宇宙
廃れていく街の中に宇宙を見た。
看板だけが取り残された新鮮野菜の直売所。
掃除する人すらいない駅の見るたび増えていく落書き。
そんななかをひとり歩き。
街が失った色を吸い込んだようなパステルカラーのワンピースはまぶしくて、膝の上で揺れる。
嫌になってしまいそうなくらい白い自分の肌が目に入って憂鬱になる。
わざと声に出して吐き出したため息を聞きながら、音のない街を闊歩するのだ、わたしは魔法少女。
女の子は誰でも魔法使いになれるんだよ、って小さい頃、お兄ちゃんが教えてくれた。
好きな服に身を包んで好きな曲を聴いて、好きな人と歩けば世界は魔法にかかってみえるんだよって。
そんなお兄ちゃんは今ではお仕事用のスーツを毎日被って新聞を読んで、好きでもない人との「付き合い」に忙しい。
まるで死んだようだな、っていつも思う。
男の人と女の人で見える世界はそれぞれ、どうやら違うらしい。
今日も公園に出かける。
いつものように手に下げたちいさな緑のバッグには、ひとつのりんごが入っている。
今日は学校がお休みだから堂々と歩き回ることができる。わたしは学校が嫌いだから。
みんながわたしを腫れ物扱いして、どんどん周りからいなくなっていっちゃうんですもの。
日に照らしてもなかなか焼けてくれない白い肌はぜんぜん自慢なんかじゃない。
緑のベンチに座ってりんごを食べようとバッグを開けたとき、すこし離れた黄色いベンチに座ろうとした男の人と目が合った。すこしよれたシャツを着た、四十歳くらいの男の人。
目が合ったその人は決まり悪そうに視線をそらして、立ち去ろうとする。
「待って!」
思わず呼び止めてから、なんて続けよう、と悩んだ。
そして目に止まる、りんご。
「わたし、もうお腹がいっぱいなの。このりんご、食べてもらえないかしら?」
見ず知らずの少女を警戒してか、ゆっくりと近づいてくる男の人を見ながら、こんなところをお兄ちゃんに見られたらこのひとが殺されてしまうなあと考える。
お兄ちゃんはあれで、とても妹思いなのだ。
「…知らない人に声をかけるなんて、きみは、」
「わたしはいつもこの公園にいるわ」
だからいつでもきてちょうだい、話してるうちに知り合いになるでしょう。言えば彼は苦笑して、
「…誰かに見られたら、あらぬ疑いをかけられそうで嫌なんだが」
「…わたし、そんなに幼く見える?」
「まあ、ね」
男の人にりんごを渡す。
つやつやとしたりんごは男の人の手の中に居座って、ひとたび齧り出せばみるみるうちになくなった。
「…こんなおいしいりんごは、初めて食べたよ」
「そう、よかった」
微笑んで見つめる、と、彼は時計を確認して言った、
「もう時間だ。帰らないといけない」
「そうね。わたしも、帰らなきゃ。あなたの家はどっち?」
彼はしばらく悩んでから口を開いた。
「きみはどっちなんだい?」
「あっち」
先ほど歩いてきた方を指さすと、彼は苦笑して、僕は反対なんだ、と言った。
「そう…。それじゃあ、また会えたら嬉しいわ」
「こちらこそ」
家に帰る途中、ぼおおおん、と重くて悲しげな鐘の音がした。
時間だ。
彼がもう家に着いていることを願う。
しばらくして、収容所の前に着いた。
廃れた街のブラックホール、宇宙の一部。
彼もいつかここに吸い込まれてしまうのかもしれない。
白い肌を太陽にあびせて、すこしくらいは焼けてくれないかしらと思いながら、ここで働くお兄ちゃんを待つ。
…って、汚らわしいなあ。
最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!