始まり
2016年7月21日。
本格的な夏の暑さに苦しむこの時期、ある人は家にこもり、ある人はこの暑さにも負けないくらいの熱意を持ち、ある人はこれから始まる夏休みに心を躍らせるこの日、俺は遊園地に特設されたステージの控え室にいた。
「あぢぃ~……」
「大丈夫? 」
「んー…… ダイジョブよ」
「ほんとに~? 顔色悪いよ? 」
自分では全然気付けなかったが、ウタ(本名 唄川深知)に手持ちの手鏡を向けられ、ようやく自分の顔色が異様なほどに蒼白となっているのがわかった。
「ほんとにダイジョブだってばぁ。それに今更具合悪いって言ってももう遅いっしょ」
「そりぁーまぁね。あと10分で開演だし」
「おい、そーいやノアはどうした? 」
そういえば先程まで目の前で衣装合わせをしていたのに、知らぬ間に何処かに消えていた。
今まで突然いなくなることはよくあったのだが、本番直前にいなくなることはまず無かった。
「しらねー」
「お前らいつも一緒にいるじゃねーかよ」
「いやいや、そんなことないよ~。でも、今いなくなるなんてあの子らしくないね。ほんとどこいっちゃったんだろ」
「私はここよ」
「おわっ! 」
ズデンッ
長椅子に仰向けに寝転がっていた俺だが、股の間から気配もなくいきなりノアがにゅっと上半身を出してきた。
「おまっ、どこっ、どこからでてきたんだよ! 」
「股から」
「知ってるよ」
「股関節のあたり? 」
「だから知ってるって」
「えっとだから……“ピー”の付け根だ」
「うん、わかった。わかったからもうそれ以上は言うな」
何を言い出すかと思えば、ほんとに何を言い出すのか。女の子がそんなハシタナイ言葉を使っちゃいけません。
「でも、今までどこにいたの? ノアが開演直前でいなくなるのは結構珍しいよね」
「珍しいと言うかほとんど無いな」
「珍しい石を見つけたの」
そう言うとノアは左ポケットから異様な形をした石を取り出し、俺に見せてきた。
しかし、なんというかこれは完全にウ〇コの形であり、ある意味とても珍しいものだった。
「えっと…… 良かったな」
「うん」
「あはははは……」
その光景を隣で見ていたウタも苦笑いするしかないようだった。
ノアは天然というか少々不思議ちゃんよりな所があったりする。非常にマイペースであるがおっとりしてるわけではなく、なんと表現したら良いかいわゆる若干の偏食持ちとでも言っておこうか、普段は普通の天然っ子なのだが、突然自分の興味が示すものに出会うと周りが見えなくなってしまう時がある。普段はとても可愛らしい子なのだが1度集中モードに入ってしまうと恐ろしいくらいに真剣になる。
もう少しエロい雰囲気にならないかね、なんて考えていると入口部分にあたるカーテンが少し開き中から女性のスタッフが頭だけを出し、俺らに呼び掛けた。
どうやら出番らしい。
「皆さーん、次ですよー! 」
隣ではまだ前の団体が舞台に立っているので、女性は出せるだけの声の中で、出来るだけ大きく、しかし声をかすめてこちらを呼んだ。
「へーい。おら、行くぞぉ」
「うい」「ほい」
そんな2人の合ってるようで合ってないような返事を聞きつつ、俺らは控え室を出てステージへと向かった。
ステージ裏では先程まで演技をしていたと思われる団体が片付けをしていて、俺らはその中を真ん中を横断するように通っていった。
「さて、もうすぐ本番だ。準備はいいか二人共? 」
「おうよ」「うん」
「よっし、じゃあ行きますか」
今更緊張なんてものはこれっぽっちもないので、いつも通りに
舞台袖から登場──
──するはずだったのだが、突如起きた地震のような衝撃に体勢を崩してしまった。
それは2人も同じだったようで、左右から倒れた時の衝撃で漏れた声が聞こえた。
「ダイジョーブかぁ? 結構揺れ大きかったな。こんな大きいのは久しぶりだ」
「そうだね。なんやかんや言ってココ最近は地震なんて起きてなかったからね。少しびっくりした」
「ノアはダイジョブかー? 」
「なんとか。危うく石を落とすとこだった」
まだそんな石持ってたんか、と言いかけたがとりあえずは何事もなくて良かった。
そう言いながら服をはたき、衣装を再度整えたところでふと前を向き直ってみると今の今までそこにあったはずの──
──客席が消えていた。