水と食料
作治はアミーラの操る荷車に揺られ、農道を北へと進んでいく。
だいぶ情けないような気もするが致し方なし。作治は自転車には乗れるが、馬には乗れぬのだ。
膝丈くらいまでに伸びた麦穂畑を進んでいくと、道端にそれが倒れていた。
白骨死体と、すっかり干からびたミイラ状の遺体。
元は冒険者だったのだろう。まだ錆びついてもいない、比較的新しい武器と防具を身に着けたまま亡くなっている。
「ねぇアミーラさん。あれって」
「うむ。かつて冒険者だった者の成れの果てだ。さて始めるか」
言いながらアミーラはフランドル衣装のスカートからベルギー製P-90自動拳銃にに似た物を取り出すと、それで白骨死体の頭蓋骨を撃ちぬいた。
続いてクロスボウを取り出し、ミイラの腕を吹き飛ばす。
「それはないと思うなぁ」
「これだから素人は困るのだ。もしアンデッドモンスターだったならどうするのだ。仮にスケルトンやゾンビなら、死んだふりして襲ってくる事も考えられるであろう」
それらが間違いなく単なる死体であることを確認したアミーラは、白骨死体とそれらが身に着けていた武具をまとめて作治の乗る荷台に放り込む。
「ちょっ、なにするんだよっ!!」
「なにって・・・死体を持ち帰って弔ってやるのだ」
「え?!」
「やれやれ。ニホンは筋金入りの三等国家だな。我こそ魔王討伐の勇者たらん。そう思うて旅立つ冒険者は多い。だが途中でこうして力尽きる者はそれに比例にして多くてのう。それゆえ妾のような善良な市民がその遺骸を持ち帰り、復活の儀式を執り行ってやらねばならん」
「・・・毎度毎度ありがとうございます。いつもお世話になっております」
作治は深々と頭を下げた。
「さて、そろそろ昼飯にするかのう」
アミーラは丸いパンを取り出すと、半分にちぎって片方を作治に渡した。
「昼飯?昼飯って?こんな死体のある場所だよ?!」
「なにを驚いておる貴様も魔法学科の生徒であろう」
「普通学科です」
「妾は魔法の行使は不得手だが、感知は特異でな。近くに魔の物の気配はない。このあたりは見晴らしもよいし、食事をとるには丁度いい」
「そんな。この冒険者達を殺した凶悪な化け物がこの付近にいるはずにいるはずじゃ」
作治はそういって心配そうに穏やかな田園風景を見渡す。
「その心配はないな」
アミーラは白骨死体の、腕だか脚だかの骨の一本を拾い上げ、作治に突きつける。
「これを見るがよい。どこにもかじられた跡がないであろう」
「ないね」
「剣にも刃こぼれなく、鎧にも傷一つない。おそらくこやつらの死因は餓死だ」
「餓死?!こんな麦畑の真ん中で?!!」
「お主のような、ニホンから来たとかいう冒険者に非常に多い死因でな。どういうわけだか魔王討伐の勇者は飲まず食わずで何十日も旅を続けられると勘違いしておる節があるのだ。街で武器と防具をきちんと買いそろえる者は多いが、水と食料を持たずに出立する者がまっこと至極に多くてな。結果この通りだ」
そして骨で脳みそのなくなってしまった空っぽの頭蓋骨をこんこん、と叩く。
「なんでそんなに日本人を馬鹿にすんだよ!そもそもその冒険者が日本人だって言う証拠はあるのかよ!白骨死体だぞ」
アミーラは黙って一枚の紙切れを前に突き出した。作治にはこの世界の文字は読めない。が、一番下だけ判別可能な部分があった。
『森村聡』
明らかな日本語で、サインがしてあった。
「こやつが持っておった。冒険者ギルドの免許証だ。持参して蘇生措置を行うと成否に関わらず報奨金がもらえる。まぁ死体の状態からしてまず失敗するであろうがな」
「・・・・・・・・」
「そういう渋い顔をするでない。サクも魔法学科の生徒ならば死肉の腐敗臭漂う迷宮内で食事ができるほど図太い神経にならねばな」
そしてアミーラは木製のコップに注いだミルクに口をつける。
仕方がない。確かにアミーラの言うとおりだ。餓死はごめんだし、白骨ならば腐った死体の臭いもしない。青空の太陽の下、作治は少し早目の昼食をとることにし、パンを口にしようとした。
だが、寸前で再び思いとどまる。
「ちょっと待って。アミーラさん。その牛乳どっから出したの?買い置きはなかったはずだし、街を出るときどこにもお店には寄っていかなかったはずだよね?」
アミーラはミルクを飲みながら黙ってある方向を指さす。
作治が乗ってきた荷車を牽いてきた乳牛が、道端のエンバクをおいしそうに食む姿がそこにはあった。
なお、アミーラも作治も気づいていないことがある。この『ニホンジン』の冒険者達の直接死因は餓死ではなかった。
食料を持たずに旅立った彼らは旅の途中で途中で当然ながら空腹に見舞われる。
日本と違って道沿いにコンビニなどあろうはずもなく、比較的平穏なこの地域では凶悪なモンスターなど出没しない。
つまり、生き物を狩って焼いて食う。ということができなかったのだ。
飢餓感に堪り兼ねた彼らはあろうことか畑に実っていたエンバクを生のまま食してしまい、食中毒を起こし、そして死んでしまった。
人間の胃袋は穀物を生で消化できるようにはできていないのだ。
白骨死体では死亡原因の究明が困難な場合が実に多い。
なお、死者蘇生の儀式は案の定見事に失敗したため、この事実をアミーラ達は知らないまま残りの生涯を(そこの食中毒で亡くなったニホンジンよりもおそらく長いであろう)過ごすことになる。
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コンピュータRPGでないがしろにされていることのひとつに、食事というものがある。
コンピュータの前に座るプレイヤーはジュースやらスナック菓子やらをつまみながら何時間もゲームを続けるのにも関わらず、ゲーム内のキャラクター達は飲まず食わずで何か月も冒険の旅を続けることがしばしばある。
なぜこのようなことになるかといえばプレイの利便性を追求した結果なのだ。
水着姿の女指揮官の後ろに、全身鎧をまとった騎馬兵が行軍するアニメがあったとしよう。
君たち水と食料はどうするんだい?と疑問を浮かべてしまう。
ロバは百五十kg。馬は百七十kg。ラクダなら二百五十kgの荷物が積めるらしい。
だが全身金属鎧の重量は約百キロ。人間の体重を五十キロ。
人間は一日最低二リットルの水を必要とするらしい。二十リットル積んだとして、十日分。もちろん水を入れる容器の重さは含まない。
もちろん、ロバだの馬だのは生物だから、彼らも水を飲む。ラクダはコブがあるから乾燥に強い?とんでもない。砂漠ならば熱と渇きでもっと水を消費するだろう。
更なる問題は保存容器で、ファンタジー世界にはペットボトルだの缶ジュースだのは存在しない。
そりゃあ、すね毛のないホストが高級車に乗って恐竜の隣でバーヴェキューしているようなファイナルなファンタジー世界ならば缶ビールがあるかもしれないが、それはあくまでも終末幻想であって、中世風ファンタジーじゃあないだろう。
牛乳、オレンジジュースなどは基本的に無理である。街中のレストランならともかく、数日から数週間の旅では冷蔵庫がないので鮮度が保てない。水、もしくはワインやエール(ファンタジー世界といえばこれだ)などのアルコール飲料を皮袋に入れて持ち歩くのが普通である。
もしかすると冒険者ギルド併設の酒場で飲んだくれている連中は、ただ飲んでいるのではなくアルコールに対する耐性をつけていざというとき酔っぱらって剣が振れない、そんな事のないよう修行しているのかもしれない。なんて勤勉な人たちなんだろう。
食料に関してだが、中世世界には歴史的に携帯食料というものは存在しない。
一、二日に行動する分には、例えば水戸黄門のようにその日の昼食をおにぎりとたくあんの形にして持ち歩けばいい。西洋ならパンとチーズだろう。
大規模な戦争の場合、信長のシェフでやったように鍋釜を持ち歩いて一度に数人~数十人分を一気に造ってしまった方が効率がいい。ファンタジー世界でも同様だ。
実在の歴史には「僕は高校二年生の日帝軍人です。たった一人で南京市民三十万人を街ごと吹き飛ばせますよ(ドヤァ)」などというやつはいなかったのだから。