交易所
イスカンドリアの街の東側。港にほど近い通り沿いにその建物はあった。
大きな倉庫と馬車を留める建物が併設されたレンガ造りの三階建の立派な建物である。
入り口付近からはコーヒーと酒類と果実を混ぜたような薫りが漂っている。
「いい匂いだね?レストランかい?」
作治は尋ねた。
「勘違いするのは無理もないな。まぁニホンなどという三等国家は貿易などという概念自体存在しないであろうからわからなくても気に病むことはない。ここはイスカンドリア・コンパーネの交易所だ」
「交易所?」
「妾が店を開くにあたってどうしても手に入れなければならないものがあってな。ここの人間に用があるのだ」
入り口の扉をくぐると、酒場か喫茶店か、あるいは食堂のような雰囲気だ。
トカゲだのゾウだの山ハリネズミだのが人間の商人相手にトコロテンだのバナナだのサボテン酒だのを薦めている。
アミーラは彼らを無視して広間の奥にある階段を登ると、二階の通路の中ほどある部屋に真っ直ぐ向かい、いきなりドアを開けて入り、その部屋の椅子に座った。
部屋には机に向かって書類書きをしている男がいた。
「ノックくらいしてほしいものですが」
「部屋に女を連れ込んでいるなら街中の者に知らせてやるから心配するな。そんな事よりお主に用意してもらいたい物があってな」
机の前に座っている男性は入り口付近にいる作治に一度目をやってから、書類整理をそのまま続ける。
「入り口の魔法学科の生徒さんもどうぞ。空いている椅子にお座り下さい」
「普通学科です」
「サクだ。ニホンから来たそうだぞ」
「そうですか。私はルカ・パッショリと申します。アミーラさんのお守りは大変でしょう?」
「ええ。まぁ」
適当に挨拶をしながらも作治はアミーラの隣に席を用意して座る。
「それでは本日の御要り用品はなんでしょうか。お金さえ用立てて頂ければ狼の毛皮から香辛料の胡椒までなんでも御用立ていたしますよ。こんな小さな建物でもコンパーネ(会社)はコンパーネ(会社)なのですから」
「お主の商会にいる者で、薬剤師の資格を持つ者を一人」
アミーラがパッショリに注文したのは、実に奇妙な商品(?)だった。
「薬剤師。アミーラさんなんだよそれ?」
作治は予想だにしない注文に驚く。仕入れに来たのだからてっきり何らかの商品、異国の産物か何かを取り寄せてほしいと頼みに来たのだと思ったのだ。
その疑惑にパッショリが答えてくれた。
「サクさん。貴方は魔法学科の生徒のようですが」
「普通学科です」
「貴方が冒険者として旅立つ際、道具屋でまず。何を買うと思いますか?」
そのパッショリの質問に、作治は自分が日本の自分の部屋、スーファミで、プレステで、あるいはパソコンでやったであろう経験を踏まえて返答を返す。
「とりあえず、傷を治すために薬草。かなぁ」
「はい。ですから薬事法制定により医薬品及び指定劇物の販売には薬剤師の常駐が必要となりました」
「や、薬事法??!!」
「サクさん。貴方は冒険者ギルドの求人広告で『薬剤師募集』というのを見た事はございませんか?」
「うーん。そういえばよく見たような。みなかったような」
そこらへんの記憶は曖昧である。ていうか作治はこの世界の文字など読めないではないか。
「薬剤師がいなければ道具屋は薬草類を一切販売することができません。従って道具屋は薬剤師資格保有者の確保が急務となり、慢性的に薬剤師技能を持つ冒険者が不足しているのです」
「しかし、なぜそんな事が?」
「理由は主に二つありまして。過当競争防止ですね」
「下等?」
「実は以前、正規の道具店の店舗前で薬草などの回復薬の無許可露店販売を行う冒険者が多数現れ問題になったことがありまして。これは明らかな営業妨害であり、また極めて反社会的な威力業務妨害活動と言わざる終えません。ですが、冒険者の中には武芸の才覚に恵まれず、薬草販売が唯一の生活手段という者も少なくありません。そこで妥協点を見出すことになりました」
「妥協点?」
「簡単ですよ。そんなに薬草が売りたければ彼らを冒険者ではなく、道具屋の店員として薬草を販売してもらえばいい。『元』冒険者は安定した収入が見込めるし、道具屋は潰れる心配がなくなる。もっとも最大のメリットはそこではありませんが」
「というと?」
「国が税金を取りやすくなります」
「それ、メリットなの?」
「役人というのは税金が取れそうな仕事であればびっくりするくらい真面目に働く者でしてね。まぁサクさんの故郷、ニホン、でしたっけ?そこでは事情は違うかもしれませんけどねぇ」
パッショリは苦い微笑みをしながらそう言った。
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交易所とは都市間の貿易を行う大規模施設である。
大量の荷物を扱うため、主に街の中心部の大きな路地、港の近くといった場所に建てられる。
小さな町や村では大きな商人或は地元領主の屋敷がそのまま交易所として使用される。
交易所の施設としては大量の商品を保管しておくための大きな倉庫。
荷馬車や貨物船から降ろされた商品を仕分けるための荷捌き場。
取引帳簿をつけるための事務室。商談をするための応接間などがある。
荷物を荷卸しするために大量の人足がいるだろうし、交易商人と街の小売り商人が値段交渉している様子を税務署から来た役人が密かに監視しているかもしれない。
交易所は冒険の舞台としては使いやすい部類に入る。
ファンタジー世界は一般に治安が悪く、街道を盗賊が跋扈している他、モンスターの脅威もある。
『腕の立つ冒険者募集。襲撃のあるなしに関わらず報酬は出ます』という護衛を求める求人広告はどの街の広場でも見られるのではないか。
また冒険者である主人公自身が交易をしながら旅をするというのも考えられる。
大酒のみのまるで狼のような娘と共に荷物を期限内に届けるため、近道の山林を山賊の追跡を避わしながら疾走するのだ。
また悪徳商人達が御禁制の品々を取引し、それを主人公が阻止するというのも考えられる。
奴隷、麻薬、敵対国家に対する武器の密輸、隣国の領海や領土に侵入して特産物を盗んで自国に持ち帰って売るなどが考えられる。
このほかに情報源としても考えられる。普通に商人たちに聞いて回ってもいいし、それとなく帳簿を見せてもらうだけでもいい。
たとえば、不自然に武器防具を買い漁っている国があるのならば、その国が戦争を始める準備をしているとは考えられないのだろうか。