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005:気持ちを切り替えていこう


 俺はいまだにセーフルームの床とキスをかわしていた。


「ほらっ、シズク。地べたじゃなくてベッドに横になって休まないとだめだよ? 傷と疲労を早く癒やさないとね。……あ、でも、この状況も中々悪くないかもっ。ふふっ、ボクが優しく看病してあげたり? なんてねっ」


 ほらシズク、早くベッドで休みなさい、というお母さんのようなカレンのありがたい助言は百も承知なのだが、俺は疲労困憊で本当に1ミリも動けないでいた。


 最後の全力疾走と突進・相棒突きは予想以上に肉体を酷使したらしく、俺の足と太もも、腕の筋がボロ雑巾のようにずたずたにされた感があった。これは重度の肉離れかもしれない。


 全身が痛みを訴えてぷるぷると震えている。


 <耐える(精神)>の恩恵をまったく感じられないのはこれが軽傷ではないという証拠なのだろうか。もしかしてこのスキル役立たずなん? いやいや、これのおかげで走ることができたのは確かだと思う。しかし、このスキルのせいでいま俺が物凄く痛い目にあってるのも事実だ。


 精神的に痛みを耐えて行動できても、肉体にかかる負荷は軽減されないし蓄積される。その結果がいま俺を襲う全身疲労と肉体の内部破壊に繋がったのだろう。つったような痛みがふくらはぎや太もも、全身に走りまわってもう涙しか出てこない。


 ガチ泣きだ。


 精神力がいくら高くたって涙がでちゃう。だって俺、男の……いや、流石にこのネタは古いか。真っ白な部屋の中央でバっタリと倒れ伏して涙を浮かべる大学生とそれを微笑ましく見守る可憐な少女。


 客観的にみたらとてもシュールな光景だった。


「うぅー……かれんー、うごかしてくれー」


 俺は駄々をこねるように身じろいだ。そして何とか顔だけでもカレンの方へ向けることに成功した。


「えーっ、どうしよっかな~」


 楽しそうにこちらを見下ろしているカレンに俺は真面目な声色で嘆願する。こうローアングルな視点を活かしてカレンの太ももと黒ニーソ足を舐めるように眺めたいとかそんなことを考える余力すらマジでなくて、ただひたすらに痛みが辛かった。


 外的損傷とはまた一味違う身体の内側から発生する痛みによって本当に身動き一つ取れない。


「悪い、ガチで頼みたいんだけど。マジで動けなくてつらいんよ」


 恥も外聞もないとはこのことだ。でも真面目な話、これっぽっちも動けないんだから仕方がない。


「……もうっ、しょうがないなー。……うーん、でもまだ全然クリアしてないけどなぁ。……ま、いっか。シズク、今日は頑張ったもんね」


 やれやれー仕方ないなぁーと言わんばかりの口調だったが、カレンは機嫌よくステップ混じりに近づいて「よいしょ」と俺の頭の側にしゃがみこんだ。


 その際、ふわっとした良い香りが俺の鼻腔をくすぐった。これが香水とか化粧品の香りでなければカレンの体臭もといフェロモンという結論になるわけだが、こんなに心地よい匂いを放つ存在がこの世にいても良いのだろうか。


 俺が許す。いつまでも嗅いでいたい匂いだった。


「あ、お触りはまだダメだからね?」

「ふぁーい、まあ、触りたくても動けないっ……むぐっ、いだだだっ」


 カレンは優しく俺の頭を抱き上げた。人を運ぶことに慣れていないのか、どこかぎこちない。俺の頭と背中に手を回して引き摺るようにして運ぶカレン。なぜ頭を掴むのか。どういう運び方だよ。


 そんな疑問は一瞬で氷解した。


 いま、俺の顔はその控えめな胸にむぎゅっと包み込まれている。頭を引っ張られる形で引きずられているので首から下の肉体が「やめろぉー」と悲鳴を上げているが、それ以上の幸せが俺を襲っている。


 まさにヘブン状態だ。柔らかくていい匂いで優しくて温かい。耳をすませばカレンの心音が聞こえてきそうだ。


 これはもう全力でぐりぐりするしかあるまい。


「ひゃぁっ、もうっ、くすぐったいよ。あんまり暴れちゃだめっ」


 カレンの腕が両方とも俺の頭に回されてぎゅっとしっかり固定されてしまう。ずっとこのままでいたい。このまどろみの中でずっと生きていたい。しかし、そんな幸せはすぐに終わりを告げる。あっという間にベッドまで辿り着いてしまった。


「そいっ」


 カレンに頭を掴まれベッドへと放り投げられた。首がヤバい。


 「さて、一眠りして疲れを癒やすかぁ」と思う間もなく、一瞬にして俺の肉体と精神、その他もろもろの全てが癒やされてしまった。キュインっとゲームにありがちな回復効果音付きである。


 同時に小動物モドキによってズタボロにされたスポーツウェアとスポーツシューズも修復された。血糊もまったくついていない。新品同様だ。


 カレン曰く、このくらいわけもないとのことだ。いちいちスポーツ用品店で似たようなものを買いに行かなくてすんで家計的にも時間的にもほんと大助かりである。


 この程度の超常現象などもう見慣れてしまい、驚きにも値しなかった。


「んあっー、すっきりした。完全回復だ! ふぐー、ほんと最高な気分だ。生きて帰れたし。おっぱいも堪能できたし。痛みも疲れも眠気も全ててふっとんだぞ。いやはや、このベッドは最高だな! カレン、これ俺の部屋にも設置してくれないか?」


 肉体的な苦痛と疲労から解放され、体力と精神状態が一瞬にして元に戻ったせいか、迷宮から無事に帰還できたことも相まって俺の気分はかなり高揚していた。


 いや、大半はカレンがくれたご褒美のおかげかもしれない。


「んー、そうだねぇ、シズクが自分の経験値を消費するんならあげてもいいかなぁ」


 俺は一瞬、自分の耳を疑った。


「は? なんだそれ、経験値って仮想通貨か何かか? やだなぁ、自分の努力の成果で物品を買うってのは……いや、待てよ。それって逆に正当なんじゃないか? もしかして経験値ってただの給料か?」


 経験値とは即ち労働の対価。完全歩合制みたいなものなのかもしれない。


「ちなみにお値段はどれくらいだ?」

「うーん、そうだなぁー……魔法的効果を色々と付与してあるし、ざっとシズクの経験値5万点くらいかなぁ」

「……たっか! 確か約2週間で272の経験値を稼いだわけだから。40倍で1万、さらに5倍するから200倍か。つまり14☓200で2800日……約8年分か」


 ついでに今更ながら魔法力を1上げる経験値を稼ぐのに1年と半年もかかることに気づいた。それともこれは逆に考えるべきだろうか。魔法とか魔力とかに今まで縁のなかった男が1年と半年で魔法が使えるようになる。


 そう考えれば意外と凄い気がする。


「ちょっとちょっと、シズクってば何か勘違いしてない? それともシズクはビギナーダンジョンをクリアする自信がないってことかな? まあ、ボクとしては、シズクがずっとボクのことを攻略し続けてくれるわけだし? とっても嬉しいけどねっ」


 なるほど、そういうことか。そういえばそうだった。


 俺がいま挑んでいるのは初歩オブ初歩、カレンが言うにはチュートリアルにも満たない雑魚雑魚ビギナーダンジョンである。そのことをすっかり忘れていた。次のランクのダンジョンに行けるようになれば経験値もがっぽり稼げるようになるのか。


 それに日数計算をするのはまだ早計だった。今日の成果を聞いてからでも遅くなかったな。今回獲得した経験値の量によって今後の方針も大きく変わってきそうだし。


 それに俺だってビギナービギナーとカレンに言われてムカっとしないわけではないのだ。なけなしのプライドくらい俺にもある。1年は流石にかからない、とは思うが。……そうだな、できる限りの全力最速でビギナーダンジョンをクリアしてみせる!


 うん、意気込みは大事だ。


「よしっ、俺の中で新たな目標ができたところで!」

「ところで?」

「今日はもう帰るとするか」

「ええっ、もう帰っちゃうの? 早いよぉ、まだ来たばっかりじゃない。せっかく意気込んだんだからさぁ、もっかい行こうよぉ。体力と精神力は全回復したんだしさ」


 そう、本当に全回復してしまっている。あれだけあった肉体的疲労や精神的疲労も、ついでに言えば食欲も睡眠欲も全てがさっぱりと消えてしまった。カレンの言うとおり、ダンジョンの探索に今からもう一度行こうと思えば恐らく行ける。


 しかし、だ。


「それでも今日はもう帰りたい。帰ってシャワーをあび……っていま何時だ?」

「んーと、夜中の3時あたりだね」


 このセーフルームには朝も夜も時間なんて関係ないようなものだ。なにせ、そこにミラクルベッドがある。つまり、このセーフルームにいれば肉体的疲労や精神的疲労なんて気にせずに時間を有意義に使いこなせるということになるが……人体に悪影響とかないのだろうか。


 その悪影響すらもスーパーミラクルベッドに横たわれば回復するという無限ループな仕様かもしれない。ちょっと怖い。


「深夜3時か、流石にそんな時間に風呂に入ったらお隣さんとか下の階の人に迷惑になりそうだな」


 ご近所付き合いを大事にする大学生、それが中ノ森シズクだ。


「ほらほらっ、そうでしょ。もっかい行こ? ねっ? もう一回だけだからっ。ちょっと行ってすぐに終わるから」


 つまりそれは俺にダンジョンに入ってすぐに死ねと言っているのだろうか?


 まあカレンの提言はともかくとして、それでも俺はすぐにダンジョンに挑む気にはなれなかった。さっきの探索について考えをまとめておきたい。というか、こんな無駄話なんてしていないでステータスをさっさと確認しておくか。


「カレン、頼みたいんだが俺のノートとノートパソコンを部屋から持ってきてもらえないか? ダンジョンで得た情報をここでまとめておきたい。どうせいま戻っても眠れないしな。時間は有効に利用するべきだ」

「ここで!? いいよいいよっ。ボクに任せてっ。あ、テーブルも必要だよね。ほいっとな」


 ドーンと部屋の中央に俺のアパートに置いてあったローテーブルが現れた。それから音もなくテーブルの上にノートと筆記用具、ノートパソコンとスマホが無造作に置かれた。


 もしかしてカレンって気配りが上手なのかもしれない。頼み忘れた筆記用具とスマホもセットで用意してくれるなんてとてもありがたい。ここは素直にお礼を言っておく。


「カレン、ありがとう。助かったよ」

「えへへ、どういたしましてっ」


 さて、というわけでステータスから確認しよう。


* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *

 名前:中ノ森シズク 性別:男 年齢:19

 パラメータ(一般人:5 アスリート:10 達人:15)

 生命力= 7(6 探索前の値)

 耐久力= 5

 筋 力= 6

 器用さ= 6

 敏捷性= 7(6)

 知 力= 7(6)

 精神力= 11(10)

 スキル:<耐える(精神)>

 探索回数:22 死亡回数:16 獲得経験値:121(2)

//閲覧不能領域

//ヤンデレダンジョン依存度:050

//ヤンデレ好感度:050

* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *

獲得経験値 121=64+55+2

討伐経験値 計64

 イヌモドキ :17×3=51

 ネコモドキ : 3×2=6

 ネズミモドキ: 7×1=7

探索経験値 計55

 潜伏・尾行:5

 観察・考察:5

 マッピング:5

 積極的戦闘:10

 警戒歩行:5

 負傷歩行:5

 中型イヌモドキから逃走成功:5 

 探索を終えてセーフルームに帰還:15




 ステータス意外にも色々とくっついて表示されたぞ。あと能力値がけっこう衝撃的である。


「ど、どういうことだ、カレン」


 詰め寄る必要も意味もないのに、俺はカレンに迫った。それだけ動揺していたのだ。


「なにが?」


 すっとぼけたような表情をしているが、笑みを隠しきれていない。


「何がって、経験値を割り振ってないのに俺の能力値が上がってるじゃないか」

「そりゃそうだよ。シズクだって自力で成長するでしょ? ボクはシズクの能力をステータスとして数値化しているだけだからね。もちろん、ボクの経験値割り振りシステムで能力値を向上させる方がシズクにとっても楽ちんなことは確かなんだろうけどねー」


 なんてこった。俺は戦いの中で成長していたのか!


 ということはつまり。


「つまり、あの死の二週間における自力の成長結果がアレ(まさに凡人以下だねっ)だったわけか」


 認めたくない事実がまた一つ増えてしまったじゃないか。まるで成長していない。


「精神力はすっごく成長してたじゃない。あれは凄いことなんだよ? 元々5だったのが二週間で9まで上がったのを見たときは流石にボクも驚いたよ。あれこそが才能外の才能ってやつなのかもね。ボクの目を持ってしても捉えられない何かをシズクは秘めているってことだよ」


 こう、めちゃくちゃ褒められているってのはわかる。わかるけど。


「……素直に喜べないんだなー、これがー」

「まあまあ、成長するにもどうしても下地ってものが必要だしさ。しょうがないよ」

「デスねー。成長する下地が精神力以外なかった事実にホント落ち込むわー」


 一般人の凄さを俺は痛感する。一般人の皆。成長には下地が必要なんだよ。生まれ持った才能という壁の高さを知ったね。それに気づいただけでも今まで生きてきた価値があるってもんだよ。


「んなわけあるかよっ。……ふぅ、落ち着こう。プラスに考えよう。俺は成長できるんだ。以前はともかく、今はできる。その幸運に感謝しよう。神様、カレン様ありがとう。……さて、話を戻すか」


 精神力の高さは伊達じゃない。俺は気を取り直して獲得した経験値を確認した。


「121か。うん、1回の探索でこれならなかなか良いんじゃないか?」


 物凄く単純に計算すると85回こなせば、1万に届く。3日に一度と言わず毎日こなせば、約三ヶ月で目標達成だ。もちろんこの計算は理想論だ。というか、俺は大学生活を疎かにするつもりなどない。つまり、三倍して九ヶ月といったところだろうか。


 一年足らずで魔法を習得できる可能性があるとか、これは凄い。


「そのとおりっ、ビギナーでこれなら上出来だよ。ステータスが上がれば更に期待できるねっ」


 カレンの言うとおりだ。俺が強くなればなるだけ、獲得経験値は更にあがる。取らぬ狸の皮算用はしたくはないところだが、ある程度の希望を抱いても問題はないはずだ。


「魔物の討伐経験値はまあ想定通りって感じだが、探索経験値はこれどうなんだ?」

「ふふんっ、これがボクの成長システムだよっ!」


 確かに俺がダンジョンでこなしたことに経験値が割り振られている。その数値が適正かどうかはさておき、とにかく何かしらの行動をダンジョン内で起こせば経験値は手に入る。そのことが明確にわかっただけでもこの情報には価値がある。


 そしてちょっぴり気になっていたことがあった。


「……ちなみに死んだら経験値ってどれくらいもらえるんだ?」


 まさにデスポイント。迷宮に挑んでは死ぬというデスループは絶対にしたくないが、一応聞いておかなくてはならない重要なポイントだ。


「最初の1回目が50ポイント、2回目以降は10ポイント、11回目からは5ポイントだね。ちなみに死ねば死ぬほど、死ぬ価値はなくなるからね? 決死の覚悟を伴った死はともかくとして、わざと死ぬ意味と価値はほぼないかな」


 カレンの返答を聞いて知力が増加した俺の頭が瞬時に答えを導き出した。そして俺は心の中で泣いた。


「うぉーん、つまり前回の272ポイントのうち170ポイントがDEATH経験値とかまじ泣けてくるんだけど。むしろ逆によく102ポイントも稼げたなって俺を褒め讃えるべきところか? これ」


「泣かない泣かない。いまの結果が全てだよっ、シズク。約二週間で102ポイントだったのが、今日一日で119ポイントを稼げるようになったんだから。これはとっても凄いことなんだからね。もっと胸を張らないと!」


 控えめな胸を張るカレンに、俺は大きくうなずいた。


「……確かに、カレンの言うとおりだな。過去を気にしすぎるのも問題か。よしっ、さっさと気持ちを切り替えていくか! 考えなくちゃならないことはいっぱいあるしな!」

「うん、そのとおりだよっ。がんばれ、シズク。れっつごーっ、シズク!」


 カレンに励まされて俺は再び気持ちを切り替えた。やはり今どき何事にも未来志向で行かなくてはならない。俺はやるべきことを一つずつやっていくしかない。雑談と確認作業だけで終わるわけにはいかないのだ。


 というわけで今後の方針をようやく考えることにした。


 ステ振りは重要だからこそ最後に考えよう。


 まずは戦い方と探索方針の模索が必要だ。自分の戦闘スタイルや探索スタイルに合わせたステ振りを考えなくてはならない。まずは現状の認識と問題点を一つずつじっくりと考えていこうじゃないか。


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