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千歳の少年魔導士は再び勇者を呼び寄せる  作者: 千秋 颯
第一章 二人目の勇者と赤髪の剣士
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「やっと追い付いたぞ、ルカ!」

「まずは、この世界についてから話そうかな。……『幻覚ソニウム』」

 僕は杖を持ち上げて僕とその向かい側に座るナナカの頭上のちょうど中間に半透明な映像を映し出す。

 ナナカはそれを見て感嘆のため息を漏らした。

 頭上には今からおよそ千百年ほど前の世界のとある大きな町が映し出される。

 町には建物が並んでいた。そして楽しそうな男女や転んで泣いている幼い子供なんかが映っていて、まさに『平和』といった風景だ。

 ……そのころ、僕はまだ生まれていなかったからこれは僕のおじいちゃんから見せてもらった映像なんだけれど。

「これは幻覚魔法の一種。僕が生まれてくるよりも前の姿を再現したものだから多少違っているかもしれないけれど、大体は正確な映像だと思う」

「へぇー」

「これは魔族が僕らの世界へ攻めてくる前の世界。……ナナカには『異世界』って言った方がいいかな。で、その異世界に魔族が攻めていってきたのがおよそ千年前。それまではたくさんの人たちが平和に暮らしていた町も魔族が攻めてきたせいで、荒れてしまった」

 映像が徐々に変化していく。

 そして次に映し出されたのは崩れかけた家々と人気のない道に立つオークやゴブリンたち。

「魔族を止めるために、魔法使いたちは強力な光魔法を行使した。けれど結局魔族たちは一気に異世界の半分を占領してしまったんだ」

 僕は一つ息を吐いて、映像を消す。

「魔族が占領している場所と僕ら人間が住んでいる場所の境目はあの森。だから、森には魔族がよくうろついているんだ」

「それで、魔王が……」

「いや、魔王は滅多に姿を見せないよ。僕もあれで見たのは二度目だ」

「え?」

 だから、魔王の気配を感じたときは驚いた。

 まさか傷が癒える前に来るとは思ってもいなかったのだ。

 それだけ勇者が危険な存在だと初代勇者と剣を交えたときに悟ったのだろう。

「……次に魔王の話でもしておこうか」

 話題を魔王へ移そうとしたとき、ジュースの入ったグラスとコーヒーの入ったマグカップがテーブルに置かれた。

 少し考え事をしていたからだとは思うけれど、店員が隣に立っていることに気づかなかったのがなんだか悔しくなった。

 ――貴様の敗因はそれだ。

 今朝、魔王に言われた言葉がよみがえってくる。

 僕はイライラとする気持ちを飲み込むようにグラスに口を付けた。

「魔王から出てたあの怪しい奴がすごく気になったんだけど」

 不意に出たナナカの言葉に僕はそれが魔王の傷口から出ていた黒い霧のようなものであるということをさしているのだと気づく。

「……魔王は不死身なんだ」

「不死身……?」

「何度殺しても再生して生き返る」

「え、はあああああ!?」

 僕の言葉にナナカがガタッと音を立てながら席を立ち上がる。

「え、不死身?」

「うん」

「……それ、倒せないじゃん」

「その話を今からするから、いったん座ってくれる?」

 ナナカは周りから注目を浴びていることに気づき、顔を赤くして席に着いた。

「魔王は、魔族のいる暗黒世界の王」

「暗黒世界……?」

「僕にある知識では、世界は三つあるとされているんだ」

 僕は人差し指を立てる。

「一つ目、ナナカが元いた世界。魔法が使えない代わりに科学が発達している『現実世界』」

「え、科学を知ってるの?」

「名前だけだよ。この世界にそれはほとんど存在しない」

 ナナカが何故か期待したようなまなざし僕を見つめるため、対応に困った僕は彼女から少し目をそらしてそう答えた。

 あれ、また立場が変わってる気がする。

 僕はナナカのペースに負けないように向き直ると、次は指を二本立てた。

「二つ目。ナナカが言っていた『異世界』は二つに分類されるんだ。そのうちの一つが僕らの住む世界。科学がない代わりに魔法が発達した人間の住んでいる世界。で、三つ目が……」

 僕が少し間を開けるとナナカが息を呑んだのが聞こえる。

「暗黒帝国。魔族が住む世界。光は差さず、闇が全てを支配する世界。ここに行って生きたまま戻ってくることができた者はいないとされている。……僕以外を除いてね」

「え……?」

 そう、僕以外は。

 ナナカが話を止めた僕を心配気に見てくる。

 彼女が口を開いたが、声を聞くより先に僕は話を続けた。

「ナナカは勇者として召喚された。……二人目の勇者として」

「二人目……? え? ってことは一人目がいたってことだよね?」

 混乱するナナカの質問に僕は頷く。

「いたよ。……僕は初代勇者とそれに加えて三人の仲間たちと今から約千年前、魔王を倒すべく暗黒帝国へ乗り込んだ」

 ナナカが目を見開くのを見ながら僕は苦笑いした。

「……負けちゃったんだ。勇者はそこで命を落とした。勇者だけじゃない、他の皆も……」

 しばしの沈黙が流れる。

 あの時を思い出すと、怒りが込み上げてきた。

 僕の全てを奪った魔王に。

 ……彼らを守る立場であったのに一人残ってしまった僕に。

「ルカ……」

 ナナカの声で我に返った僕は話を続けなくてはと試みる。

「それで、魔族たちにはね……」

「——ルカって何歳なの?」

「……」

 そうだった、この勇者は空気なんて読めないんだった……。

 今回はそんな彼女の性格に呆れつつも感謝する。

 そういえばナナカに言っていなかったな……。

「うーん……。正確には忘れちゃったけど、千年は生きてるかな」

「せっ……千年!?」

 ナナカが再び大声を出す。

「ここには他のお客さんもいるんだから、大人しくしなきゃ」

「……おじいちゃんってこと?」

「違う!!」

 危うく雷魔法を行使しそうになりながら、僕は叫んだ。

「ルカこそうるさいよ」

「……」

 本当に勇者といると調子が狂う。

 僕はもう、今日何度目になるかのため息を吐いた。

「千年前、僕は勇者達が死んだあと怒りに任せて魔王に攻撃し続けた。……言い方を変えるなら『暴走した』という方が正しいかもしれない。そして去り際に魔王は……」

 あの日、勇者たちを失って暴走した僕が我に返った時には僕の魔力はほとんど残っていなくて立っているのがやっとだった。

 目の前には同じく魔力を消費してしまった魔王。その姿はボロボロ。

 しかし僕には「死んでもいい」という気持ちがあった。けれど、魔王にはそんな気持ち持ち合わせてない。

 だから、僕は体力や魔力を使い切るまで攻撃できたし、するつもりだった。

 けれど魔王はそのまま戦闘を続ければ自分が押されてしまい、自分の勝ち目はほぼゼロだということを悟って……。

「僕に『時を止める』呪いをかけてどこかへ逃げ去った。本来なら、魔王としても半径五メロの範囲を数秒止めるのが精いっぱいなんだけれど、彼は魔族から魔力を奪ってまでして僕の体の時間を止めた」

「そう、なんだ……。だからさっき千年前がどうのこうのって言ってたんだ」

「そういうこと。僕としてはあいつは初代勇者の(かたき)だし、魔王にとって僕は自分自身の敵」

「ってことは、ショタなのか? おじいちゃんなのか……?」

 真剣な表情で考えるナナカにもはや呆れることもできなくなりそうだ。

 もはや話すら聞いていない。

「……そんなことはどうでもいいんだ。魔王は本来不死身。人間や魔族の心に潜む闇を吸い取って何度でも再生する。――けれど、一つだけ魔王を倒す方法がある。それが……」

 僕は杖の先を軽く持ち上げてナナカの方に向ける。

「勇者なんだ」

 ナナカとバチッと目が合うが、驚いたことにさっきまでへらへらしていたナナカの表情は真剣身を帯びたものとなっていた。

「勇者は光の神の加護を受け持つ者。僕らのいる『異世界』よりも闇の少ない君たちの世界の人間だけが光の神から加護を受け持つことができる。そして、光の神の加護を受け持った者のみだけが、光の最高限魔法が使える」

「光の、最高限魔法……?」

「そう。魔王の闇をも飲み込む光の最高魔法。それがあれば、闇が生の源である魔王は体ごと光に呑まれて消え去る」

「じゃあ、私がいれば不死身の魔王を倒せるってことだよね?」

「うん」

 希望が見えたかのようにナナカの表情が少し緩む。

 先ほどの真剣な表情は緊張していただけかもしれない。

「……けど、勇者といえどもそれ以外の魔法や剣術などがしっかりしていないと、光魔法を使う前に倒されてしまう。だから、君には魔王が完全回復する前までに力をつけてほしいんだ」

「具体的には?」

「まずは、基礎魔法とちょっとした応用魔法の呪文を百個くらい覚えてもらって……」

「え、ひゃ、百個!?」

「二週間で覚えてね」

「そ、そんなぁ……。無理だよ! 私馬鹿だし」

 うん、知ってる。

 この短時間でナナカが単純思考なことは十分わかった。

 僕はナナカの予想通りの反応を面白く思って口元を緩める。

「勇者を守り、導く。それが僕、大魔法使いの使命だからね。そこは安心しててよ」

「ん? 大魔法使いって?」

「大魔法使いっていうのは……」

「――この世界に存在する魔法使いの中でも最上級の実力、魔力を持つ人間に送られる称号、そして役職」

 ナナカの質問に答えようとすると、隣から発せられた一つの声がそれを遮った。

「……?」

 僕がその声の主を見つめると、まず最初に燃えるような赤い髪の毛が目に入った。

 年は十五、六歳くらいだろうか。体はがっしりとしているが、余分な肉はついてない。

 人懐っこそうで無邪気な笑顔を見せる男はどこか犬を連想させた。

「やっと追い付いたぞ、ルカ!」

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