第1話
次は女主人公でのお話です。
社交界のパーティー。本日の催しは、ミーティシア侯爵家にて行われていた。
華やかな音楽の中で綺麗な装いの男女が華麗にダンスを踊っている。そんなキラキラした場所で、ユーリ・ファンシアム伯爵令嬢は一人壁の花となって佇んでいた。
今日が社交界デビューとなるユーリは、こういった華やかな場は慣れておらず、人と話すことも得意ではない。初めての社交界。綺麗な女性や見目麗しい男性が踊る姿がとても絵になっており、ユーリは目を奪われていた。それだけで、十分とでもいうように。
同じ年頃の少女らは、積極的にパーティーの中へと入っており、とても楽しそうに異性と話をしている。中にはユーリと同じく、今日がデビューの少女もいた。彼女は、意中の人がいるのか雰囲気に呑まれることなく話しかけている。
「……すごいなぁ」
ユーリの呟きは、音楽に消されて誰にも届くことはない。今のユーリに出来ることは、パーティーの観察くらいだ。そんな中、ユーリはふと一人の男性に気がついた。女性らに囲まれていて、微笑みを返しながら話をしている。回りの女性たちも綺麗だと思うが、ユーリはどちらかと言えば彼の方が綺麗だと思った。
男性なので背は高いが、どこか繊細な印象を与える容姿なのだ。それは、水色という髪の色にもよるものかもしれない。どこか儚げに見えてしまう。こんなことを抱いては失礼なのだろうが、思わずユーリは自分と比べてしまう。
ユーリは、茶色の髪に碧色の瞳という貴族にはありがちな色を持っていた。腰近くまで伸びている髪は結わえている。似たような髪型の女性は多く、決して目立つ方ではない。彼と比べること自体が間違っているようにも思う。
ショックを受けつつも、別の集団の方へ視線を向けるとまるで物語の王子様のような男性もいる。金髪碧眼で、彼もまた多くの女性に囲まれていた。どうやら、見目麗しい男性というのは女性に囲まれるものらしい。男性が一人の女性を囲んでいるという場面もあった。要するに、パーティーの場は結婚相手を探すことを主としているようだ。ユーリには無理そうだなと、彼らを眺めながらため息を付くのだった。
翌日、ユーリは実家から学院へと向かっていた。
グラシア帝国の帝都にある国立学院。そこがユーリの通うグラシア学院だ。国名を冠する学院は、貴族子女のための学舎であり特例を除いて貴族位でない者は通うことを許されない閉鎖的な場所だ。帝都に屋敷がない貴族のために、全寮制を取っており、期間は四年間。入学時期は、13才からであり紳士淑女の学舎として、教養以外にダンスや、護身術を学ぶ。
ユーリはそこの2年生である。昨日は、社交界デビューということで屋敷に戻っていたため、寮からではなく屋敷からの登校となったのだ。
貴族子女は、大体が15才前後で社交界デビューとなるのがしきたりである。ユーリも先月15才となったので、倣うようにデビュータントとしてパーティーに参加した。結果としては、ただ疲れて帰って来ただけなのだが、参加したということだけで最低限の責務は果たしたと言える。
昨日のことを思い出しながら歩いていると、ユーリは自分のクラスへと到着していた。そのまま座席に座ると、目の前に座っていた少女が振り返る。
「おはようございます、ユーリ。昨日のパーティーは、どうでしたの?」
「ナターシャ様、おはようございます」
前に座っていたのは、ナターシャ・ラト・マルセイユ侯爵令嬢。流れるような金髪に灰青色の瞳。整った顔立ちの美少女だが、つり目がちで周囲からはプライドの高いきつめな令嬢と見なされていた。更には、皇太子の婚約者でもあった。少しでも仲良くなろうと取り入る生徒も多く、入学当初は多くの人たちに囲まれていた彼女だが、キッパリとした性格に容赦ない物言いから邪な考えで近づいてきた人は、一人また一人と減っていったのだ。そのこと自体は、想定通りだったようで一人になっても変わらぬナターシャにユーリは憧れるようになった。人と話すことが得意ではないユーリから話しかけることなどできず、ただ眺めていた時にナターシャから声をかけてきたのが関係の始まりだ。ユーリも最初は話すことにとても緊張していたが、今では良き友人の一人としていい関係を築けていると思っている。
一足先に社交界デビューを果たしていたナターシャは、ユーリから話を聞くのを待っていたようで、その眼は輝いているように見えた。
「パーティーはとても緊張しました。私は壁に立っていただけで終わってしまいましたが」
昨日の衣装についてやその場の雰囲気。提供されたお菓子や飲み物など、当たり障りない程度にパーティーの話をする。ナターシャは話の腰を折ることもなく、ユーリの言葉に耳を傾けてくれていた。最後まで聞くと、ナターシャはふわりと笑う。
「全くもう……貴女らしいわ。けれど、これからは度々参加しなければならないのではないの?」
「はい、そうなのですけれど」
ユーリには婚約者がいない。伯爵家の長女ではあるが、兄がいるので跡継ぎというわけでもなく、ユーリの性格もあって父である伯爵は見合いなどを今まで薦めて来なかった。しかし、社交界デビューをしてからは事情が異なってくるだろう。貴族位を持つ令嬢は、18才を過ぎると嫁遅れと世間は見る。それまでに、結婚相手を探さなければならなかった。曲がりなりにも伯爵家の者であるので、ユーリもそれまでに結婚相手を定める必要があるのだ。
「父からは、まだ早いと言われていますが母は焦らないと駄目だと仰って」
「ユーリのお父様は、ユーリが可愛くて仕方ないのね。分かるわ。貴女は可愛らしいもの」
微笑むナターシャに、何も言えずに真っ赤になってしまうユーリ。美少女の微笑みの破壊力は凄まじいのだ。同性であっても、照れてしまう。ナターシャの言葉を否定したくとも、言葉にならない。こうしたやり取りはいつものことで、真っ赤になって照れることをわかっていてナターシャはやっていた。確信犯だとユーリもわかっている。しかし、ナターシャの笑みには勝てることなど出来ず、毎回真っ赤になるのだった。
ユーリの日々は、これが日常だった。それに変化が訪れたのは、グラシア学院とグラシア騎士学校の交流会の日だった。
グラシア騎士学校とは、その名の通り学院と同じく国名を冠する騎士学校だ。学院と違うのは、入学者を貴族に固定していないことだ。平民であろうと貴族であろうと、男女さえ関係なく入学することが可能だ。条件は、13才以上であり一定の実力を要していること。そして、身分の保証ができること。平民であっても、両親の了解が得られれば入学は可能で、孤児であっても保護者として孤児院のシスター若しくは神父の保証を得ることで入学することができる。学院に比べると、その門戸は広い。故に、学院以上の貴族主義が蔓延っているというのが、騎士学校の実態だ。更にいえば、騎士学校の貴族子女は学院の貴族子女をぬるま湯に浸かっているとして、見下している部分がある。従って、二年毎に行われる交流会は、和気あいあいとした雰囲気はなく、殺伐とした空気の中で行われる。
正に、その光景がユーリの目の前にあった。
「相変わらず締まりのない顔をしているな、フォ―グ・オイゲン」
「余裕がない脳筋と違って、我々はおおらかなだけさ、ルナフィード・ラト・マルセイユ」
学院の最上級生で学院の取りまとめ役でもあるフォーグ・オイゲン公爵令息と、騎士学校首席のルナフィード・ラト・マルセイユ侯爵令息の二人が対峙しているのだ。ルナフィードはナターシャの兄であり、その外見の特徴は同じだ。つり目がちなのも、兄と妹で同じだった。一方で、フォーグは黒髪黒目という帝国では珍しい類に入る容姿を持っている。黒髪に眼鏡がとても良く似合っていて、理知的な印象を与える。その目は何もかも見透かされているようで、ユーリは挨拶などで壇上にあがるフォーグを見るたびに、苦手だと感じていた。
そんな貴族としても有名な二人が対峙していて、止められる訳がない。チラリとナターシャを見れば、その表情には呆れているというのがありありと現れていた。
「あの……ナターシャ様、お止めにならなくて宜しいのですか?」
「お兄様とフォーグ様は幼馴染なのよ。むかしから折り合いが悪くて、顔を合わせる度に喧嘩腰になっているの。私にも止められないわ」
「そんな……」
妹であるナターシャでも止められないのなら、打つ手はないのではとユーリは項垂れてしまう。この雰囲気から逃れたいの思っているのはユーリだけではなく、少しずつ彼らから距離を取り始めていた。ユーリも巻き込まれないようにと、下がろうとした時だった。
「止めろ、二人とも見苦しい」
低い声が響いたのだ。
ユーリが声の主を確認すると、ルナフィードと同じ騎士服に身を包んだ青年が立っていた。金髪に赤紫色の瞳。貴族であるならば、誰でも知っているその姿は、帝国の皇太子殿下だ。ユーリは、思わず息を飲む。騎士学校に通っていたことは聞き及んでいたが、まさか姿を見ることが出来るとは思ってもいなかった。そして、更に後方にいるその人の姿に目を見開く。あの特徴的な水色の髪は間違いない。パーティーで人目を引いていた青年だった。
「あの人……」
「ユーリ?」
パーティーの時とは違い、一切の表情を無くしたような彼の顔を、ユーリはじっと見つめていた。




