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千歳の少年魔導士は再び勇者を呼び寄せる  作者: 千秋 颯
第一章 二人目の勇者と赤髪の剣士
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「弱点を克服してこそ本物の剣士だ」

「大したことねぇな。神隠しっていうくらいだからもっとこう、霊的なものが出てくるのかと思ったぜ」


 先ほどまでガタガタと震えていた人間の言葉とは思えないほど強気な言葉を口にしながらオレンは僕に並んで歩く。

 何度かゴブリンの群れに出くわしたけれど僕が手を加える前にオレンが瞬殺してくれたため僕の体力は有り余っていた。

 正直言うとオレンの剣の実力は舌を巻くほどのものであった。

 多分大きな剣術大会なんかあったら楽々優勝狙えるほどに。

 臆病で泣き虫だった彼がたくましくなっているのを不思議な気持ちで見守りながら僕らは足を進める。

 ……いや、臆病なのは変わってないか。

 現に霊なんているはずもないものを信じ込んでガタガタ震えていたのだから。


「ここ辺りでいいかな」


 僕は木の立っていない直径三十メロくらいのスペースの前で足を止めた。


「じゃあ、とっとと終わらせようぜ」

 オレンは首を鳴らしながらそのスペースの中央へ向かう。

 しかしナナカは自分の持っている短剣を見たまま動かない。


「ルカ」

「ん?」


 オレンの実力はすでにこの森に入ってからの短時間で分かりつつある。

 だがまさか魔王には立ち向かっていったのにオレンと戦うのに怖気づいたということはないだろう。


「……この短剣や私自身にチート能力があったりはしないの?」

「チート?」


 聞いたことのない言葉に僕が顔をしかめるとナナカは不満げに口を尖らせた。


「万能な超能力みたいなやつ。ほら、私選ばれた勇者だし」

「そんなのがこの世に存在してたなら魔王だって倒すの楽だろうね。そんなことはいいから、早く行ってきて」

「は、はーい……」


 僕がナナカの背中を軽く押すと彼女はゆったりとした足取りでスペースの中央へ向かう。



*****




「じゃあ、始めようか。範囲は特に制限しないけどなるべくこのスペースの中でね。試合の勝敗はどちらかが相手から一本取るか戦闘不能になるまで。魔法の使用はなし。あ、もちろんだけど殺してもだめだからね」

「当たり前だろ、勇者なんて殺したら俺がルカに殺されかねない」


 オレンは肩をすくめて冗談めかしにそういうと、背負っている鞘から大刀を抜いて前方十五メルほどのところにいるナナカへ剣先を向けた。


「悪いけど、手加減しないから」

「う、うん。やれるもんならやってみろ!」


 裏返った声で強がるナナカから視線を離してオレンは僕を見る。

 彼は明らかに呆れていた。

 僕はため息を吐いてナナカに声をかける。


「ナナカ、せめて武器は構えて」

「へっ、あ、そか!!」


 ナナカはそこで初めて自分が武器を持っていなかったことに気付いたのか、ぎこちなく短剣を鞘から抜いて構えた。

 何故さっきまで持っていた短剣の存在を忘れているのか。

 ……まあ、それだけ緊張しているってことなのだろう。

 魔王から一本取ったといっても完全な不意打ちによってのことなのだから正面から剣先を向けられるのは初めてのはずだ。

 これでは勝負にならない。

 やれやれと思いながら僕はナナカの肩の力を抜いてやることにする。


「ナナカ、魔王から一本取るってことは僕にも難しいことだ。で、悪いけど今のオレンには無理だと思ってる。それをこっちに来て早々やってのけたのは君に勇者としての素質があるからだよ」

「はっ……? ルカ、どういう……」

「――始め!!」


 僕の言葉に戸惑うオレンを無視して僕は試合開始の合図をスペースの外から出す。

 完全に僕の方に意識があったはずなのにも関わらず、オレンは僕の合図と同時に地面を蹴った。

 素早い反応に驚きつつ、まさかオレンが一発で勝敗を決めることはないだろうかと不安になってくる。

 しかし僕がナナカのほうを見れば、彼女はわずかにほおを緩ませていた。

 オレンは大刀を持っているとは思えないほど素早い動きでナナカとの距離を詰める。

 そして彼女の首へ刃を走らせた。

 勢いに乗った剣の柄からオレンの片手が離れる。

 それほど素早く勢いのある一撃だった。

 だがすでにそこに彼女はいない。


「なっ……!?」


 オレンが驚きの声を上げる。

 声こそ出さなかったが、驚いたのは僕も同じだった。


(どこに行った……?)


 ナナカはオレンの攻撃をしゃがんで避けると背後へ回り込んで反撃することなく木々の中へ姿を消したのだ。

 ナナカが消えた後に残ったのは、沈黙。

 しかしオレンは剣を構えた状態で気を抜くことなく周りを見回す。

 そうして数秒が経った時、オレンの後ろの木がガサッと葉のこすれる音をたてながら不自然に揺れた。


「――!?」


 ハッと反応したオレンは体の向きをそちらへ変える。

 そしてナナカは姿を現した。

 だが姿を現したのはオレンの右側の木から。

 ナナカは静かに着地すると体を低くかがめてオレンの脇腹を狙う。


「くそっ」


 オレンは足を大きく開いて大刀を無理やり彼女のほうへ振り起した。

 大刀の軌道は体を低くしたナナカを完璧にとらえている。

 しかし彼女は迫りくる大刀を軽やかに飛び越えてオレンの顔面に回し蹴りを食らわせようとした。

 オレンは大刀を勢いに任せて放し、片腕でそれを受け止める。

 大刀が二人から少し離れた地面へと落ちた。

 ナナカは足をオレンから引いて俊敏な動きで距離をとる。

 ところがその距離もすぐにオレンによって詰められてしまった。


「くっ……」


 オレンはナナカへ右の拳を突き出す。

 それを間一髪でよけたナナカは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「隙あり!!」


 そして思い切りオレンを蹴る。

 ナナカの片足はオレンに見事命中した。

 オレンの股間に。


「ひぃっ」


 僕は情けない悲鳴を上げて二人から目をそらす。

 自分のを反射的に触らなかっただけマシだ。

 これは……勝敗が決まったか。

 そう思って再び二人の方へ視線を向ければ予想していたようなことは起こっていなかった。

 オレンを蹴りつけたまま動きを止めているナナカ。

 そして何でもないかのように体勢を崩すことなくナナカの首あたりに片手を持って行ったところで同じく制止するオレン。

 その手には銀色に光る金属のようなものが握られていた。

 おそらく武器で間違いないだろう。


「そ……そこまで!」


 僕は戸惑い、少し間が空いてから試合終了の合図をした。

 そこでオレンはナナカから離れて大刀を拾いに行く。

 ナナカはオレンが離れる時に蹴り上げていた足を戻したまま動かない。


「ナナカ?」


 顔を覗かせるとナナカは驚愕した表情を浮かべている。


「な……んで……?」


 よほど勝ったという自信があったのだろう。

 僕はなんと声をかければいいのかわからなかった。

 しかし僕が声をかけるより先にナナカはいきなり叫びだす。


「なんで!? 股間は男子の一番の急所のはずでしょ! 私は小学校のころから股間蹴りをずっと必殺技にして極めてきたのに!!」


 ショウガッコウというものが何なのかよくわからないけれど金に余裕のある一部の地域に存在する『学校』というものとさほど変わらないだろう。

 僕は男子の股間を蹴るという行為を必殺技にしていたこの女勇者がどんな壮絶な人生を歩んできたのか想像すらつかなかった。

 というか考えたくない。

 ナナカの声を聞いて大刀を回収したオレンがこちらを振り返る。

 その顔は先ほどのナナカのような勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「ふっ。普通の男なら今の蹴りで悶えるだろうな。けれど弱点を克服してこそ本物の剣士だ。故に俺は股間を攻撃されてもダメージを負わないほど股間を強化したんだ!」

「そっ、そんな……。股間にダメージを……受けない!? そんなの、チートじゃないのっ……」


 ガクリ、とナナカが地面に跪く。


「股間を強くしてこそ男は強くなるんだ」

「そう、だったの……。股間は男を強くするためにあったんだ……」


 僕はもはや二人の会話に割って入るほどの気力を損ない、自分でもわかるほど非常に冷たい視線を送りつけた。

 二人の間で股間の会話が終わったのはその十五分後である。

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