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千歳の少年魔導士は再び勇者を呼び寄せる  作者: 千秋 颯
第一章 二人目の勇者と赤髪の剣士
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「小僧……勇者というのはどいつも面白い輩だな」

 ガキィン、という耳をつんざくような音が静かな森に響いた。

 僕の杖と、魔王の隠し持っていた長剣がぶつかり合う。

 本来ならば木製の僕の杖など魔王の一撃によって折れてしまってもおかしくはないのだが、この杖は特別な魔力を持つ杖だ。

 おかげで魔王とはほぼ互角に戦える。

 いや、互角ではない。

 魔王の方はやはり傷を負っているせいか、魔法を使う気配すらなく、以前戦った時よりも一段と力が衰えている。

 つまり、僕の方が彼をおしている状態だ。

「——だから言ったんだよ、勝敗は決まっているって」

「小僧、あまり調子に乗るなよっ!」

 だがしかし、ギチギチと杖と剣で押し合いをしている中、それを押し返したのは魔王だった。

 魔王の身長は僕より四十センメロほど高い。

 そして鍛え上げられた大人の体だ。

 僕の方が有利とはいえ、力比べでは僕は彼に劣ってしまう……。

「『腕力強化テティア・ウラヴ』!」

「力魔法などで、我に勝てるとでも⁉︎」

 魔王はそう言うものの、やはり魔法を使わない。

「いくら君だからって、魔法なしで力魔法に勝つほどの力は残っていないんだろう? そして、魔力も回復していない」

 ……なのに、なんなんだろう。この違和感は。

 圧倒的に僕の方が彼より上手だ。

 なのに魔王の表情には余裕が見られる。

 そのとき、魔王がニタリと笑った。

 その表情に僕は何かやってしまったのではないか、という考えが頭を掠める。

「ああ。この勝負、我には分が悪すぎる。——だがそれは、我が一人ならばの話だ‼︎」

「——ルカ‼︎」

「——っ⁉︎」

 後ろからナナカの声が聞こえ、僕はハッと顔を上げた。

 何故、気づかなかったんだ。

 僕の頭上、木の上に二人。

 僕から二十メルほど離れたところに二人。

 周りに気を配ればすぐに気配で読み取ることができたのに。

「貴様は我に仇を討つことに必死で周りが見えておらなかったのだ。貴様の敗因はそれだ」

「くそっ……」

 魔法を使おうにも強力な魔法はその魔法に集中しなければならないため、ナナカを守っている防御魔法を解除しなければならない。

 勇者が召喚できるほどの魔力を持っている魔法使いは、ごく僅かだ。

 僕は強く唇を噛む。

 魔王が目を覚ましても、しばらくは現れない。

 その僕の読みが甘かったのだろう。

 せめて、ナナカだけはここから逃がさねばならない。

 そう思って後ろにいるはずのナナカを見つめる。

「えっ……⁉︎」

 しかし、そこにナナカの姿はなかった。

 一体どこにっ……?

 完全に魔王に隙を見せてしまった僕。

 今ならば完全に僕にトドメを刺せただろう。

 しかし、そんな魔王は「ふんっ」と鼻で笑っただけであった。

「小僧……勇者というのはどいつも面白い輩だな」

「は?」

 僕は魔王に視線を戻し、驚きのあまりに声を漏らした。

「な……ナナカ……?」

 姿を消したと思っていたナナカが、魔王の後ろに立ち、首筋を短剣で深く切りつけている。

 ナナカから表情は消えており、目をつり上げて魔王を睨んでいた。

 未だに状況が読めない僕に、魔王は切られた首を抑えながら一言言うと消えていった。

「仕方がない……。小僧、次こそお前をこの女とともに倒してみせる」

 魔王が転移魔法を使ったあと、僕を囲んでいた四人も姿を消す。

 五人がいなくなると、ナナカは腰が抜けたようにヘナヘナと座り込んだ。

「ほんと、なんなのぉ……」

「……」

 ナナカはどうやって魔王の後ろまで回り込んだのだろうか。

 僕とは違い、魔王は周りにも気を配っていたはずなのだ。

「ルカ、大丈夫?」

 先ほどまでの表情とはまるで別人のような気の抜けた間抜け顏に呆れながら僕はナナカに手を差し出した。

「まあ、君がどうやってあの魔王の後ろまで回り込めたのかは町に着いてからゆっくり聞くことにするよ」

「……ルカ、随分平気そうな顔してるけど、出血酷いと思うよ。特に顔」

「そうだね。ナナカにはじめに覚えてもらう魔法は治癒魔法にしてもらおうかな」

「おう、どーんと来い!」

 自分の胸を叩いてみせるナナカだが、ちょっと頼りない。

 ナナカの顔色は治ってきたものの、魔王との戦闘は予期せぬことで、想定以上に僕もナナカも疲労が溜まってしまったため僕は移動魔法を使うことにする。

 ナナカが僕の手を取り、立ち上がったところで僕は呪文を唱えた。

「『移動モーブ、【ラピアノ】』」

 淡い光が僕らを包み込む。

 その光はどんどん強くなっていった。

「一応、ありがとう」

「もー、素直じゃないんだからー」

 目の前が真っ白になる直前、僕は極小さな声でナナカに礼を言う。

 ナナカはあからさまに目をそらした僕を見てくすくすと笑った。


*****


 光が消えたと思った時には僕らの目的地、ラピアノという町の中心へ着いていた。

 背後には大きな高さ三メロほどの大きな噴水、その周りを囲むように川が円を描いて流れていく。

 そのため、東西南北に川を渡るための小さな橋がある。

「ここは……」

「ラピアノ。水の神の加護がある町」

 登りきった太陽の光が水を照らしてキラキラと光っていた。

「……くれぐれも、泳がないように」

「え? お、泳ぐわけないでしょ⁉︎」

 僕の注意にナナカは顔を真っ赤にする。

 この様子では、彼女の場合泳ぐということは本当になさそうだ。

「もう、カフェはとっくに空いている時間だ。行こうか」

 僕らは東の橋を渡って一つの道へと入っていく。

 カフェへ向かっている途中、周りから怯えているかのような視線を浴びることとなったが大魔法使いが注目を浴びてしまう存在なのはもう嫌という程知っている。

 だからこれも仕方がないことなんだ。

「ルカ、やっぱり血だけでも拭き取ったほうがいいと思うよ? 悪目立ちしてる」

「……」

 なんだか自分が自惚れていたみたいじゃないか……。

 ナナカの言葉で僕は自分の今の姿を思い出す。

 顔からは血が流れていて、ローブは火の玉の粉が飛んだのかボロボロだ。

「まずは、カフェに向かおう。血を拭くのなんてその後でも……」

「仕方ないなぁ、ちょっと止まって」

「……ん?」

 僕が足を止めると、ナナカが僕の顔をハンカチで拭い出した。

 傷口は避けて拭ってくれるから、正直言うと少し気持ちがいい。

 ……だけどさ。

「ナナカ、それ何日前のハンカチ?」

「んー、三週間前くらい?」

「もう十分です」

 ナナカの持っている二枚目のハンカチからは異臭が漂っている。

 僕はナナカの腕を押しのけて早歩きでカフェへ向かった。

 幸い、カフェまでの距離は町の中心から近かったため、ナナカに再び顔を拭われることはないままカフェへたどり着く。

 ……『向こう側の世界』では、数週間前に使っていたハンカチを持ち歩くのが普通なのかな。

 そうなのだとしたら、服も?

「ナナカ、その服最後に選択したのいつ?」

「え、制服? 制服は……出したのが一ヶ月前だから、そこからずっと着てるよ? 冬服だし」

 僕はナナカの言葉を聞いて、心に決めた。

 ——まずは、清潔にさせることから始めよう。

 僕はローブ、その下にサイズが大きくてブカブカとしている長ズボンと上着、更にその下にタンクトップを着ているが、一日一回は状態回復の魔法を使って洗濯した時と同じ状態まで戻している。

 先が思いやられるなと思いながら僕はカフェの中へ入った。

「いらっしゃいま……っ⁉︎」

 カフェの店員は僕の姿を見て唖然とする。

「二人で」

 隣でナナカが苦笑いするのを感じながら僕は店員に何事もないかのように話しかけた。

「あ、は……はいっ……」

 店員は僕らを店の角の方にある席へ案内して、恐る恐るといったように僕を見下ろす。

「お、お客様……お怪我が……」

「別に大したことないよ」

「そ、そうですか……」

「あ、リキュームのジュース一つで……ナナカは?」

 僕がナナカに注文するよう促すと、ナナカは困ったようにテーブルに置いてあったメニューをジッと見つめる。

 ……確か、『向こう側の世界』の住人にここの世界の文字は読めなかったと思うんだけど。

「ナナカ、コーヒーは飲める?」

「へ? あ、うん」

「砂糖とミルクは?」

「砂糖は欲しい。ミルクはいらないよ」

「じゃあ、それで」

「か……かしこまりました」

 店員はそのあと「ごゆっくり」とだけ言って逃げるようにその場を立ち去った。

「字も覚えといたほうがいいかもね」

「コーヒーが、異世界にもあったなんて……」

「ちなみにリキュームの実は『向こう側』ではオレンジって呼ばれてるものだよ」

 リキュームの実は『向こう側の世界』では『オレンジ』という名前で存在している。

 この世界に存在しているものは大きく三つに分けられる。

 リキュームの実のように名前は違えど二つの世界に存在するもの、コーヒーのように名前も同じで存在しているもの、魔法のようにこの世界にしか存在しないもの……。

 コーヒーが『向こう側』にもあると知った時は少し驚いたが。

「ってことは、オレンジジュース⁉︎」

「そういうこと」

 やっと落ち着ける場所に着いたからか、ナナカはさっきよりも更に元気になったようだ。

 ……はっきり言ってうるさくなる予感しかしないな。

 僕はナナカがうるさくなる前にこの世界について説明をすることにした。

「ナナカがあの時魔王の後ろにどうやって回り込んだのかも知りたいけど……。まずはこの世界について話をしようか」


*****


「やっと着いたかぁ」

 ラピアノへの入り口前に一人の体格の良い少年が立ち止まる。

 少年は楽しみをこらえきれないかのように頬を緩める。

「今度こそ追いついてやる。——待ってろよ、ルカ」

 彼の持つきれいな赤い髪の毛が朝日を浴びていた。

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