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鵺の集う街で  作者: 神崎真
鵺の集う街でII ―― The binding cover to crack-pot.
23/95

第四章 周囲の困惑

 車通りが少ないのをいいことに、道の半ばまでテーブルと椅子を並べたカフェテラスで、フランは楽しそうにメニューを広げていた。

「ここはですね、パスタがおすすめなんですよ。あとケーキ! リュウさん、甘いものはお好きですか?」

 斜め向かいに座ったリュウの視界にも入るよう、メニューを傾けながら、はしゃいだ声を上げている。

「あれば食べますが、さほどは」

 リュウはというと、メニューの内容の方に注意を取られているようだ。返答にあまり身が入っていないのが、端から見ているとよく判る。

「このバックウィートのヌードルというのは、ガレットに使う粉で作った麺を、スープに絡めて食べるということですか」

「そうですよ。ちょっと変わった風味と食感ですけど、ヘルシーでお肌とかにも良いって、女の子に人気なんです。さっぱりしてて、暑い季節にも食べやすいですし」

「なるほど」

 うなずきながら、真剣な表情でページをめくっている。どうやら今後の参考にするつもりで、料理を吟味しているようだ。そんな横顔を、フランはうっとりと眺めている。

 あまり食にこだわりのないジグは、手持ち無沙汰にその様子を眺めていた。テーブルには三人で座っているはずなのだが、フランはリュウのことしか見ていないし、リュウはリュウで思考がすっかり仕事モードに切り替わっている。

 やがて注文が決まったのか、リュウがメニューを閉じた。フランが何か言おうとするよりも早く、ジグが長い腕を伸ばして店員を呼ぶ。

「キャベツとベーコンのパスタにほうれん草のラザニア、それにチキンナゲットとフライドポテトの盛り合わせ、ロールパンを各二人前ずつ」

 この店はどう見ても女性向けで、上品なその盛り付けからしても、ジグには到底足りそうになかった。遠慮なく数を頼むと、周囲からの視線が心なしか冷たいものになる。が、もはや気にするのも馬鹿らしく、適当に受け流した。

蕎麦粉(バックウィート)冷製麺(ヌードル)と、レアチーズケーキをお願いします」

 リュウはとりあえず、なじみのない料理の味に集中することにしたようだ。

「私はマカロニとサーモンのクリーム煮で」

 フランは注文を終えるとすぐに、リュウの方を振り返る。

「チーズケーキは大丈夫なんですね」

 身を乗り出すように問うてくるフランへと、リュウはあっさり返す。

「甘さ控えめのものを、あの人が好んでおられるので。こちらのものはどうかと」

 テイクアウトもできるようですし、などとメニューの追記を指でなぞっている。

「……あの人って、あの、オーナーさんのことですよね。人間(ヒューマン)の……確か、サーラって」

 フランが『サーラ』と発音した瞬間、リュウの指先がぴくりと反応した。しかしそれも一瞬のことで、気付いたのは観察していたジグだけだったようだ。

「そうです」

「住み込みで、働いてらっしゃるって聞きましたけど」

「ええ」

 言葉短く肯定する。

「大変でしょう? 昼間はお店で、夜もずっとお仕事だなんて。そんなの……」

 心から同情すると、言葉を切って見つめてくるフランに、しかしリュウはかぶりを振ってみせた。

「とても、良くしていただいています。以前いた都市(まち)に比べれば、今の暮らしはあまりに楽すぎて、怖いぐらいですよ」

 目を伏せると、長い睫毛が頬に影を落とす。口元に浮かぶ笑みは、どこか苦い。

「もしもあの人に出会わなければ、私はとうに死んでいたでしょう。どれだけ尽くしても、この恩は返しきれません」

 リュウの言葉は、けして誇張されたそれではない。

 ジグが直接に見聞きしたものに限ってすら、シルバーは既に三度もリュウを救っているのだ。一度はビルを購入することで人知れずその日常を守り、そしてもう一度は今の知人達の記憶を失わぬよう、あえて一歩身を引きその暮らしを見守っていた。そして三度目は ―― 迫りくる刃から、文字通りその肉体を盾にした。

 そんな姿を目の当たりにしているからこそ、【Katze】に出入りする常連達は、彼女の存在を受け入れたのだ。

 シルバーは、けして一方的にリュウを支配し、搾取しようとしているのではない。

 むしろ、彼女の方こそが……と。


 しかし、それらの背景をまったく知らず、ごく一部を言葉で説明されただけのフランには、とうてい想像などできない事柄なのだろう。

 つややかな口唇をきゅっと噛みしめると、低い声で問いかける。

「……そんなに、あのオーナーさんが、大切なんですか」

「はい」

 リュウの返答には、一切の迷いがなかった。

 躊躇うことなく返された柔らかな笑顔に、フランはテーブルの上で拳を握りしめる。

 どうやら、これでけりが付きそうだ、と。

 ジグは内心でそう胸を撫で下ろしていた。ここまで言われてなおしつこくつきまとうのは、この女のプライドが許さないだろう。

 ようやく引導を渡してくれたかと、半ば呆れながらも、肩の荷が下りたような安堵を覚える。


「…………」


 しばしテーブルには、居心地の悪い沈黙が流れた。

 しかしジグはこの結果に満足していたし、リュウは最初からフランに対してルイーザの同僚という以上の関心を持っていない。

 もはや昼食を楽しむという雰囲気ではなくなっていたが、料理を無駄にするのははばかられたので、彼らは無言のままテーブルを囲み続けていた。

 やがて、注文を運んできた店員が、重い空気に恐れをなしたようにそそくさと皿を置いて去ってゆく。

 ジグはフォークを取り上げ、からりと揚がったポテトに突き刺した。リュウもまた、黒い粒が混じった灰色の麺を巻き取って、興味深げに観察している。

 フランだけが、料理に手を伸ばしていなかった。

 うつむいて黙りこくっていた彼女は、ややあってから、絞り出すように呟く。

「……リュウさんが、どれだけあの人のことを好きでも、向こうはどうだか、判らないじゃないですか」

 悔し紛れに近いだろうその言葉に、ジグは思わず息を吐く。

 まだ諦めないのかと、呆れた目でフランを見やる。

 が ―― リュウの反応は、予想外のものであった。

「……それは、どういう意味ですか」

 かちゃりと音を立てて、フォークを皿へ戻し、フランの方を見返す。

 その色違いの瞳にたたえられた光は、どこか突き刺すような鋭さを感じさせた。ある意味、彼は初めて『フラン』という個人を、まともに認識したのかもしれない。そう思わせるほどの強い意志が、そこには宿っていた。

「だから……っ」

 その視線に射抜かれながらも、フランはなおも言い募る。

「リュウさんは、あの人を好きなのかもしれませんけど ―― 」

「待ちなさい」

 冷徹な声が、繰り返そうとした言葉を断ち切った。

 その声がはらむ響きに、ジグは一瞬、肌に粟が生じるような感覚をおぼえる。

「まさか、貴女は……私とあの人が男女の関係にあるだなどと、そんなふうに考えているのですか」

 いっそ穏やかなまでに平坦なその口調は、どこまでも冷ややかに凍てついていた。

 記憶を失っていた頃も、取り戻してからも。この青年がこんな声で話すところを、ジグは一度として見たことがなかった。

「え……?」

 突然向けられたそれに、フランは驚いたように目を瞬いている。そんな彼女へと、リュウはきっぱり言い切った。

「くだらない邪推はやめて下さい。私はあの人に雇われた従業員であり……もったいなくも家族同様と称していただいてはいますが、あくまでそれだけの関係です。……恋情? 冗談にもほどがある」

 一口も食べていない料理を置き去りにして、リュウは椅子から立ち上がる。

「私はハウスキーパーです。たとえ同じ屋根の下で暮らしていても、あの人に(よこしま)な思いを抱いたことなど、一度もありません。それはあの人の方も同様です。憶測であらぬ疑いを軽々しく口にするのは、貴女の品性をも貶めることに繋がりますよ」

 札入れから紙幣を取り出し、皿の横へと置く。

「支払いはこれで。途中ですが、失礼させていただきます」

 一礼してそのまま立ち去ろうとするリュウを、フランはしばし呆然と眺めていた。

 が、背中を向けられたところではたと我に返ったようで、ガタガタと椅子を鳴らしながら腰を浮かす。

「ま、待って、リュウさん!」

「…………」

 どこか必死さを感じさせるその声を、さすがに無視はしかねたのか。足を止めて振り返った彼へと、フランは懸命に問いを投げる。

「あ、あの、じゃあ……リュウさんの『心に決めた人』って、いったい誰なんですか」

 その言葉に、リュウはいぶかしげに眉を寄せる。

「心に決めた人……?」

 確かめるように、口の中で繰り返す。

 ややあって、彼は首を横に振った。

「そんな相手など、どこにもいません」

 疑問を挟む余地もなく、きっぱりと断言する。そうしてリュウはジグに対して会釈すると、今度こそ後も見ずに人混みの間へと消えていった。

 残されたジグは、料理を口に運ぶことも忘れ、半ば呆然と今のやり取りを反芻(はんすう)していた。

 そしてその横では、再び生気を取り戻したフランが、頬をいきいきと上気させながら、その両目を輝かせていたのだが。

 受けたばかりの衝撃に心を奪われていたジグは、迂闊にもそのことに気付けずにいたのである ――



  §   §   §



「ちょっと、どういうことなの!?」

 翌日。定休日明けの朝一番で、ルイーザが【Katze】へと飛び込んできた。

 まだ正式な開店までには時間があり、リュウと女将は準備に余念がない。すでに店内の床は掃除を終えたようで、椅子はすべてセッティングされており、腕まくりしたアウレッタがテーブルをひとつひとつ拭いてまわっている。

 大通りと玄関ホールに面した窓ガラスを磨き終えたリュウは、下ごしらえを始めるべく、キッチンへと向かっているところだった。

 普通ならば『準備中』の札を見て客達も回れ右するところだが、気心の知れた一部の常連達は、勝手に入ってきては適当にくつろいだり、人手不足で行き届かないあちらこちらを自主的に手伝ってくれたりする。

 今も血相を変えて飛び込んできたルイーザの剣幕に、奥のトイレを掃除中だったアヒムが、驚いた顔をして上体をのぞかせていた。各テーブルにある調味料の残量をチェックしていたスイも、びくりと跳び上がるようにして振り返ってくる。

「おはようございます。こんな時間に、どうされたんですか」

 ロングエプロンの腰紐を結びながら、リュウだけが落ち着いた口調で問いかけてきた。

 いつもであれば、そんな物腰が相手の冷静さを取り戻させる方向に働くのだが。しかし今回はかえって刺激する結果になったらしい。

 ずかずかと大股でリュウへと歩み寄った彼女は、その胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで声を張り上げる。

「あんた、昨日あの()になに言ったのよ!?」

「……あの娘、とは」

 不思議そうに首を傾げるリュウに、ルイーザは床のタイルをヒールで蹴りつける。

「フランよ! あんた昨日、あの娘とお昼食べたんだって?」

 ルイーザの言葉に、他の三人が息を呑んで二人を見やる。

 リュウは嫌なことを思い出したといった風情で、わずかに顔をしかめた。

 その反応にやや安心したのか。毛を逆立てた猫 ―― もとい黒豹 ―― 状態だったルイーザは、ようやくその表情をいくぶん和らげる。

「食べる前に、私は席を立ってしまいましたので……気分を害されていましたか。お金は払いましたし、ジグさんもおられたので、お一人にはしなかったのですが」

「え……ジグもいっしょだったの?」

 意外そうに聞き返すルイーザに、リュウははっきりとうなずく。

「私とジグさんが話していたところへ、通りすがりに声をかけられまして。お昼なら良い店があるからと、案内して下さったんです」

「……三人だったなんて、あの娘、ひとっ言も……」

 ルイーザは、記憶をたどるように目を動かしながらつぶやく。

「それに、私はすぐに中座しましたから、昼食を共にしたとは言い難いかと」

「 ―― そう、なの」

 ルイーザの肩から、力が抜ける。

「あの、もしかしてなにか、八つ当たりでもされてしまいましたか」

 それでしたら、申し訳ありませんでした、と。

 謝罪するリュウに、ルイーザはかぶりを振ってみせる。

「……八つ当たりだったら、むしろ良かったんだけどね。改めて訊くけど、貴方いったい何を言ったの。夕べのあの娘ったら、もう浮かれまくっててどうしようもない状態だったのよ?」

 あれでは仕事も何もあったものではない。本当に手がつけられないと、他のホステス達も呆れた目で遠巻きにしていたのだ。

「何をと、言われましても」

 言葉を切ったリュウが、形の良い眉の間に皺を刻む。

「……すみません。あまりにも不愉快なやりとりだったので、繰り返すのは、ちょっと」

 深々と苦い息を吐く。

 そうしてぺこりと改めて頭を下げ、カウンター内へと入っていった。その後ろ姿には、久々に感じる見えない壁のようなものが張り巡らされていた。

 これ以上は触れてほしくないと、その背がありありと語っている。


「……いったい、なにがあったんッスかね」


 手を洗ってから出てきたアヒムが、こそこそと小声でささやきかけてくる。

「詳しく知りたいところだけど、当人に訊くのは無理そうね」

 ルイーザがやはり小さな声でそう返す。

 だが、同席者がいたというのは耳寄りな情報だ。ジグならば、いったいどのようなやり取りがあったのか、感情を交えない第三者の目線で語ってくれるだろう。

 とは言え……

「ここだと具合が悪そうだし、できれば今夜の仕事までに状況を把握しときたいわ。寝入りばなを起こすようで悪いけど、今からちょっとジグのとこ行ってみる」

 彼とルイーザは、共に六階の住人である。2LDKが三つ並ぶそのフロアは、1LDKで占められる四階以下よりある程度家賃も高めで、三部屋あるうちのもうひとつは現在空き部屋だ。共に夜間の仕事をしていて生活時間が合うこともあり、店や廊下で顔を合わせれば、気軽に言葉を交わす間柄でもあった。

 とは言え、こんな朝っぱらから部屋を訪ねるほど、気心が知れている訳でもないのだが。今はそんなことで気兼ねしている場合ではない。

「あ、じゃあ、オレも行きます」

 男の部屋で二人っきりってのも、アレでしょ、と。アヒムが立候補する。ルイーザは水商売の世界に身を置いているが、身持ちはむしろ固い方である。そのあたりを汲み取ってこういう気をまわせるあたり、このちょっと抜けたところのある若者が、周囲から苦笑いされながらも可愛がられている理由のひとつなのだろう。

 まあ、今回に関しては、好奇心も多分に混じっているのだろうが。

「あ、あの。アタシも、行っていいかな」

 おずおずとだが、スイも口を挟んでくる。

「そうね……」

 あまり大人数で押しかけるのは迷惑だろうが、ルイーザとしてもこの件については、できるだけ常連や住人達といった『味方』になってくれるだろう面々と情報を共有しておきたい。

 ちらりとアウレッタの方に視線を向けると、小さくうなずきが返された。開店準備の手伝いは良いから、全員で行ってこいと目で促している。

 三人は視線を見交わすと、黙々と立ち働いているリュウに気付かれぬよう、静かに店を後にした。



「……その、こんなふうに言っちゃあ、いけないのかもしれないけど」

 エレベーターが下りてくるのを待つ間、スイが爪先に視線を落としながら、口を開いた。

「アタシ、あのフランって女性(ひと)、ちょっと苦手だな」

 別に、人間(ヒューマン)を嫌っていることに関して、どうこう言うつもりはない。スイの友人知人のほとんどが大なり小なり人間に対して否定的な感情を抱いているし、スイ自身も正直できるだけ関わりを持ちたくないと思っている。フランがシルバーについてよく知らないのは当然のことなのだから、彼女が何かとシルバーに対して批判的なのも、それはごく自然なことだろうと理解できる。

 けれど ――

「あの人が本気でリュウと付き合いたいって思ってるなら、シルバーさんとだって、嫌でも関わることになるんだよね。っていうより、もしシルバーさんから無理矢理リュウを取っちゃったりしたら、リュウは住むところも、働くところも失くなっちゃうって、判ってるのかな」

 廊下に敷かれた絨毯を蹴りながら、そんなふうに分析する。

 現在リュウがペントハウスの一室に住めているのも、ハウスキーパーとして給料がもらえているのも、ひとえにシルバーが雇い主であるからだ。さらに言うなら、もう一つの職場である【Katze】の家主すらもが、彼女なのである。

 もしもリュウがフランを選択した場合、シルバーとの間にはどうしても確執が生じるだろう。少なくとも、リュウはこれまで通り住み込みのハウスキーパーなどできなくなるだろうし、もちろん【Katze】で働き続けるのも難しいはずだ。仮にシルバーがはっきり出て行けと言わなかったとしても、リュウの方が顔を合わせづらいだろう。何より世間体とか外聞といったものがある。

 確かに、失っていた記憶を取り戻し、市民証のパスワードを思い出した今ならば、それなりに再就職の道はある。引越し先だって、見つけられなくはない。

 それでも、リュウが今と同じ水準の生活を続けるのは、どう考えても不可能だった。

 果たして彼が、どれほどの給料をシルバーから受け取っているのか。そこまでは知らない。それでもスイとて女だ。リュウが身に着けているものの質が良いことぐらい、ひと目で察せられる。あれらの衣服や ―― あるいはあっという間に髪や肌の色艶を取り戻させた、身のまわりを手入れする品などは、きっとスイがバイク便で稼ぐ収入程度では、逆立ちしたって手が出せない高級品なのだろう。そんなものを当たり前のように日常使いできる生活を、リュウは送っているのだ。そしてだからこそ、あの女性(フラン)はリュウへと目を止めたに違いない。

 ああ、なんて素敵な格好をした男性(ひと)だろう、と。

 それは、彼の背後にシルバーが存在しているからこそ、成り立つ姿だというのに。

 果たしてそれらを失い ―― たとえば以前のような、よれよれの古着に洗いざらしのぱさついた髪をして、物置のような部屋に住むリュウを、それでもあの女性は好きだと言って、笑って受け入れることができるのだろうか。


「あー……そのへん、絶対判ってなさそうだよなあ」


 ようやく開いた扉を押さえながら、アヒムが苦笑する。

 フランがリュウを見る目は、例えて言うならお伽話(とぎばなし)の王子様を鑑賞するそれだ。うっかりすると、トイレにも行かないとか思っているのではと、まんざら冗談でなしに危惧してしまうほどである。

「笑い事じゃないわ。あの()ったら、本気でリュウを口説き落とすつもりになってるんだから。夕べだって、『リュウさんに好きな人がいるなんて、なんでそんな嘘ついたんですか。酷いです!』って大騒ぎだったのよ!?」

 ケージに乗り込んだルイーザが、苛立たしげに6Fのボタンを連打する。

 ルイーザの言葉に、アヒムとスイがそろって目を丸くする。

「え、なんですかそれ!」

「ウソって、誰がそんなウソ……じゃなくて、えっと、だから……」

 混乱する二人を、ルイーザが翠緑に底光りする目で振り返った。

「それを今から、確かめに行こうって言うんじゃない」

 獲物を狙う、獰猛な肉食獣の笑みを向けられて。

 三毛猫の青年とカワセミの少女は、そろって震え上がったのである。

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