006:とにかく今夜また会おう
俺はノートパソコンのキーボードをカタカタと打ち込んで探索方針と現状認識、及び問題点を簡単にまとめてみた。
探索方針としてまずはダンジョンの最東端を目指す。
迷宮構造の掌握が第一目標だ。俺の推測が正しければネコモドキを中心とした敵編成を相手にすることになる、はずである。次回は経験値を稼ぐよりも情報集めを主体とする。なので無理はしない。セーフルームに戻れる時間になったらすぐに退却する予定だ。
問題点その一となる新種のイヌモドキについて。
あの大型、いやカレンのステータスによると中型イヌモドキについてまとめよう。突如現れたイヌモドキの中ボス的存在。出現条件は何か? 時間経過、探索領域の拡大、モドキ討伐数の増加。それとも今まで出会わなかったのはただの偶然で、他のモドキと同じく常在していたのかもしれない。
イヌモドキの中型がいるということはネコモドキやネズミモドキの中型もいると仮定しておくべきだろう。そのへんはしっかりと頭の片隅に置いておかなくてはならない。
難点はその体躯の大きさだ。
大きな口、牙、爪、前足、後ろ足、尻尾。……尻尾はまあいいか。ノーマルのイヌモドキとは迫力が違う。それに加えて仲間を呼ぶというあの行動。ほんとうにやめてほしい。しかも単独でいるうちは攻撃を仕掛けてこない待ちの姿勢。俺が逃走したら付かず離れずの位置で追跡してくるストーキング仕様。
「……戦いづれえよ」
一応、戦闘方針は考えてある。
単独行動をしていた場合は見つけたら速攻で戦いを仕掛ける。仲間を呼ばれる前に倒す。距離を置かれてもひたすらに詰める。中型イヌモドキには無理矢理にでも戦ってもらう。そして、どうにかして倒す。この辺はステータスと戦い方に相談が必要だ。
仲間を引き連れている場合は逃げる。こちらの姿が見つかっていない場合はそそくさと、見つかっている場合は全力疾走だ。もしくは有効な1対多の戦法を編み出すか調べるしかない。
東方面を探索するにあたっての注意事項はもう一つ。
俺の推測ではもう一種類のモドキがいる。まあ、こいつに関しては実際に出会ってから考えればいいのかもしれない。だが、モドキに限らず未知の敵が現れた場合に備えてしっかりと方針を立てておくことは重要だ。
迷宮探索は初手情報収集が基本になりそうである。
実際に魔物の相手をして行動パターンを観察しつつ、全力で戦ってみるしかない。まずは無理やりにでも1対1にする必要はあるだろう。複数匹の行動パターンを把握するのはそれからだ。もしかしたら中型モドキもそうだが戦ってみたら思っていたよりも弱かったー、なんてこともあるかもしれない。まあこれは流石に希望的観測か。
1対多数の戦いはこれからも当然のように続く。
そして連戦と疲労、負傷による肉体への負担という課題もある。どうにかして効率的かつ有効的な立ち回りを覚えたい。堅実に経験値を稼いでステータスによるゴリ押しも戦略の一つではあるが、やはり戦術的な要素でも勝ちにいきたいのが俺の本音でもあり意地だ。
ついでに言えば、このビギナーダンジョンをステータスによるゴリ押しで踏破できても、恐らく次のダンジョンには太刀打ちできない。そんな予感がひしひしとあった。まあ、そうなったらそうなったでその時に頑張ればいいだけの話ではあるのだけれど。
ひとまずはネットで情報を収集してみるか。
1対多の戦い方とか。そういえばここってネットに繋がるのか? 俺は右下の表示を確認した。当然ながらここにWi-Fiの電波は届いていなかった。
「カレン、ここでネットに繋がるようにできるか?」
俺の背後でパソコンの画面を面白そうに眺めているカレンに尋ねてみた。今は実体化していないようで匂いや質量は伴っていない。頭を後ろに傾げるとスカッとカレンの胸のあたりを透過する。
これはこれで凄い。中身は見れなかった。3Dゲームのキャラかよ。
「ネット? ああ、電子的情報通信網のことだね。ちょっとまってて……んー、これかな。こっちとこれを繋げてー」
カレンの姿が消えて心地よい声だけが俺の耳に届く。しばらく待っていると電波マークが立った。カチカチっとマウスを操作してブラウザを開くと。
「おおー、凄い。繋がったよ、カレン」
「ふっふー、ボクにかかればちょちょいのちょいだよっ」
いつの間にか俺の隣に控えめな胸を張ったカレンがいた。「よいしょっ」と俺の隣に座って一緒にパソコンの画面を覗き込んだ。実体化していないのが本当に残念だが、それはビギナーを卒業してからのお楽しみにしておこう。
「ヒトって面白い物を創るよね。ボク、すっごく感心しちゃったよ」
カレンは青い瞳をキラキラとさせながら画面に映った文章や画像を見ていた。マウスを握る俺の手にカレンの手がそっと重なり、そして透けた。もしかしたら自分でも操作したいのかもしれない。
「ミラクルベッドを気軽に設置できるカレンでもそういう感想がでるんだな」
カレンの視線を追いつつ興味がありそうなところにカーソルを動かした。
「ボクは新しく何かを創り出すことよりも既にあるモノを取り込んで利用することの方が得意だからね。ボク自身がなんでもかんでもできたり創れたりするわけじゃないからさ。だからこそヒトの発想力や知識的貪欲さ、創造力には称賛を贈らざるをえないね」
超常的な存在にヒトの凄さを語られた。自分が褒められているわけでもないのに凄く誇らしくなった。カレンの横顔に見惚れていると、ふんわりと微笑まれた。
「だから、ボクはシズクが大好きなんだっ」
「いや、その『だから』はどう考えても変だが……まぁ、いいか」
とりあえず作業を再開しよう。ネット巡回を開始してから数十分後。
「うしっ、ステータスのゴリ押しで決まりだな!」
「あ、結局その結論に至っちゃうんだねっ。知ってたけど」
1対多において有効な戦術などない。強さが全て。時間差を利用しろ。そして、どうにかして1対1に持っていけというアドバイスが多すぎ問題だった。
地形や罠を上手く利用しろというのもあったが……。
「これに関してはもっと迷宮の構造を知ってマッピングを重ねるしかないか」
例えば循環通路などが見つかれば利用できるかもしれない。足の速さとスタミナの問題となるが、逃げながら戦うのも一つの戦法となるだろう。
でもこれだと疲労の問題が顕著になりそうだな。うーん、疲労に関してはもう体力をつけろという選択しか残っていないような気もする。生命力を中心に上げるという考えもありだ。
疲労を回復してくれるミラクルな食べ物が迷宮に落ちてるとかそんな美味しい話はないのだろうか。
「そこんところはどうなんだ?」
「自分で探索してくださーいっ。迷宮に何が落ちているか、何を落とすのかを調べて把握するのも探索者のお仕事だよ?」
「……だよなー」
今のところ、把握しているのはセーフルームの前に落ちている相棒一つだけ。それ以外の落とし物は未だに見つけたことがない。もう一つ、いやもう二つほど何かがほしい。それこそ短棒でもいいから。探索範囲を広げることで有効的な何かが見つかる。それを期待しておくとしよう。
さて、ステ振りの時間だ。
* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *
名前:中ノ森シズク 性別:男 年齢:20(数え歳)
パラメータ(アスリート:10 達人:15 超人:20)
現在値 消費経験値
生命力= 7 → 9 20×2
耐久力= 5 → 7 20×2
筋 力= 6 → 7 20
器用さ= 6 → 7 20
敏捷性= 7 7
知 力= 7 7
精神力= 11 11
スキル:<耐える(精神)>
探索回数:22 死亡回数:16 獲得経験値:1
//閲覧不能領域
//ヤンデレダンジョン依存度:050
//ヤンデレ好感度:050
* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *
121=20×6+1
=20×2+20×2+20+20+1
=40+40+20+20+1
「自分で言うのもなんだが、やはりこうなってしまったか」
「でも、現状に必要なパラメータになってて良いんじゃないかな?」
というわけで例のごとくステ振りの際の思考をまとめよう。耐久力をまず2つ上げた。理由は言わずもがな、で済ませるわけには流石にいかないか。もちろん一つだけ凹んでいる数値がいやだったからだ。アスリート圏内(6~10)なので数値を一つ上げるのに必要な経験値消費は20だ。よって20×2で40消費する。
次に筋力と器用さに1ずつ振って20+20で40消費した。これで精神力以外が均一となった。素晴らしい、これで俺の心の平穏は盤石なものとなった。残りの獲得経験値は41、さてこれをどうするかで悩んだのだが。
「いまのシズクに一番必要な数値に振り分けたってわけだね」
「そうだな。疲労問題の大本命である体力、つまり生命力の底上げを俺は選んだ」
「だったら、均等にしないで10にすれば良かったのにね」
「カレン、お前わかっててそういうこと言っちゃうの?」
「ふふっ、ごめんなさいっ。ヒトそれぞれに好みがあって面白いよね」
俺の死活問題なので面白がっている場合ではないが。まあ俺の好みを優先したことには間違いないか。カレンが言ったとおり、俺は現状一番必要だと思った生命力に2つ、経験値を20×2で40消費した。
結果は以上のとおりだ。120ポイントもあったので特化することも当然できた。しかし、それを選ばなかったのはもはや俺の性分であるとしか言いようがない。あとはこのステータスを元にしてまた迷宮に挑むだけだ。
「よしっ」
「よしっ、だねっ」
ミラクルベッドで一休みしてから、俺はアパートへ帰宅することに決めた。今日も一限目から五限目まで講義の予定が全て入っている。サボる選択肢など俺にはなかった。予習もしなくてはいけないし、バイトの予定も確かめておかないとな。バイト中に強制転移は流石に困る。
「また、来てくれるよね?」
「いいと……コホン、来るに決まってるだろ。というか忘れてたら強制転移しといてくれ。バイトのシフトも入ってるし、ちょっと忙しくなるから疲れて寝てるかもしれない」
「……はーい」
基本的に俺がカレンに頼めば転移の魔法か何かでセーフルームへひとっ飛びさせてもらえる。向こうに戻ってもカレンとは念話のようなものでワイワイとお喋りもできる。だからそんなに寂しくはないんじゃないかと思っていたけれど、このしょんぼり具合いをみるにそうでもないらしい。
「講義のまとめノートを頑張って清書したら夜中にまた来るからさ。そんなに落ち込むなよ」
少しだけ帰りづらくなってしまった。
「ふふっ、ありがとっ。ここの方がシズクのことハッキリと感じられるから寂しくなっちゃって」
「俺だってせっかくステータスを上げたわけだから? 正直今からでもダンジョンに挑みたい気持ちはなくもないけどさ……うぅぐぅ……と、とにかく今夜また会おう」
「うんっ、わかった! ボク、待ってるから。またね、シズク!」
カレンに笑顔が戻ったことを確認してから。
「またな、カレン」
再開の言葉をカレンに贈った。
こうして探索者はヤンデレダンジョンに飲み込まれていくのである。
//ヤンデレダンジョン依存度066
//ヤンデレ好感度060