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思い出の味

本作での最後の戦いの後の話です。

「もうラウラちゃんなんか知らない!」


 ばたん!と大きな音を立てて閉じられた楓の私室の扉。その前で明らかに動揺して狼狽しているのは、この屋敷の主であるハイエルフの少女だ。まるで精巧な人形のように整った顔と流れるような長い金髪。エルフ種特有の長く伸びた耳も今はその心情を表すかのようにへたり込んでいる。

 まだ幼さを残す体ではあるが、実年齢は決してその見た目通りではない。


「なぁ、私のどこがいけないんだ? 頼むから教えてくれ」

「そんなの自分で考えてよ!」


 まるで溺れる者が伸ばす救いの手の如く、問題の解決のヒントを求める少女だったが、返ってきた答えはとても厳しいものだった。しばらく扉の前で立ち尽くしていた少女だったが、これ以上の進展はないと考えたのか、がっくりと肩を落として重い足取りでその場を離れた。


 少女の名はラウラ=デュメリリー。彼女の名を冠した【デュメリリーの森】の奥地に佇む大きな屋敷の主であり、その森が大部分を占める【魔大陸】はおろか、全世界にその名を轟かせる【ハイエルフ】である。


『世界の悪夢』『暴虐のエルフ』『グルメ魔神』『合法ロリ覇王』等等、本人のあずかり知らぬところで様々な二つ名で呼ばれている彼女は、世界で最も過酷と言われている魔大陸の大森林、デュメリリーの森の頂点に立つハイエルフだ。魔王を配下に持ち、古代竜すら彼女を避けて通るほどの実力者ではあるが、今の彼女の姿はまるで大好きな相手と喧嘩をして落ち込んでいる少女そのものだ。


「どうして楓を怒らせてしまったんだろう?」


 ラウラは自室に戻り椅子に座ってこれまでの状況を思い出していた。

 事の発端は二人で食事をしていた時のことだ。ラウラと楓は日本のことを話していた。

 かつてとある陰謀に巻き込まれ、二人は日本から召喚された。その頃から二人は恋人同士だった。ただし、ラウラは男としてだったが。

 色々あってこの世界で再会し、再び愛し合うようになったのだが、話の途中で楓が怒り出してしまったのだ。


「確かあれは……小さい頃の話をしてたよな」


 二人は幼馴染だった。小さい頃の思い出を話していたのだった。


『私……食べたいものがあるの』


 突然そう言い出した楓に対して、ラウラはついこんなことを言ってしまったのだ。


『好き嫌いは良くないぞ』


 てっきりラウラは出された食事に不満があるのかと思ったのだが、その考えは全くのハズレだったばかりか、楓を怒らせてしまったのだ。一体何が楓の望みだったのかを理解できなかったラウラはずっと考えていた。


「小さい頃の話で食べたいもの……もしかするとアレか?」


 ラウラは長い思考の果てにある結論に行き着いた。そうと決まればもういてもたってもいられなかった。ラウラは愛用の濃緑のローブを纏うと、魔法の鞄を肩から掛けて私室を出た。


「これから外出する。暫く戻らないかもしれないから、楓の面倒をみてくれ」

「「「 わかりました。いってらっしゃいませ 」」」


 屋敷で下働きをしている魔物の娘達にそう告げると、一礼する彼女達を背に森の中へと消えていった。


 ラウラが森に消える様子を、楓は私室の窓から眺めていた。その表情は怒りというよりも、どこか切なそうな色のほうが強いようにも見えた。


「……どうして私の気持ちに気付いてくれないの?」


 森に消える背中に向けて呟かれた言葉には、怒りの色は全く感じられなかった。



    ☆




 鬱蒼とした森の中、奥地へと進むラウラ。その目にははっきりとした決意が見受けられる。その影響か、いつもであれば『森』でも中位から上位の魔物が下剋上を狙って攻撃してくるのだが、今日に限ってはそれすら無かった。もし今のラウラに攻撃しようものなら、間違いなく己の存在を抹消されてしまう。そんな未来を敏感に感じ取ったからこそ、皆ラウラの姿を視認した瞬間に脱兎の如く逃げ出していたのだ。


「きっとアレを再現できれば……楓の機嫌も直るはずだ」


 ラウラは目的のものを求めて森の奥地へと進む。目的はある植物だ。植物であれば『森』での農業を取り仕切っているメアリに頼むのだが、実はラウラの求めている植物のとある品種だけはまだ実現できないでいた。そしてそれが『森』の最奥にあることをラウラは偶然知ったのだ。


「確かこのあたりにあったはず……あった、これだ」


 場所は精霊樹のそびえる『森』の最深部、かつてラウラが死闘を繰り広げた場所だ。精霊樹の陰に隠れるように生えているその植物は、精霊樹の影響を受けてか力強く繁茂していた。それを見つけたラウラはその茎を掴むと……力任せに引き千切った。あまりにも信じられない行為だが、今のラウラにとって葉や茎は不必要なものだった。


「うまく育っていればいいんだが……」


 ラウラは残った茎の根元を優しく掘り起こす。まるでそこに宝物でも眠っているかのように、細心の注意を払ってゆっくりと掘り起こしていく。そして……


「あった! これだ! これがあれば!」


 ラウラの掘り起こした場所には、歪な球形をした何かがあった。それは今のラウラにとっては間違いなく宝物に等しい価値のあるものがあった。


「これさえあれば……アレが作れる!」


 ラウラが見つけたもの、それは馬鈴薯によく似た植物だった。

 実を言うと、ジャガイモはメアリも栽培していた。しかし、そのジャガイモではラウラの望んだものを作ることが出来なかった。

 では何故メアリはこの植物を栽培していないのか、それはこの場所が特殊だからだ。

『森』の最奥など、ラウラを含めてほんの一握りしか到達できない。メアリでは独りで近寄ることすらできない。そのため、栽培に必要な種イモを手に入れることができないのだ。しかも、このイモは成長に異常なほどに魔力を必要とする。それに適した場所がここしか無いのだ。


 ほくほく顔でジャガイモを鞄に詰め込むラウラ。その頭の中には次に手に入れるべきものが既に思い描かれていた。ある程度の量を確保したラウラは、次に確保するものにむけて歩き出した。



   ☆



「ぶきぃーーーー!」

「これで楽にしてやる!」


 大型の獣の断末魔が『森』の半ばほどに響き渡る。そして地響きを立てて崩れ落ちるその巨体を少し離れた場所から見つめるラウラ。周囲にはむせ返るような血の臭いが漂う。その獣は【ジャイアントボア】という超巨大な猪の魔物だ。その大きさは学校の体育館くらいの大きさを誇り、古代竜たちがよく食べている魔物だ。ラウラは以前、その肉を譲ってもらい、その味に惚れこんでいた。

 首筋の動脈を魔法で斬り裂かれ、大量の出血をしながら倒れた魔物からは、滝のように血が流れている。


「これだけやれば血抜きも出来て手間が省けるだろう。さて、解体するか」

『あまり荒らさないでほしいんだけど』


 ラウラが声のしたほうを見ると、この場所にそぐわない真紅のドレスを着た真っ赤な髪の女性が佇んでいた。だがその視線はラウラではなく、倒れている魔物に釘付けになっていた。


「ああ、すまない。ちょっとばかりこいつが必要になってな。お詫びというわけではないが、残りはお前にやるよ、ルビー」

『残り? ほとんど残らないんじゃないの?』

「心配するな、お前の好きな内臓と脳みそは不要だ」

『本当? それなら許してあげてもいいわ』


 声をかけてきたのはこの一帯を縄張りとしている古代竜のルビーだ。紅玉竜という希少種である彼女はラウラからこのあたりを任されている。そして……ジャイアントボアが大好物だった。



「このあたりと……それからこのへんも貰うか。あとは……まぁこんなもんか」

『本当にいいの? 遠慮なく貰うけど』

「ああ、これだけあれば十分だ」


 必要な分を切り取って鞄にしまったラウラは、既に人化を解いて涎を垂らしているルビーに声をかける。ルビーはもうボアから目を離すことができなくなっていた。


『ねぇ、食べていいでしょ? ね? ね?』

「ああ、好きにしてくれ」


 ラウラがその場を離れるよりも早く、ルビーはボアにかぶりつく。その味に感動の咆哮を上げるルビーに背を向けると、ラウラは屋敷へと転移する準備を整えた。


「これで必要なものは手に入った。待ってろよ、楓」


 強い意思の込められた呟きを残し、ラウラの姿は消えていった。



    ☆



「さて、これからが本番だ。失敗は許されん」


 屋敷に戻るなり厨房に籠ったラウラの目の前には、山のように積まれた白っぽい何か。その正体は【ジャイアントボアの背脂】だった。何故こんなものが大量に必要だったのか、それはこれからラウラが作ろうとするものに絶対に必要だからだ。


「あの肉の味なら、相当上質な【ラード】が出来るはずだ」


 平たい大きな鍋を用意したラウラは、背脂をサイコロ状に刻むとそこに放り込んでいく。刻んだ全てをそこに入れると、背脂が隠れるくらいの水を入れて蓋をすると弱火にかけた。その間にラウラはジャガイモの調理にとりかかる。

 ジャガイモを洗い、別に用意した鍋に入れてしっかりと茹で上げる。ラードの状態を見ながら肉と玉ねぎを刻み、フライパンで炒めながら塩コショーで味を整える。それが終わる頃に丁度茹で上がったジャガイモの皮を熱いうちに剥くと、粗く潰してから肉と混ぜ合わせた。


「そろそろラードもいい頃だろう」


 鍋の蓋を取ると、既に水は全て蒸発しており透明な琥珀色の油の上に小さな無数の欠片が浮かんでいた。


「よし、これなら上質の揚げ物が出来るぞ」


 ここまでくればラウラが何をしようとしているのかわかるだろう。ラウラが作ろうとしているのは【コロッケ】だ。それも、【肉屋さんのコロッケ】だ。そのためにラードを作っているのだ。上質のラードで揚げたフライ類は味が格段に上がる。ラウラが再現しようとしてるのは、幼い頃、商店街の肉屋で一つのコロッケを分け合って食べた記憶に基づいたものだ。


 浮かんでいる欠片を掬い取り、ラードを綺麗にしてからコロッケ作りを再開する。出来たタネに先ほどの欠片をさらに刻んで少量加える。これは【肉天カス】と呼ばれるもので、色々な料理に少量加えると味にコクが出るという万能食材だ。


「よし、あとは衣をつけて揚げるだけだ」


 既に厨房はかなりの熱気が充満している。当然ながらラウラも汗だくになっているが、その表情に辛さは見られない。それどころかうっすらと笑みすら浮かべている。これから出来上がるものに対する期待の表れだった。




     ☆




「あーあ、こんなんじゃ本当にラウラちゃんに嫌われちゃう。ラウラちゃんがそっちのほうは鈍感だって知ってたはずなのに……」


 楓は自室のベッドに身体を投げ出したまま、自分の言動を後悔していた。ラウラが恋愛の機微に疎いことなど当然理解していた。これまでずっと戦いの中にいた者が恋愛などに時間を割くことなど出来るはずもない。自分がラウラと共に生きることを決めたのなら、そういう一面も受け入れなくてはならなかったのだが、それを拒否してしまったのだ。


 くぅぅぅ~


「やだ! なんで? ……でもいい匂い」


 鳴ってしまった自分の腹を押さえて赤面する楓。しかしその原因を作ったであろう香りについうっとりとしてしまう。こちらの世界では絶対にありえない、懐かしい商店街の夕方によく嗅いだことのある食欲をそそる匂い。何故そんなものが……という疑問は浮かばなかった。


「ラウラちゃん……」


 恐らくは喧嘩になったときに話していた内容から考えたのだろう。それが当たっているかどうかは別として、何かアクションを起こしてくれたことが嬉しかった。それに比べて自分はどうだろうと考えると気持ちが暗くなる。

 ただ我儘を通すことだけしかできない自分は何なのかと。いつも護られて、それに甘えるだけの自分。それしか出来ないのであれば素直に享受していればいいものを、自分勝手に反発してしまう。それが大好きな人を傷つけてしまうという事実。


「本当、私って駄目だね。よし、ラウラちゃんに謝ろう」


 楓はベッドから起き上がると、小さく気合を入れて部屋を出る。途端に鼻腔をくすぐる暴力的ないい匂いに襲われる。


 ぐぅぅぅ~


 考えてみれば、喧嘩をして私室に籠ってから食事を摂っていないことに気付く。それを教えてくれたのが更なる主張をし始めた腹の音だということに少々情けなくも感じたが、まずはラウラがいるであろう厨房に向かった。



     ☆




「ラウラちゃん! ごめんなさい!」


 厨房の扉を開けるなり、頭を下げて謝罪する楓だったが、そこは既に無人と化した厨房だった。しかし、完全無人の厨房の調理台の上に、あるものが置かれていた。


『屋根の上で待つ』


 ラウラの筆跡で書かれたメモを見つけて溜息をつく楓。何故わざわざそんな場所を選ぶのか意味がわからない。しかし今はそれに従うしかない。もしかしたら悪い方向に話が進んでしまうのかもしれない。愛想をつかされてしまうのかもしれない。


「でも、私の気持ちは伝えないと……」


 楓は強い意志を持って屋根へと向かう。






 屋敷は『森』の木々から頭一つ高く建てられており、周囲を見渡すことができる。今は夕暮れ時、周囲の木々が夕陽の茜色に染められて幻想的な光景を作り出している。

 そしてそこに溶け込むように座っているハイエルフの少女。長い金髪が夕陽を受けてきらきらと輝くその姿につい目が奪われてしまう。


「おう、来たか。まぁ座れよ」


 ラウラの表情はいつもと変わらずだ。それゆえに読めなかった。なので楓は素直に従うことにした。ラウラの隣に座ると、ラウラが鞄から紙に包まれた茶色い何かを取り出した。それを二つに割ると、片方を楓に向けた。


「ほら、昔よく二人で食べただろう?」

「あ……」


 それは二人がまだ小学生くらいだったころ、学校帰りの商店街でよく買い食いした記憶。顔馴染みの肉屋で揚げたてのコロッケをいつも二人で半分こして食べた懐かしい記憶。


 手渡されたコロッケを一口食べると、懐かしい味が口いっぱいに広がる。いや、このコロッケはそれ以上に美味しかった。何故ならラウラの愛情がこれでもかというくらいに籠っているのだから。


「なぁ楓、要望があったらなんでも言ってくれ。私はずっと戦いばかりでそのあたりが疎いんだ。直さなきゃいけないと自分でもわかってるんだがな……」


 ラウラのどこか自嘲めいた笑みとその言葉に、楓の感情はもう抑えが利かなかった。ぼろぼろと零れる涙は留まることを知らず、ラウラに抱きついてひたすら泣いた。ラウラは最初こそ驚いていたが、優しく楓を抱き締めると、楓が泣き止むまでずっとその頭を撫でていた。




「ふぅ、お腹いっぱいだよ。でもすっごく美味しかった」

「まぁな、メアリのところのジャガイモはメークインっぽかったから、煮込み料理にはいいがコロッケには適さなかったんだ。幸い、精霊樹の傍に自生してたイモが男爵イモそっくりだったんだよ」

「ふーん、色々あるんだね」


 たくさんのコロッケで満腹になった楓は相変わらず食べることに関しては妥協のないラウラの言葉に感心した。

 もちろんメークインでもコロッケには出来るが、ほくほくとした食感を出すには男爵系のジャガイモが適している。そのあたりの拘りは流石ラウラというほかない。だが、ラウラはここで一つ重大な事実を忘れていた。


 今回使ったジャガイモは、精霊樹の影響で多量の魔力を含んでいた。当然ながらそれを摂食すればその魔力を体内に取り込むこととなる。


「ねぇ、ラウラちゃん。私、なんだかすごく身体が熱いんだけど」

「そうか? 私はそうでもないが」


 既に魔神としての力を持っているラウラにとってはそのくらいの魔力など微々たるものだが、まだ悪魔族としての身体を得てからそんなに経過していない楓にとては、急激に増えた魔力の制御を出来ていなかった。


「ねぇ、私、食べたいものがあるんだけど……」

「ん? デザートか? ちょっと待って……むぎゅ!」

「私ね……ラウラちゃんがたべたいなぁ……」


 いきなりラウラを抱き締める楓。ラウラも楓に危害を加えることができず、そのまま身を任せるしかなかった。

 楓にとって制御できない魔力はその願望を実現させるためのエネルギーになっていた。そして楓の不満こそ……


「だってラウラちゃん、いつも忙しいって夜の相手してくれないし……でも、今日はいっぱい相手してもらうからね」


 ラウラを軽々と抱え上げた楓は漆黒の翼を広げると、夕闇の空へと飛び立つ。そして自室の窓からベッドにダイブすると、全ての入り口を封印する。その顔は既にいつもの少女の顔から妖艶な【魔王】としての顔になっていた。


「お願いだから……優しくしてくれ」


 最早受け入れるしかないと覚悟を決めたラウラは、それだけ言うのが精一杯だった。





 そして翌朝、屋敷の下働きの魔物達が見たのは、異様なほどにスッキリした表情の楓と、腰をさすりながらよたよたと歩く、表情は疲れているがその顔はやけに艶々しているラウラの姿だった。

 その様子に、様々な憶測が流れ、しばらくの間は屋敷の下働きたちは二人を見るたびに顔を赤らめたり、創作意欲に火がついたりするものが続出したらしい。

非リア願望週間参加作品です。

タグは「願い」「相思相愛」「コロッケ」です。

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