民家
イスカンドリアは南北西を高い城壁に囲まれた都市である。
じゃあ東はどうなっているかといえば湖である。大規模な軍勢が攻めてくることはまずあり得ない。
それ以前に交易都市という性質上、明確な賞金首か市内で騒乱を起こすような者以外は基本市門を素通りだ。もちろん昼間の間に限った話だが。
「と、いうことはつまりどういうことだかわかるかサク?」
「はいアミーラ先生。質問の意味自体がわかりません」
メイフラワーハウスのすぐ隣の空き家に呼び出された作治は素直に聞いた。空き家なので当然床には埃が薄く積もっており、カマドには蜘蛛の巣がはっている。
「ということは、冒険者や旅行者。商人が通ってくるのはもちろんだが、各種無宿者や犯罪者の類が流入してくることも十二分に考えられるのだ。というか、そういうことを完全に防ぐことは無理だな」
「まぁ100パーセントとめろ、というのは現実的じゃあないでしょうね」
もともとは民家だったのだろう。木造二階建て。調理用のかまどは蜘蛛の巣がはっており、食材を入れておくための棚は片方の木戸が壊れて外れてしまっている。住民が住まなくなってだいぶ経つようだ。
「この家は妾の母が土地建物を所有しておるのだが、見てのとおりの空き家だ。だが、空白居住地対策法というのが施行されてのう」
「くうらく・・・?」
「サクのような頭の悪いニホン人にもわかりやすく説明してやるとだな。空き家というのは悪党共の根城になったり、放火されて火事の原因になったりするのだ。だが、空き家に特別高い税金をかけてやれば家主は古い家を取り壊すか、借り手を探すしかなくなるのだ。この家は妾の母の所有する不動産でな。潰すか、住むか。選択を迫られた際に妾の母は多少の手を加えたうえで冒険者向け道具店として営業した方がよいと判断したのだ。この空き家のある月の前御前通りはそこそこ人通りもある。客の出入りも見込めるだろうということでな」
「ふーん。なるほどねぇ。じゃあお母さんがこの道具屋さんの店長になるわけかい?」
作治はハタキをうけとって天井の埃を落としながらアミーラに聞く。
「たわけ。妾が店長。サクが店員一号に決まっておろう」
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民家とは一般市民、つまり商人や職人、農民や漁民など居住するごく普通の家の事である。
平和な日常生活の舞台であり、戦場や荒野で怪物達と命がけの死闘を繰り広げる冒険者達とは最も縁遠い空間といえる。
例外としては盗賊くらいなもので、民家に忍び込んではツボ壊して薬草を盗んだり、タンスを開けて布の服やお金を盗んだりするらしい。もしこれを読んでいる貴方がそのような悪党を見つけたならば、是非ともとらえ、役人に突き出して貰いたい。
民家は人間(もしくは亜人種)が住んでいるので、必然的に彼らが住みやすい構造に設計される。
寝室、台所、食堂、倉庫など、家の構造や規模は個人の職業や財産規模によって変動する。
貧しい庶民は長屋タイプの集団住宅に暮らし、裕福な商人達は庭付きの一戸建てに住む。
また、鶏や豚などの家畜を飼育している家も多いだろう。
鍛冶職人屋や宝石職人などは一階が店舗で、二階が住居という構造の家に住んでいる者も多い。
家の建築材料としては森林が多い地方では木材、採石場がある所または戦争なので度々火の手が上がる所では石材、地震が少ない地方ではレンガ造りの家が多いだろう。
建物の造りの描写だけで世界観が重厚になる。
また当然のことながら、中世ファンタジー世界は建築技術が未発達なうえ、エレーベーター、エスカレーターというのは、普及していいない。地下迷宮などの大きな装置を組み込める建造物ならともかく、一般家庭はまず無理だろう。
五階建、七階建ての家なんて建てたら階段を登るのだけで一苦労だし、最悪自然倒壊する。
木造平屋建ての江戸の町ですらしょっちゅう火事になっていたのだから、中世的世界で高層建築をするのがどれ程無謀な行為なのかは想像するに難しくない。
現実問題として、ファンタジー世界で民家というのは冒険の舞台としてはあまり使われないことが多い。
というのは冒険者と言うはほぼ間違いなく百戦錬磨の強者だからだ。(でなけば街道沿いに白骨死体が転がっている)
バイオハザード4で主人公レオンがゾンビの支配する村を訪れた際、一件の民家の住人を人間だと思って話しかけるがあっさりと倒されてしまう。大概こういう風な結果になるので、民家の住人が悪党または怪物でしたーというシュチエーションは
完全に無意味である。
むしろ物語の冒頭で母子家庭の主人公実家の様子(父親は後で敵として出てくる)であるとか、吹雪の山中で遭難しかけた主人公達が共倒れを防ぐ為に呉越同舟的に敵国の兵と共に山小屋の中に避難し、「おまえ、おんなだったのか!」となるのが普通だろう。