幻想魔喰いの文官少女
お読みいただきありがとうございます。
ひさびさに短編を書いてみました。
私はラナ・ラジット・カウェル。新任一年目のしがない下級文官である。
自分で言うのはなんだが私は王立学園を優秀な成績で卒業した。てっきり王国中枢の仕事を任されると思っていたが、配属されたのは地方都市オルアンの中でも特に貧しく混沌としているスラムと呼ばれる地区の治安維持・改善に関わる仕事をしている治安守護隊の文官であった。
もちろん文官である私は騎士や兵隊のように直接的武力で治安を守るわけでもなく、主な業務は書類仕事や調査だが、同じく治安守護隊の兵隊たちと街に警邏に出て住民からの法的な相談や、簡単な喧嘩の仲裁などをすることもその職務に入っている。
当初こそこの配属に戸惑ったが、スラムの住人達と交友する中で、世間知らずな私の成長を促すために上が行ったご配慮であったのだと感じ、当時の人事に当たられた方々に深く感謝を述べたいと思っている。
スラムは喧騒と混沌の坩堝である。
治安守護隊の文官は、この街の混乱と暗闇をほんの少し解き照らす法律や地域のルールに基づいて、犯罪や人々の衝突を文化的、平和的に解決する事で秩序を守ることを生業にしている。
「ふざけんな!!ここは俺の縄張りだっ!さっさとどきやがれ!」
「はぁ?言いがかりだろうがっ、どくものかっ!」
警邏を初めてさっそく、よくある露天商同士の場所の取り合いが起きた場面に出くわす。店を出す場所によってその日の売り上げに大きな差が出るのだから彼らも必死なのだろう。
暴力まで行けば治安守護隊の兵隊の出番だが、手は出ていない様なのでここは文官である私の出番であろう。
警邏について来た兵隊達には軽く止められたが、私を女の子として気を使ってくれるのは嬉しくはあるがこれは職務である。
私は言い争う二人の男の元へ近づいていった。
スラムの中でも比較的大きなこの通りで騒ぎが起これば、喧嘩っ早いここらの住人はあっという間に拡大させて暴動にまで発展することもあり危険なのだ。
早く、そして平和的に解決しよう。
「まぁ、まぁ、お二人共少し落ち着いて、ここは往来ですから穏便に・・・」
「なんだテメェは、口出しするなっ!」「黙ってやがれっ!」
「私は治安守備隊の文官、こうした争いを法律や街のルールに基づいて解決する者です。」
「「知るかっ!引っ込んでやがれっ」」
宥めようと間に入った私に、男達は凄い剣幕で二人揃って私に怒鳴りつけた。
「おい、ありゃあ、ラナちゃんじゃないのか?」
「ああ、そうだな・・・」
「今日のこの通りの担当はラナちゃんか、ついてねーな」
「まったくだ」
「しかしあの新参者らも、また凄い剣幕で・・・まー、ここで折れて舐められるのも不味いのもわかるが・・・ラナちゃん、大丈夫かな?」
「どうだろうな?」
遠巻きに見ていたスラムの住人がひそひそ話しを隣に居る者達と話しているのが聴こえてくる。
まずい、地域の人々に余計な心配と不安を与えてしまっている。
早く治めねば!
「ですからこの場合、この通りのルールでは・・・」
「知るかそんなもんっ!」
「お前に話しかけられて損がでた、どうしてくれる!お前が弁償しやがれっ」
「そうだ、俺のところもしろっ!!」
「キャッ」
男の一人がラナの肩を強く押し、ラナは少したたらを踏んだ。
「いけね、今日は店じまいだな」
「・・・だな」
狼藉者の出現に周囲の露天商はソソクサと店を片付けに入り、治安守備隊の兵士達は野次馬を下がらせてその場を開けていく。
しまった・・・!
なんという失態だ!!
小突かれた程度だが、争い事を見た周囲の人は商いを止めて、波が引くように立ち去っていってしまった。
スラムの人達は時に過敏に争いごとに反応する。ここでの商いの成果や商品を楽しみにしている家の者もいるだろう・・・スラムの人達の貴重な生活の糧と楽しみを妨げてしまうとは、私は文官失格なのではないか・・・
なぜこの男達は私が巷説丁寧にこの通りの露天の位置決めのルールを説明したのにも関わらず、全く聴く耳を貸さないのだ。
私の語彙が足りないのか・・・自分自身に憤りを感じる。
「ん!?」
男の1人何やら自分の過ちに気づいたらしく罵りをやめた。どうやらやっと私の言う事を聴いてくれるらしい。
私もここに就任して半年以上の経験を持つのだ。
この手のやり取りにはいい加減耐性がついてきた。
落ち着いて話せば皆わかってくれる事を知っている。
気落ちしそうな心を振い立たせる。
「へっ、なんなら売り上げ分をお前の身体ではらってもらってもいいんだぜ!!」
だがもう1人は止めずに、いやらしいく歪めた顔をして手を向けて最低な提案をしてきた。
彼は私をなんだと思ってるのだろう。
確かに私は他の武官や文官に比べて背も小さく、女性で、威厳もないかもしれない。
だが!
これでも法と秩序の番人として国に仕える文官だ。
そのプライドにかけて時に毅然とした態度をとらないといけないのではないのか。
「・・・・あなたの行為は、民法23条恐喝、同じく313条性的強要に触れる可能性があります!今言った事をすぐに訂正しなさい!」
「あひゃっ・・・」「ひいっ」
そう啖呵を切った私をみる男達の顔はみるみる真っ青になっていく。
あ・・・
またやってしまった。
どうやら私の啖呵は利きすぎるようなのだ。いつも少し怒ると相手はこうなってしまう。
というかもう一人の方には言ってないのにこの態度。
そんなに私の顔は恐ろしく怖いのだと思うと地味に傷つく。
自分ではそこまでひどい顔だとは感じていなかったが、どうやらその考えは改めないといけないらしい。
自分の顔のせいで住民にこんなに驚きと恐怖を与えてしまうなんて不甲斐ない。
冷静さを失った自分自身に大きな憤りを感じる。
「失礼しました・・・その、大丈夫ですか?」
「「はわわわわわわわわわ」」
ああ、私という共通の恐怖を感じる存在に会ったことであんなにいがみ合っていたのにお互い抱き合って私にむかいあっている。
スラムの友情は素晴らしい!
私の事は置いておくとして、やはりスラムの皆さんはとても温かい心をお持ちだ。
「お、お、お助けをっ!」「し、死にたくねぇ!!」
まるで鬼でも見るように私を見つめる男達。
あ、失禁しちゃった・・・
なんとか、そう、なんとか、もう怒っていない事を伝えねば。
「怒ってはいません、私の話、聴いてくれますか?」
「「はひっ、はい、ぜひっ、是非にお聞かせ下さいっ!!」」
その後は、昨今の学生に見せてやりたくなるようなまっすぐな姿勢で男たちは私の話を聞き、実に素直に納得してくれた。
「商売は大切です。でもあまり騒ぎを起こさないようにして下さいね」
「はい、もちろんでさぁ」「もう、これっきりにしやす」
「まるく収まって良かったです。」
「ええ、こいつとはこれから一杯ひっかけてきます!」「ああ、いいね。そうしよう!」
「お二人とも仲良くなってくれて、よかったです」
まるで死線を潜り抜けたような幸せな笑みで二人の男は固く腕を組んで微笑み合っていた。
少しのトラブルはあったけど、今日も平和的な話し合いで、かたがついた。
とても清々しい気分だ。
「ははは・・・それにしてもあなた様は召喚士様なんで?」「そうそう、すばらしい召喚の御業で」
「・・・・・・」
聞き捨てならない単語に私の笑顔は凍りついた。
「こんなの見たことなかったです」「いやー腰を抜かすほどすごかったな!」
「・・・・・・・・」
じろりと男たちの顔を見る。
「「・・・・・・ど・・・・ど、ど、ど、ど、どうか・・しや・・・したか?」」
無言になって見つめる私にそう話かけてきた男たちの額に再び汗がぶわっと浮かび滝のように垂れ落ちる。
「あなたたち、いい年して召喚士なんて眉唾ものの夢物語を信じてるんですか?」
「「い、いや、だって・・・」」
「はぁ、神様?魔物様?それをこの世に召喚する術を使うとかなんとかって人達ですよね。たしかにそんなものが出来て、見えるとか言っちゃっている痛い人もいますけどね。・・・・・・私は信じられません!そう私は自分で見たものしか信じられないんです。おかしいですか?」
「「い、いいえ」」
「っていうか、召喚士?魔法?魔獣?どこにそんなもの居るんですか?私、そういうファンタジーな非現実的なことって聴くのも話すのも大っ嫌いなんですよねぇ、私、現実主義者ですから!」
「「ひいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!お助けをおおおおおおお」」
二人の男の顔は青を通り越して土気色になり、瞬時に土下座をすると地面に額をこすり付けた。
俺はサイモンっていうしがない露天商だ。
今日もいつも通り露天を開いていたら、新参者どおしで怒鳴り合いの口げんかを初めやがった。
まぁ、ここじゃ珍しくもない事だ、商売の邪魔だから、さっさとやめて欲しいと思いつつも、横目でチラリと見る程度だ。
そのうち治安守護隊の連中が来てどうにかするだろう。
ヒートアップして今にも手が出そうなときに一人の少女がやってきた。
別の意味で周りの注目が集まる。
飾りっ気のない地方文官の服装であるが、綺麗に揃えられた黒髪に大きな蒼色の瞳と小柄だが綺麗な姿勢が特徴的な少女で、今も良いが、もう数年で間違いなくとびきりの美人に化けるだろうという逸材であった。
だがそんな事には注目したわけではない。
少女の腕には治安守備隊の文官を示す印が入った腕章が巻いてあった。
確かに官憲に楯突くのはいただけないが、この場末の無法地帯と言って良いようなスラム街の管轄に流れついた文官なんて、どいつもこいつも腐っていて悪態つくのもそんなに問題じゃない。
少女の背後の空間が揺らいだのが見えた。
「くそっ、大問題だ!」
ちきしょう、だから街の暗黙のルールも知らないような新参者は嫌いなんだよ。
心と口で軽く悪態をつくと、すぐさま、しかし刺激しないように静かに商品を仕舞う。周囲の露天商と軽く声を掛け合って撤収し、少し離れた建物の陰から避難しあった仲間の露天商や客の冒険者、そしてなぜか同じように退避した治安守護隊の兵隊たちと事の成り行きを見守ることにした。
「バカが、ラナちゃんを怒らすなんて、空気を読みやがれっ!」
「というか、今日はこの通りの担当はラナちゃんだったかぁ!ついてねぇー!」
「でもラナちゃん怒るのって、あの事以外じゃ自分を責めていることがおおいんだよなぁ」
「ラナちゃん・・・・あれさえなければいい子なんだがなぁ」
そう言い合う露天商仲間たちの目の先で言い争う3人の、いやラナちゃんの背後に異変が起こる。
(「 ΦːːːːːːΦ)「
ラナちゃんの背後の歪んだ空間から変な動物?が出てきた。
スイカ位のその生き物はどこかコミカルだが鋭い牙を持ちギラついた瞳で男を見ていた。
「今回はガブリンか・・・まぁ、軽くすみそうだな」
「いや・・・まて、まさかアレはっ!?」
「どうしたんだい冒険者の旦那?」
「なんてことだ!!アレはブリザードガブリンだ、あいつの瞳で見られたものは全て氷っちまうんだ。普通のガブリンとは討伐レベルじゃ30はちがうぞ」
「そ、そうなんですか・・・でも一匹なら」
冒険者の驚愕を聴いて驚くが、そう言ってみた先にはゆがんだ空間からわらわらと出てくるブリザードガブリンの群れが居た。
「お、一人異常に気が付いたぞ!?」
「だが遅い!もう逃げられねーぞあれは」
(「 ΦːːːːːːΦ)「 シャー(「 ΦːːːːːːΦ)「 シャー(「 ΦːːːːːːΦ)「 シャー(「 ΦːːːːːːΦ)「 シャー(「 ΦːːːːːːΦ)「 シャー(「 ΦːːːːːːΦ)「 シャー
「なんかいっぱいでてきたな・・・」
「あれ、どうなってるんですか?どうしてあんな事が!?」
ここにも一人、新参者がいたようだ。この際、しっかり教育をしておこう。
「おめーは見たことないのか。あれがここらで有名な『幻想魔喰い』のラナちゃんだ。この地区の保安を守る文官の中で断トツで逆らっちゃいけない相手だぞ、覚えておけ。」
「『幻想魔喰い』?召喚士じゃなくて?」
「召喚士とは違う、召喚呪文なんか使わずに感情が高まると召喚と同じような現象が起こる・・・・特に怒りを引き金に魔物やら神獣やらをああして召喚しまくるんだよ。」
「ゴクリ・・・」
とめどなくラナの後ろの空間から湧き出す変な生き物達は明らかに男達に威嚇し、男達はその足元から氷漬けにされていっている。
さらに周囲の家々をも凍らせ始めた。
「あれ、どうするんですか?」
「まぁ結局、勝手な召喚だからか、なんの命令もないからか、わからんがしばらくしたら召喚した魔物も怒って召喚主を襲うんだ・・・でもああなる」
「!?す、すごい」
召喚されたブリザードガブリンは次々とラナに向かって来るが、ラナに触れようとした瞬間、まるで瞬間的に灰になるかのように霞になって消え去っていく。
「どういうわけだか、私達には普通に見えて感じている魔法や魔物、神獣なんて現実もラナ殿には見えても感じておらんのだ。存在してない物からの攻撃に傷つきもしないし、むしろ逆に魔や神獣なんかが触れれば消し飛んでしまう。対魔物・対神獣では最強の存在だ。」
「まじですか・・・」
「だから国も魔王の領地に接しているこんな辺境の街に彼女を送ったって話だ。もっともこの街のお偉方もビビッて中心街から離れたこのスラムの配属にされたようなのだがな。」
「そんなことが・・・でも、それじゃスラムにしてみればいい迷惑じゃないですか!」
近くにいた兵隊が補足した説明を聴いて、その新参者の露天商は憤った。
「だがラナちゃんが街を救ったのも一度や二度じゃねぇ・・・・魔王軍の侵攻を阻み、魔術の暴走を解決し、何万もの魔物の群れを一人で倒したことだってある。」
「それに、ああして召喚した魔物や神獣が斃されたときに落とす素材やアイテムは被害にあった奴が優先してもらえるルールもある。場合によっちゃ、一日の稼ぎどころか1年分の稼ぎにすらなる」
「全部、無自覚だからこそ出来たことだって話もあるから・・・・・・・・・本人は知らないし、知らせないのがこの街のルールなんだよ」
「そうだったんですか」
新参者の露天商も、その話を聴いて納得したようであった。
「それにラナちゃん、可愛いし、素直だし、頑張り屋だ。一部じゃファンクラブもあるこの街のアイドルだ。どちらかというと温かく見守ろうって感じでもあるんだよなぁ」
「そうだな」
「あ、俺もラナちゃんファンクラブに入ってるぜ!」
「ラナちゃん・・・」
うんうんとスラムの住民達は頷く。
そしてラナ達の方を見ると、どうやら少し落ち着いたようだ。
ラナの前で引きつった笑顔で肩を組む哀れな二人の男が見えた。
「落ち着いたか?」
「・・・・・・いや、まだだ・・・あの馬鹿野郎ども・・・禁句を言っちまいやがったよ!きっと召喚士だとかなんとか」
「グ・・・・グレートマザーメタルガブリンだと!伝説級じゃねーか、冗談じゃねぇ!?」
「これはまたさすがにまずいですな、なんとかならないですか兵隊さん達」
「うーむ、どうしたものか。私達には見えて感じているこの現象もラナ殿には見えても感じておらんのだからな。」
「そうそう、ラナ殿には魔法やら魔物やら神さまやら、そこら中に在るものが全然、まったく認識できないものなぁ・・・説明しても『私は現実主義者です』とか言って聴いてくれないし」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「退避だ、退避ぃ!」
「逃げろぉ―!!!!」
スラムの住民達は蜘蛛の子を散らすように散らばっていった。
ズオオオオオオオオオオオ・・・・・・
ゆうに家数軒分はある巨大なガブリンがラナ達の頭上にゆっくり顕現させようとしていた。
今日もスラムは混沌として悲喜交々である。
その中心にいる者の名はラナ・ラジット・カウェル
その者、最強の対魔の力を持ち
その者、無敵の対神の力を持つ
幻想魔喰いの覇者は幾多の戦いに身を置き、その全てにおいて勝利した
無意識に世界を救った勇者
その者の真の姿は只の文官なり。