まり返った。

 もしかしてこれは、ものすごくまずいことを聞いたのではないか。

 滝のような汗をかき始めた二人を、ゴウマが調子に乗りすぎだとたしなめようとした。

 その時だった。


「ああ、そうか」


 何かを納得したように、リュウが呟きを漏らした。

 指を折って確認し、やはりそうだとうなずいている。


「私、です」


 そう口にした彼に、一同は内心でほっと胸をなでおろしていた。

 何かを勘違いしていたのか、それとも渡した時期が偶然合致した形になって、自覚をしていなかったのか。

 そんなふうに思い、安堵した皆へと、しかし続けられたのは。

 淡々とした、しかし複雑な何かを内に孕んだ声で。


「 ―― 贈られたのは、私」


 痛いほどの沈黙が落ちた店内に、その言葉は低く、静かに響いた。


「受け取らざるをえなかった、手に負えない迷惑なプレゼント。それは」





「『私』自身です」





 言葉を失った一同の脳裏に、いつかの声が蘇る。



 ―― 特にやっかいなのは、生き物だった。

 ―― 事前の同意すら得ぬまま一方的に生あるものを押しつけるなど、受け取らされる側も、贈られた生き物の方も、迷惑極まりないだろう。



 それは、めったに感情の色をうかがわせないシルバーが、

 珍しく不快さを(おもて)に表しながら、苦々しげに口にした言葉であった……



    〈 鵺の集う街で 第三話 終 〉

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