点火装置
「今日はここらで野宿をするかのう」
夕闇の明星が見えだした頃、アミーラは荷物袋の中から彼女の小さな手の中に納まるほどの小さな小箱を取り出した。
「これはな。サク。小さな火種を封印した魔法の品でな。まぁこんな便利な物はニホンなどという三等国家にはないだろうな。こうやってこするとだな」
アミーラは棒を箱から取り出すと横でこすってみせた。
しかし、なにもおこらなかった。
「この、魔法の品をだな」
アミーラは魔法の棒をこすってみせた。
しかし、なにもおこらなかった。
「この、棒をだな」
アミーラは先端に赤い物体がついた木の棒を箱の側面でこすってみせた。
しかし、なにもおこらなかった。
「アミーラさん。ちょっとそれ貸してもらっていいかな?」
アミーラは作治に魔法の小箱を手渡した。
作治は小箱をひっくり返す。小箱は側面の片方が真っ白。もう片方が茶色い絵の具のような物で塗装されていた。
迷わず茶色い方で赤い棒をシュッ、とこする。
棒の先端に小さな炎が宿る。作治はその炎で枯草に火をつけた。
どうやら頭薬に側薬を擦りつけないと発火しないタイプの安全マッチらしい。自然発火もしないし、製造過程で毒素が出ることも少ないだろう。
「たかが枯草に火をつけることができたくらいでいい気になるな、この三等民族がっ!よいか、お主が火種の魔法が使えたのはお主の実力ではないっ!!この魔法の品のおかげだという事を忘れるでないぞっ!!」
「うん。凄いのはこのマッチだ。僕の実力じゃあない。そういえばこのマッチのたくさんはいった木箱がお店にあったね」
「ふ、ふふん。気づいておったか。三等民族の分際でやるではないか。これは妾が開く店の目玉商品なのだ」
「マッチが?」
「火種をつける道具ならば冒険者でなくても、街の住人でも買い求める。炊事をする時などにな。それに最近火打石が値上がりしておるのだ」
「火打石?なんでそんなものが?」
「おそらくは投機目的だな。よく考えたものだ。小麦などの生活必需品を買い占めれば食料品が一気に値上がりし、困窮した民衆が穀物問屋を即座に叩き壊しに行くであろう。戦争も、凶作でもないのに麦が値上がりすれば、攻撃目標がえらくわかりやすいからのう。その点火打石ならばそれなりに使う割には、なくても飢え死にするものが出る、という代物でもない。買占めを図るには都合がいいわけじゃな。が、そうはいかん」
アミーラは再びマッチに火をつける。あ、今度はちゃんと側薬のついている方でこすっている。すぐに火がついた。
「今、火打石の値段は元々銅貨で4、5枚だった。それが今では一つ金貨一枚。そこでだ。妾がこのマッチを一箱銀貨一枚で売る。火打石より遥かに使いやすいし、使い捨ての消耗品だからリピーターがついて何度でも売れるぞ。これで妾は大金持ちだ!」
「たかがマッチをそんなに高値で売りつけていいのかな・・・」
「売れなかったなら値段を下げればよいのだ。元々仕入れ値より遥かに高い売価を設定しておる。相手が欲しがりそうな顔ならば元値の10倍で、そんなに欲しくなさそうな顔ならば半額で売ればよいのだ!」
「どっかでそんな商人にあった気がするが、一体どこだったろうか?」
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人は闇を嫌い、闇を削り、火を造り、明りを造って生きてきた。らしい。明りを取るために、暖を取るために、危険な野生動物を避けるためにも火は欠かせない。
その職業的性質上野営する機会の多い冒険者にとって、火をつけるための道具は必携品と言える。
火をつける道具といえば100円ライターがお馴染みではあるが、長きに渡るアメリカの経済制裁に喘ぐキューバでは捨てずに何度でも使用する。ライター修理工という専門の職業がある。しかも国の免許がいる仕事である。
ファンタジー世界では火打石を用いて火種をつけるのが一般的である。枯葉、枯草、おが屑などを着火剤にして火をつける。さらにその炎を薪などに移して大きくするのだ。
石英をはじめとする石を叩きつけて火をつける方法は相当古くから、おそらくは人類創世の頃には行われていたのだろう。石器時代にはもう使われていたそうだ。ヨーロッパ、カッセル地方。湖の底の遺跡から当時の火打石が発見されている。
古ぅ~いTRPGには火おこし弓という道具が存在した。木材と糸を組み合わせて作られた道具で、摩擦熱を利用して炎を起こすのである。だが、構造上壊れやすく大変かさばり持ち運びに不便なので、火打ち石との市場競争に普通に負けた。
火をつける道具がなければ食べ物を煮炊きすることができない。モンスターを仕留めても、生肉では食べられないではないだろう。
真っ暗な迷宮の中でランタンや松明に火を灯すことができず、迷った挙句に怪物に食い殺される。或いは生肉を握りしめたまま、焼いて食べてスタミナを回復する事ができずにそのまま餓死。そんな哀れな末路は迎えたくないものでものである。