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ひらり、はらり。  作者: 久遠寺蒼
1/8

序章:月の、静かな夜だった

 握りしめていた手を開くと、紅い花びらが潮風にさらわれて、一枚、一枚と翻りながら、細い道を作るように散っていった。

 月の静かな夜だった。

 暗い星空に共鳴するように、ひらりと来ては還ってゆくさざ波が、穏やかな調べを奏でている。

 砂浜で横になりながら目をつぶると、時間が経つのを忘れてしまいそうになる。

 私はまぶたの向こうの星々を数えようと指を折った。

 一、二、三、四、五。

 目を開けて花びらの向こうを見つめると、白いうさぎが、鼻をひくひくさせながらひっそりと座っていた。

 私の手から零れおちた花びらをはんでいる。

 その朱い目に、紅い花弁がよく似合っている。

 私は空に視線を戻し、星を数えなおそうとして、やめた。





 月の静かな夜だった。

 人の影も無ければ、人の暮らしている痕跡もない。

 車の音もしない。

 動物の声もしない。

 風の声も届かない。

 そういえば、かぶっていたはずの麦わら帽子は、いつの間にか飛ばされてどこかへいってしまった。

 もしかすると、この波に乗って漂っているかもしれない。

 遥か向こうまで続いているはずのこの海は、黒いうねりのようで、私には彼の姿が確認できなかった。

 生き物は、海から来て、海に還るという話を、大学の図書館で読んだことがあったような気がする。

 無機物だって、きっとそうなんじゃないかと私は思う。

 麦わら帽子の神様が、きっとあの子を海に還してくれたんだ。

 よかったね。

 私は心の中で呟くと、そっと体を起こした。

 海は果てしなく広い。

 私の知らないところまで、私の届かないところまで、広がっている、はず。

 私も行きたい。

 どこか遠いところへ。

 誰も知らないところへ。

 もう帰れない場所まで。




 月の静かな夜だった。

 私はそっと立ち上がる。

 スカートから何枚かの紅い花びらがちらちらと舞った。

 私はその一枚を拾い上げて、その胸に抱いた。

 花びらが私の手に濡れて、ざらりとした。

 顔を上げる。

 白いうさぎも、いつの間にか顔を上げて、海の向こうを見ていた。

 私と白いうさぎだけの世界。

 私はしばらくほうっとうさぎのことを見つめた後、うさぎと一緒に、海の向こうを見つめることにした。


 月の、静かな夜だった。



挿絵(By みてみん)

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