本日は秋のお菓子など、いかがでしょうか
そのご夫婦は、秋晴れの続くある日にやって来た。
「いらっしゃいませ…」
「いらっしゃいませ! あ! あのときの! 」
夏樹が入ってきた2人に元気よく挨拶したあと、次は嬉しそうな声を出した。
「おう。あのあと、何だっけか、そのー…」
「なんたらシチューディナーよ、ねえ」
「えーと、変則シチュエーションディナーのこと、っすか? 」
「お、それそれ、そのなんたらは成功したのかい? 」
「はい! もうバッチリ決まったっす! その節はありがとうございました! 」
「そいつは良かった」
入り口に立って夏樹とやり取りしているのは、いつぞや、滝ノ上志水さんと、幽霊? にして、そのご主人の弦二郎さんをご招待した際に、ふるまったディナーのレシピを教えてくれたレストランの、親父さんと女将さんだった。
「で、今日はどうされたんすか? 」
夏樹が聞くと、親父さんは何でそんなことを聞くんだと言うような顔で答える。
「そりゃあ、食堂に来て服を買って帰るやつはいないだろう? ランチしに来たんだよ。あんたたちの所で出すランチを、いっぺん食べに来ようと前からコイツと話しててな」
そう言ってあごで隣の女将さんを指すと、うんうん、と彼女も楽しそうに頷いた。
冗談めかして言ってはいるが、わざわざそのために時間を割いて来てくれたことに、夏樹はいたく感激したようだ。
「そうなんすか? ありがとうございます! では、どうぞこちらへ」
元気よく言って2人をカウンターへ案内すると、嬉しそうにメニューを手渡した。
『はるぶすと』のランチは洋風と和風の日替わりのみなので、メニューは毎日、シュウが手書きしている。
親父さんたちはその中身を興味深そうに眺めていたが、ある一点に来ると、親父さんの目が釘付けになった。
女将さんはそれを見て、可笑しそうに笑いながら、
「あんた、この和風ランチってのにする? 」
と聞いたのだが、なぜかググッと答えに詰まった親父さんが、何かを振り払うように言い放った。
「そんなわけねえだろ。洋食屋の俺が和風ランチを頼むわけにはいかねえ。洋風だよ、洋風! 」
すると、目をキラキラさせてオーダーを待っていた夏樹が、あからさまにガックリと肩を落とす。その様子を見た女将さんが、今度は不思議そうに夏樹に聞く。
「どうしたの? お兄さん」
「いや、今日俺は和風ランチの担当なもんで、…あ! いや、でもそれは俺が強制できるもんじゃないし、お客様にはお好きなものを食べて頂きたいし、あは…、あはは」
焦りながら言い訳する夏樹を、可笑しそうに見ていた女将さんが言った。
「じゃあ、あたしは和風ランチにするわ」
「へ? いいんすか? 」
「当たり前よ。あたしは洋食屋の女将だけど、料理してるわけじゃないからね。せっかくだから、あんたの和食、食べてみたいわ」
「ありがとうございます! 」
さっきまでのションボリした雰囲気はどこへやら、夏樹は大張りきりでオーダーを通した。
「和風と洋風、お一つずつです! 」
出てきたワンプレートランチを長いこと眺めたあと、親父さんはようやく箸をつける。そして、ひとくち味わうごとに「うーむ」とか、「おっ?! 」とか、合いの手を入れるのだ。夏樹はその様子をチラチラとうらやましそうに見ていたが、女将さんが、
「けっこうボリュームたっぷりねえ。ねえ、あんた、ちょっと手伝ってよ」
と、和風ランチのプレートを示す。
「しょうがねえなあ」
などと言いつつ、親父さんは和風にも手をつけて、同じように「うむ」、「ああー、」など、こちらも味わいながら合いの手を入れていた。夏樹がちょっぴり嬉しそうにしたのは言うまでもない。
「…ああ、美味かった。ごちそうさまだぜ」
「ほおんと、美味しかったわあ、ごちそうさまー」
2人は満足げにカウンターの中へ声をかける。
「ありがとうございます」
微笑んで答えるシュウたちをあらためて見ながら、親父さんは言った。
「それにしてもあんたたちは、いったいどこで修行したんだい? まったく、ただの喫茶店にしちゃあ出来すぎの料理だぜ」
それには答えず、ただ微笑むだけのシュウと、
「いや、俺の師匠は、この2人っす! 」
と、シュウと冬里の肩を押す夏樹。
「全世界を回ってきましたからね、どこと言われましても」
などと堅苦しく言って、親父さんをあきれさせる冬里。
だが、女将さんの方は冬里の話に興味津々で、身を乗り出して聞いている。
「へえ! 全世界ってさ、どことどこ? あたしは外国旅行なんてしたことないからさー、他の国のこと、教えてよ」
「かしこまりました、では、食後のデザートをご用意して、あちらでたっぷりと」
と、うやうやしく頭を下げる冬里に、シュウがため息を落としながら言った。
「冬里…。今日は洋食担当だよね、このあとのランチはどうするのかな? 」
「あれ? そうだったね。…申し訳ございません奥様。私はまだ仕事がございますので、またの機会と言うことに」
「あはは、いいわよ! あんたたちってほんと面白いねえ」
『はるぶすと』は店を移転したあと、食後のお茶とお菓子は、カウンターの後ろにあるソファ席に場所を移すことになっている。時間に余裕がないときは、そのままカウンターで楽しむことも出来るが、ほとんどが好きな席へ移動して、ゆったりとくつろぐ客ばかりだ。
そのときは、中でも人気の高い、暖炉前のソファがちょうど開いたところだった。
「あら、この席素敵ねえ。ちょっとあんた、ここにしましょ」
女将さんが誘うのを、なぜか心ここにあらずで聞いていた親父さんがあわてて後を追う。どうしたのか、食後のデザートの話が出たあたりから、親父さんの挙動が不審だ。
「うふふ」
そんな旦那さんを可笑しそうに眺めたあと、女将さんは夏樹に何やら目配せする。
「じゃあお願いね」
「はい! 」
いったんカウンターの奥へ引っ込んだ夏樹が、デザートを運んで来る。だが、盆にのっているスイーツは3つ。席にいるのはご夫婦だけだ。
「こいつは? 」
親父さんは、自分の前に置かれたモンブランケーキと和菓子の栗きんとんを、驚いて見つめている。すると女将さんが楽しそうに言い出した。
「あたしが頼んだのよ! あんたって、栗きんとんに目がないくせに、洋食にするっていうからさ。和風にしかつかないんだから、もう一つ追加ってことでね」
ポカンとしながらその話を聞いていた親父さんは、照れたような顔をしながらも、自分の前に置かれた栗きんとんに、目を輝かせている。
何を隠そう、親父さんは栗きんとん(おせちに入っているのではなく、上生菓子の方だ)が大好きで、あちこちの名品を取り寄せて食べ比べするほどなのだそうだ。秋に暇が出来ると、シーズンの栗きんとんを買いに、遠方まで出かけることもあるらしい。
最初にランチのオーダーをすませたあと、女将さんが「ごめんなさいね。お手洗いってどちらかしら」と、席を立ち、夏樹を捕まえて案内させていた。
親父さんはあきれて、「まったく困ったもんだ」などと言っていたが、実はメニューに栗きんとんの名前を見つけた女将さんが、親父さんのためにとコッソリ夏樹に頼んでおいたのだった。
「ありがとよ」
「どう致しまして。けど、かわりにあんたのモンブラン、半分もらっちゃうわよ」
「おお、もってけ」
そのあと、栗きんとんを口にした親父さんが、絶賛の声を上げ。
『はるぶすと』でお出しする栗きんとんは、親父さんの秋の楽しみに加えられたのだった。
第2話にお越し頂き、ありがとうございます。
以前にお世話になった×市のご夫婦と、秋の味覚、栗のお話しです。
著者も栗を使ったお菓子が大好きで、栗きんとんもそうですが、ケーキ屋の前を通るときなど、モンブランの引力にあらがうのが大変です(笑)
このあともミニストーリー続きますので、どうぞごゆるりとお楽しみ下さい。




