そのいち・近くの池でザリガニ釣り
まだ真新しい建売住宅のドアチャイムを押す少年。
“ぴんぽーん”
そして少年は家に向かって声をかける。
「ひーろくーん。あそぼー」
その声に答えるように二階の窓をあけてそこからから少年が顔を出してから手を振った。
「はーい、今いくよー」
ここは千葉県北部の印旛郡印西町の木下。
国鉄成田線の木下駅からそう離れていない新興住宅地の一角の建売住宅のひとつで2階建ての4LDLの庭付き一戸建ての家だ。
北を利根川が走り、西には手賀沼が有って手賀沼から利根川に合流する手賀川も近い。
この土地の江戸時代は木下の名前の通り利根川から材木をおろして木下街道を運んでいったり利根川の河口にある香取神宮、鹿島神宮、息栖神社の三社詣などのための木下河岸が栄えた宿場町でも有った。
そして今は昭和50年、田んぼばっかりであったこの地域も駅周辺はベッドタウンとして新築住宅の建設ラッシュがあり、大規模団地の千葉ニュータウンもも少しで入居が始まる頃。
とはいえ木下駅は朝夕は一時間に3本、昼や夜は一時間に一本しか電車のこないような駅でも有ってぶっちゃけて言えばまだまだ田舎であった。
「雅人くん、今日は何して遊ぼうか?」
ひろくんとよばれた少年の名前は旗山博。
現在小学校三年生で、同じ時期に越してきた近くの宮前雅人とは同級生でもあって良く一緒に遊んでいた。
「そうだね、今日は池に釣りに行かない?」
博がそう提案すると雅人は頷いた。
「釣りかぁ、じゃあどっちがいっぱい釣れるか競争だね」
「うん!」
二人は小さい青いポリバケツを自転車の前かごに入れて自転車を走らせた。
向かうのは近くにある駄菓子屋さんである。
店の前に自転車を止めて二人は中に声をかけた。
「おーばーちゃーん、ザリガニ釣りするから割り箸とタコ糸とスルメちょーだい」
「ぼくにもー」
奥からおばちゃんがでてきて二人がいった割り箸とタコ糸と大きな袋入りのスルメを差し出した。
「じゃあ、50円ずつだよ」
「はい、50円!」
「んと、1、2、3、4、5、はい50円」
二人が十円玉5枚ずつを手渡すとおばちゃんは二人に商品を手渡した。
「水に落っこちないように気をつけるんだよ」
少年たちは笑っていう。
「大丈夫!」
「落ちたりなんてしないよ!」
買った物をバケツに投げ込んで少年たちが向かうのは用水路にある小さな池だ。
魚を釣るならともかくザリガニを釣るのにわざわざ大きな川に行く必要はない。
もちろん利根川には鯉や鮒や草魚、雷魚、ハクレンやコクレンといった大きな魚がいてそういった大物の魚を釣ろうとする大人もいっぱいいるが、小学生には釣り竿は高くてなかなか手が出ないものだったりする。
やがて池にたどり着いた二人は自転車を止めて前カゴからバケツと釣りセットを持って池に近づく。
割り箸の端っこにタコ糸を結んでそのタコ糸の反対側にはさみやすい大きさにちぎったスルメを結んでつければザリガニ釣りの準備は完了だ!。
「じゃあ雅人くん始めようっか」
「うん、ひろくん、どっちがいっぱい釣れるか競争だぞ」
「うん、負けないよ」
二人は池の水の中にぽちゃんとスルメを投げ入れた。
ザリガニ釣りのコツは、ザリガニがいそうな場所にちゃんと餌を入れて、すこし糸をたるませておくこと。
ザリガニがハサミで餌を挟んで糸を引っ張ったら、焦らずにゆっくりとザリガニを落とさないように水の上に上げること。
「きたー」
「こっちもきたー」
ゆっくり割り箸を上にを持ち上げるとスルメをハサミで挟んだ赤い色のザリガニが水の上に上がってくる。
一度餌を挟んだザリガニはなかなか餌を離さないので釣り上げるのはぜんぜん難しくなかったりするのだ、釣り上げたらバケツにちょこっと水を入れてそこに、ザリガニを入れる。
そしてスルメがなくならない限りは同じようにそれをまた水に入れればザリガニはどんどん釣れる。
ザリガニはタコ糸が白くてはっきり見えても、周りにいたはずのザリガニがつられていなくなっても気にしないというのんきな生物だったりする。
そして日が暮れてきたのでお互い数を数えた。
「まーくんは5匹だね」
「ひろくんは4匹だから僕の勝ちだね」
「うーん、残念」
で、釣り上げたザリガニはどうするかというともう一度池の中に戻すのだ。
残念だけど家の水槽で飼うわけにも行かない、グッピーやネオンテトラの水槽にザリガニやタニシを入れたときには散々にお母さんに怒られたからね。
「たのしかったねー」
「うん、たのしかったー」
二人はバケツをカゴに入れて家路に向かって自転車を走らせた。
あんまり遅くなるとお母さんに怒られるから急がないとね。