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鵺の集う街で  作者: 神崎真
鵺の集う街でII ―― The binding cover to crack-pot.
32/95

エピローグ

 緑豊かな美しい森林が、視界の及ぶ限りに広がっていた。

 降り注ぐ明るい陽の光を透かして、葉の一枚一枚が微妙に異なる色彩を宿し、重なりあっては複雑な濃淡を描き出している。さわりと風にそよげば、揺れる枝葉はさらに彩りを変化させ、見る者を飽きさせない。

 足元もまた、様々な種類の下生えで覆われている。よくよく目を凝らせば、小さな花があり、虫達がいる。

 そんな、吸い込んだ空気で肺の底から洗われるのではないかと、そう錯覚させられる森の、ただ中に。

 一箇所だけ、木々が自ら場所を譲ったかのような、(ひら)けた空間があった。

 その中央には、銀色のドラゴンが一頭、うずくまっている。

 とぐろを巻いた巨体がわずかに動くたび、鱗に木漏れ日が反射しきらめいていて。

 そして向かい合う正面には、派手な衣装をまとう道化師(ピエロ)が立っていた。


『 ―― 例の集積回路(チップ)は、無事こちらまで届いた。正確かつ迅速な手配に、感謝する』


 ドラゴンが、鋭い牙の並ぶ(あぎと)を開き、まずはそう口火を切る。


『ちゃんとキミの手に渡ったようで、ボクとしても安心したよ。キミならあれを活用して、もっともっと面白い何かを見せてくれるだろうからね』


 道化師は大仰にその両手を広げ、ニヤリと笑う。

 けして良好とは言えない各都市間の流通事情を思えば、これほどに早く、途中で破損や紛失することもなしに品物が届いたのは、驚嘆に値した。もちろん、未だ数が少なく入手困難な部品を、きちんと確保し出荷できた、その手腕も並外れている。癖の強いこの人物が、調達屋として業界内で重宝されているのも、そうして揺るぎない実績を上げ続けているからこそであった。


『この背景は、さっそく新しい回路を使ってみた試作品かい? 実に見事で、美しい! 流石は〈(しろがね)の塵〉だ!!』


 道化師は爪先立ちになり、まるで踊るかのように、その場でくるりと一回転する。

 高く掲げられた両手の指の間から、揺れる日差しがその顔に落ち、細かい陰影を刻んだ。


 そうして動きを止めると、長い首を持ち上げたドラゴンを、満面の笑みで見返す。


『それに、アバターにも手を入れたんだね。とてもささやかで細かい部分だけれど、見る者が見ればすぐに判るよ。全体の(ライン)がすっきりとして、動きもより自然でなめらかになってる。こちらのほうが、キミには似合っていると思うな』


 〈黄金の塵(ゴールド・アッシュ)〉が使用していた電子データを、色を変えただけでそのまま引き継いだ分身(アバター)は、確かにこれ以上なく良く出来ていて。全身から誰をも圧倒する、重厚な威厳を発散させていた。手ずから譲り渡されたそれを、違和感なく操作し、苦もなく自らのものとしてみせることで、〈銀の塵〉は確かにかの者の後継に相応しいだけの伎倆を持っていると、周囲に知らしめてみせた。

 けれど、

 〈銀の塵〉は、けして〈黄金の塵〉と同一の存在にはなれない。それは誰の目からも自明の(ことわり)であり、本人もそう自覚していたはずだ。

 そんなことは不可能だし、またそうなる必要もない。

 〈銀の塵〉は〈銀の塵〉として、別の方向から唯一絶対に昇りつめれば良いのだ。


 銀色に輝く細身のドラゴンは、どこまでも優美だった。

 身動(みじろ)ぎに合わせて鱗の一枚一枚がうねり、時に七彩の光芒すら放っている。長い尾の先端から、細い髭が風に揺れる、そのすみずみにまで繊細な意識が行き届いていて。

 あたりを払う、圧倒的な迫力で対峙する者の意志を呑み込んだ、〈黄金の塵〉とは似ていて非なる、その姿(アバター)

 ただただ、目が離せない。

 それこそが、まさに神々しいと表現するべき、『何か』なのかと。

 己が仰ぎ見るに相応しい絶対者を求めてやまない〈宮廷道化師(ジェスター)〉は、こみ上げる歓喜のまま、真っ赤に塗った口唇を吊り上げる。


 これほどまでに人型から ―― 本来の己の姿から ―― かけ離れたアバターを、なんの瑕疵も見つけられぬほど精巧に作り上げ、動かしてみせる。それにはどれほどの才能と、感性(センス)と、そして努力と意志の力が、必要とされるのか。

 完璧には程遠い凡愚の身では、とうてい想像すら及ばない。


 だから、


 心さえも奪われそうになりながら、道化師(ピエロ)はひたすらに己の役割を演じ続ける。


『お役に立てたようで、良かったよ。次の御用命も、是非是非ボクにいただきたいものだね。今後その瞳に映る権利は、誰にも譲りたくない』


 飾り付きの帽子を脱いで胸に当て、芝居めいた仕草で腰を折る。

 しばしの沈黙ののち、淡々とした抑揚のない口調が、問いを投げかけてきた。


『…………おかしい、か?』


 御下問を受けた道化師は、身体を起こすと即座に答えを返す。


『いやいや。とても荘厳で、素晴らしいと思うよ。それに、それこそが遊び心というものだろう?』


 顔全体を歪める、滑稽なウインクをしてみせる。


『そう、か』


 呟くドラゴンへと、もう一度深々と頭を下げて。

 そうして道化師は少しずつその姿を薄くし、緑の中へと溶け、消えていった。


 現実の世界へと戻るべく、銀色のドラゴンもまた、ゆっくりと目を閉ざしてゆく。

 下ろされるその目蓋さえもが、表面を細かい銀鱗で覆われていて。


 そして、


 これまでは、けして溶けることない永久凍土を思わせる、冷たい氷蒼色(アイスブルー)であった、その双眸は。

 さながら滾々(こんこん)と湧く泉のごとく、穏やかに澄んだ水の色をたたえており ――

 さらに片方だけが、透明感のある柔らかな琥珀色に、変更されていたのだった。



    〈 鵺の集う街で 第二話 終 〉

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