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千歳の少年魔導士は再び勇者を呼び寄せる  作者: 千秋 颯
第一章 二人目の勇者と赤髪の剣士
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「私は……雨森七菜香。よろしくね、ルカ」

「ま……魔法使い……?」

 僕の言葉に勇者は座り込んだまま僕をまじまじと見る。

「そういう設定? コスプレ?」

「設定じゃないし、コスプレ……でもないよ」

 コスプレ、という言葉が何だったかを思い出すのに時間がかかったが、確か「変装」みたいな意味だ。


「君はこの世界を滅ぼそうとする魔王を倒すために召喚された勇者だよ」

「ゆう……しゃ……?」

 勇者は口を大きく開けて随分間抜けな顔をする。

 初代勇者の時とはいささか違う反応で僕は少し違和感を覚えた。

「そう、勇者。悪いけれど夢じゃないんだ。君が元いた世界に戻るには魔王を倒さなきゃならない」

「勇者、魔王、勇者、魔王……」 勝手に呼び出してしまったことに少し罪悪感を覚えつつ、僕は彼女に声をかけようとした。

「勇者……」

「ああ、なるほどっ! ここは異世界なんだ!!」

 僕の声を遮ってポン、と手を叩いた勇者を見てなんだか僕は残念な気持ちになる。

 勇者の方は整った顔を歪めて怪しく笑った。

 ……その顔の不気味さだけなら、魔王にも劣らないだろう。

「……理解が早いようで嬉しいよ」

 何と言ったものか考えた後に出たのはあんまり思ってもないような、そんな言葉。

 ただ、今の短時間で唯一勇者について分かったことと言えば……。

 ぶつぶつと呟く勇者は状況がつかめていないのだろう。


 ――初代勇者とは同類だということだろう。

 勇者は勢いよく立ちあがり僕を指さして早口、尚且つ大きな声を出した。

「私はこの異世界で世界征服を考える魔王とその手下、魔族たちをを剣や魔法を使ってバッタバッタと薙ぎ払い、世界を平和へ導く使命を受け持つ勇者! そういうことでしょ!?」

「う、うん……まあ、そうだね」

 僕の言ったことに自分の想像が付け足されているだけである。

 おかしな人間だがやる気はあるようなので、一先ず説得はせずに済んだようだ。

 ここで「帰らせてくれ」と言われたところで帰れないのだから頑張ってもらうしかないのだが。

「まずは外に出よう。この森を出たところに町がある。そこのカフェでゆっくりこの世界について話をすることにするよ」

「え、ここって森の中なの!?」

「そうだよ。先に注意しておくけど、外に出たら魔族がたくさんいるから周りには気を付けて」

 先ほど、僕が初代勇者たちの墓に行くまでに魔法を行使したのは五体の魔族の気配を後ろから感じたからだ。

「ふっ、魔族なんてこの勇者様がちょちょいと……」

「——僕は大魔法使いルカ。勇者、君の名前は?」

 余裕を醸し出す勇者の言葉を軽く無視して僕は杖を持っていない方の手を彼女に差し出す。

「私は……雨森あまみや七菜香(ななか)。よろしくね、ルカ」

 アマミヤ・ナナカは右手を出しかけたが慌てたように左手に変えて僕の手を握った。

 だが、そんなナナカの表情は見る見るうちに青くなっていく。

「――って、ルカ、血がっ……」

「あ……」

 僕は自分の左手首を見て、勇者召喚の時に切ったままだったことを思い出す。

 出血は大分止まってきたようだが、勇者の手が血で汚れてしまったようだ。

「ごめん。勇者召喚の時に僕の血が必要だったから」

 僕はナナカから手を放してローブの内ポケットに入っていた布で彼女の血を拭き取る。

「そうじゃないでしょっ! 自分に治癒魔法かけるのが先……」

「治癒魔法は自分にはかけられないんだよ」

「えっ、そうなの!?」

 魔法の種類を理解しているのも初代勇者と同じか。

 けれど、治癒魔法の行使対象など、魔法の細かいところまでは知らないようだ。

 僕がナナカに背を向けて出口へ向かうと僕のローブのフードが後ろに引っ張られる。

「ぐえっ……何すんのさ!!」

 引っ張ったのはもちろんナナカ。

 僕は涙目になりながら後ろを振り返った。

 ナナカは僕の頭上二十センメロほどのところから僕を見下ろす。

 その真っ直ぐな瞳に初代勇者の面影を見た気がして思わず目をそらすとナナカが僕の左腕を持ち上げた。

「ちゃんと治療しなきゃ」

「きちんと切る位置は考えたよ。だから出血死することはないよ」

「そういう問題じゃないでしょ?」

 ナナカは自分のスカートについているポケットからしわくちゃのハンカチを出して、僕の左腕に巻き付ける。

 お人好しもお兄ちゃんと一緒か……。

 ナナカの姿を見ながら僕が小さく笑うと、ハンカチを僕の腕に巻き付け終えたナナカと目が合った。

「できたよ」

「あ、ありがとっ……」

 ナナカの満足げな笑顔に恥ずかしくなって、僕はそれを隠そうと再び出口へ向かう。

「いえいえ」

 後ろから、くすりと笑う気配がした。

「それ、一週間前のだから、気にしないで」

「……」

 僕はハンカチを思い切り投げ捨てたくなるのを我慢しながら足を進めた。


*****


 家から出るまでに「階段が長い」やら「ほこりがすごい」やら文句を言われてイライラしていた僕だが、何とかそれを堪えながら外に出ると涼しい風が僕の頬を撫でる。

「わあっ、すっごいね!」

 もともとは観光地にもなっていたのだから、森の美しさに後から外へ出てきたナナカが息を呑むのもわかる。

「足元にムカデとか結構いそう!!」

「……行こうか」

 ずいぶんと一般人とズレた感想に僕はがっかりしながら明け方出た町へ足を進めた。

「ツンデレショタは大好物だよ?」

「だから、僕はショタじゃないって……」

 ショタ……。初代勇者が「まあ、ガキって感じかな?」と言っていたのを思い出し、少しイラつく。

「怒ってるのー?」

 ナナカが挑発するような笑みを浮かべて僕の隣に並んだ。

 落ち着け、僕。挑発に乗ってしまったらからかわれるに決まっている。

「……はい」

 僕は話を変えるように唐突にナナカへローブの内側に持っていた短剣を差し出した。

「なるべく僕も助けるけど、護身用に持っていて」

「んー、勇者は片手剣という印象が……」

「今のナナカには無理」

 僕がバッサリと言い切るとナナカは不満げに「にゃーにおう?」と訳の分からない言葉を発したが、渋々といった感じでそれを受け取る。

 だが、思ったより重かったのか、受け取ると目を見開いた。

「片手剣、使えるの?」

「……遠慮しておきます」

 やっと自分のペースに引き戻せたことに満足しながら僕はナナカにそれはそれはまんべんな笑みを見せつける。

 片手剣も最終的には使いこなしてもらわないといけないけれど、剣を一度も持ったことのなさそうな女の子にいきなり片手剣は辛いだろう。

 しばらく歩き続けると、墓へ向かうために通った道へ着く。

 僕はそのまま森の出口の方へと向かうが、ナナカが隣で足を止めた。

「ルカ……あれ……」

 怯えたようにナナカは一本の木の幹を指差す。

 特に怪しい気配も感じないし、ナナカが女だから虫でも出たのかと思いながら僕がその指の先を目でたどってみると、木の下の方に五体の緑色の皮膚を持つゴブリンの無残な姿が視界に入る。

 体や顔が穴だらけで内臓が出ているものもあり、五体の死骸のある地面には赤い水たまりができていた。

 恐らく、僕が墓へ向かう時に背後にいた魔族たちだろう。

 以前、『向こう側の世界』では人間の死体を見る機会はほとんどないと聞いた。

 魔族にしろ、人型であればそれは人間だという認識がナナカにはあったのかもしれない。

「それは魔族なんだよ、ナナカ。君はそれと戦わなきゃならない」

「そう……なんだね」

「魔族を人と認識するかはナナカの考えによるけど、殺さなきゃ殺される。結局殺される前に殺さなきゃいけない存在なんだ」

「……わかった。ちょっとこういうの初めて見たから気が動転しちゃっただけ」

「そっか」

 ゴブリンから目をそらし、変わらぬ様子で僕に接してくるナナカだけれど顔色が随分悪い。

 この森を抜けるまでに生きている魔族と出くわしてナナカの実戦経験を早い所積みたかったのだけれど、これでは逆効果かもしれないな。

 僕は転移魔法で最寄りの町へナナカと移動することにして、杖を持ち上げた。

「『移動モーブ』、ラ……」

 移動魔法の呪文を唱えて移動先を言おうとした時、背中を悪寒が走る。

「——っ⁉︎ 防御プライム』‼︎」

 僕は咄嗟の判断で防御魔法を行使した。

 その瞬間、僕らの背後を直径一メロ程の火の玉が襲う。

 僕は、反射的に杖の先を即座に背中へ向けて防御しようとするけれど、唐突な攻撃のおかげで防御は盾の大きさほどの壁ができただけであった。

 火の玉の直撃は防いだものの、火の玉が壁に当たった衝撃で僕は吹き飛ばされる。

「くっ……。『突風エント・アイクト』‼︎」

 僕は正面に近づいてくる木の幹への激突を防ぐべく、その木へ向かって風魔法の一種を使った。

 そして風魔法を発動させるとすぐに後ろにいるナナカに魔法を行使する。

「『空間防御プライム・ラクト』!」

 直後、僕は木の幹に激突した。

 勢いを弱めたといっても相当の勢いでぶつかってしまった為、左肩を強く打っようだ。

 顔からの出血もしていて目に入り、鬱陶しかった。

 だけど、そんなことはどうでもいい。

 あの気配は、確かに『あいつ』の気配……。

「『脚力強化テティア・クラーラ』‼︎」

 僕は力魔法を行使して百メロほど離されたナナカとの距離を一瞬にして縮める。

 元いた場所に戻るとナナカの方は無傷のようで、安心した。

 しかし、すぐ近くに『あいつ』の気配を感じる。

 僕は背中に冷や汗をかいているのを感じながらある一点を見た。

「もう少し出てくるのは後かと思っていたよ」

「フッ、流石と言っておこう。……相変わらずだな。大魔法使いの子供よ」

 やがて、超音波のようにも聞こえる高いのか低いのかよくわからないような声とともに、僕の見ている方向から一人の男が現れる。

 男は怪しく光る鋭い目で僕を射抜いた。

 その男のがっしりとした体の左側はない。

 代わりに途中で途切れている体からに黒い煙のようなものをまとっていた。

 四角張った顔の左側も同じように黒い煙をまとっていたが、顔の原型を保てていない。

 灰色の腰まである髪の毛は腰あたりまで無造作に伸びていて、風になびいている。

 男はクックッとおかしそうに形を保っている右側の口だけを釣り上げて笑った。

「ここまで変わっていないのをみると、あの勇者がまだお前の近くにいるようすら思えてしまうな。……変わったことといえば、貴様の目つきと頭の帽子が消えたことくらいか」

「黙れ、全てはお前のせいだ。——魔王め」

 僕が最後に口にした言葉を聞いて、ナナカが息を飲む。

 僕はナナカに囁いた。

「……ナナカ、その空間より外に出ないでね」

 魔王はボロボロの姿で笑みを深めた。

「いや、あれは貴様自身の実力が足らなかっただけのこと」

「そんな姿で何を強がるんだい? わざわざ殺されに来たとしか思えないね」

「ふっ……貴様が二人目の勇者を召喚したのを感じたのよ。再びあのような面倒事となる前に、その勇者を殺しに来たのだ。……だが、焦る必要はなかったかもしれまいな。貴様、召喚に失敗したのか? まさか、女子おなごを召喚するとは……」

「……彼女を侮らない方がいい、魔王。千年前と同じく痛い目をみるぞ」

 ナナカに何か才能があるのか、そんなことはまだわからないが魔王に言われっぱなしは僕のプライドが許さなかった。

「……とはいえども、君がここを立ち去るというならば僕は深追いしない」

「ふっ、焦りが見えておるぞ、大魔法使いよ」

「その体で僕を倒せるとでも思っているの?」

 僕が鼻で笑うと、魔王は余裕と自信に満ちた笑みを返して来る。

「愚問だな。当たり前だ。貴様はあの時のまま、子供のままだ。そして、一度仲間を失った心の傷は千年経ってもまだ癒えておらぬのだろう?」

「……。君は千年眠っていた。それに、その怪我だ。

どちらが勝つかなんて戦わなくても決まっているんだよ」

「ああ、そうだ。我が勝つに決まっている。我が何故万全の状態で貴様の前に現れなかったのか……。それは勇者を早いうちに殺しておくという目的もあったが……。第一の目的は、貴様と早く渡り合いたかったのだよ、大魔法使い。——千年前の無念、今ここで晴らしてくれる‼︎」

「僕だってこんなの願ってもいない展開さ! ——トオル達の仇、今ここで討つっ‼︎」

 僕と魔王はほぼ同時に地面を蹴り上げた。

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