第1話 逃げる
「――はぁ、はぁ、どうなってんだいったい!」
焦っていた。距離は着々と縮まっている。いつもの練習や大会とは訳が違う。
どうして俺がこんな目に――
夜の道を駆ける高校生、というとなんだか青春を感じる。学校帰りに部活仲間とふざけあって鬼ごっこをしているかもしれないし、バカップルがいちゃついてルンルン気分で追い掛け回してる、なんてこともある。
季節は春。新学期を明日に控えた今日、川の桜は既に散り始めていた。
高校からすぐ近くにある梅ノ川支流沿いのこの道は、そこまで有名ではないものの桜の名所のひとつだそうだ。夜は人はいないが、昼間はそれなりに花見客がいるらしい。
そんな夜桜の中を、俺――早川優人は今、全力で走っている。傍から見れば青春の一ページだろう。笑顔で、爽やかに汗をかいて、笑い声なんかが聞こえたりして。桜餅食べたらすごく雰囲気出そう。うん、青春のはずなんだ。
後ろを振り返る。さっきよりも差が縮まっていた。爽やかなんてものじゃない、冷や汗が俺の頬を伝う。それに風が当たって鳥肌が立つ。迫りくる人生のピンチに俺の顔は相当に引きつっていた。
(バチッバチバチバチッ)
電気が弾ける音。間違いない。TVドラマとかでよく出てくる、あのスタンガンだ。
優人「――ッ!!」
まさか実物を拝める日が来るとは。
そう、俺は得体の知れない不審者に追われていた。追ってくるのが雅也かあゆみだったらどんなにいいものか。相手はスーツに怪しいネクタイ、右手にはスタンガンを構えている。冗談じゃない。青春のかけらもない。深夜のSFドラマだ。そういう世界に憧れることはあったが、いざ自分がその中にぶち込まれてみると、こんなにも精神に悪いものだとは思わなかった。
15分ほど前、部活が終わってから一人で校門を出た。普通に帰るなら川は通らないけれど、珍しく一人なのもあって、少し桜を見ながら帰るのもありか、なんて考えてしまったのだ。後をつけられていると気づいたのは川に着いてからだった。あまりにも怪しかったし、これ以上距離を詰められる訳には、と逃げたらこの様である。
幸い、俺が陸上部で中距離走を専門としていたこともあってか、ここまでは辛うじて捕まらずに済んでいる。2年連続関東大会出場は伊達じゃなかったってことだ。とはいえ、じりじりと追い詰められていることもあって俺の心はかなり追い込まれていた。恐らく500mくらいしか走っていないのに、気分的にはもう5kmも走っている。
優人「はぁ、はぁ、あ、あれ…?」
目の前に光が見える。駅前通りの街灯だろう。支流を真っ直ぐ突っ切ると、駅前通りに突き当たる。川の方はほぼ人通りがないが、駅前通りまで行けば誰もいないなんて事は有り得ない。あそこまでいけば助かる。俺の心にも光が差した。
通りまでだいたい120mほど。俺は一瞬目を閉じた。いつも大会だってラストスパートはこんなものじゃないか。
優人「いっけええええええ!!!!」
俺は一気に加速した。今までにないくらいのスピードが出た気がする。これが火事場の底力だか、窮鼠猫をかむとか、そういう感じの力だろうか。あと50mになる。俺はさらにギアを入れた。もう追っては来ないと思いたい。
強い風が吹いた。何かがものすごいスピードで動いた。
優人「――えっ」
声が出なかった。さっきまで後ろにいたはずのその人物は、俺の20m先でスタンガンを構えている。超能力ってやつなのか?さっぱりからくりが飲み込めない。
作戦がうまくいったからか、俺がびっくりしていたからか、正面の人物は口の端に小さく笑みを浮かべている。真正面に見て初めて、そいつが30~40代くらいの男だと分かった。背はそこまでだが、がっちりした体型をしている。これから先どうなるかなんて誰でも分かる。俺はこの後、こいつのスタンガンにやられて―――
俺の人生はこんな訳分からんところで終わるのか。いきなり現れた男によって、俺の生活は破壊されるのか。父さん、母さん、俺はあなたたちの分までって決めたのに、いとも簡単に崩れ去ってしまうみたいです。
(バチバチッバチッ)
スタンガンまで残り5m。
どうせやられるんだ。もう、どうなってもいい。
俺は男の2m手前で急ブレーキをかけた。俺が急に止まれるとは思っていなかったのか、男はそのまま固まった。
稼いだ時間はおおよそ2秒。充分だった。
優人「ぬらぁ!!!」
左側に転がっていく。男がスタンガンを持っているのは右手。敢えてスタンガンを持っている方を選んだ。思った通り、男は対応出来なかった。
男「うぁ!く、クソッ!」
俺は体勢を立て直し、とにかく、ひたすら走り抜けた。
そこから先はどうなったのか、はっきりと覚えていない。気がついたときには駅前通りも走りぬけ、改札の目の前に突っ立っていた。逃げ切れたらしい。
梅ノ町駅。スーパーとかファーストフードはなく、あるのはコンビニくらいだが、駅ということもあって常に人はいる。今の時間は部活帰りの高校生も多く、通りは制服の男女が何人か、駅へ向かっていた。男は駅前通りに入った途端にまったく追ってこなくなった。どうやら人目のないところで俺を始末したかったらしい――いや、殺すだけならもう既にやられている気がする。そうだ、昨日の部活帰りにも視線を感じたが、雅也が一緒だったんだよな。あの男が見張っていたと考えるのが自然だ。俺をとっ捕まえたいのか?でも何でそんなことを?
思い当たる節が無い、訳ではない。恐らく、この「腕時計」を狙っていると思うのが自然だ。腕時計といっても時計機能があるわけじゃない。時計みたいな形をしているし、腕に付けられることから勝手に腕時計といっているが、ボタンは3つで、それぞれchange、boost、breakと書いてあり時間にまったく関係が無い。もちろん画面は時間表示ではなく、何かよく分からないメーターになっている。使い方は知らないが、そもそもタイムが計れないんじゃ使い物にならない。
でもこれは俺が中学生の頃、惨劇があったあの日に何故か持っていたものである。本当はこれは両親が俺に残したものなんじゃないかなんて思えて、こうして毎日持ち歩いているのだ。最近ではこのヒーローじみたデザインもいいかなんて、一種のアクセントとして腕に付けている。
となると、あの男はこれが何なのか知っているのか…?いや、そもそも腕時計のことだと決まったわけではない。それにこれが欲しいだけなら力ずくで奪いに来るはず…
色々決め付けるには早計か。
優人「にしても、捕まらなくて良かった…」
心臓はバクバクいっているし、足も少し震えている。震えた足を見ると、土や葉っぱがいくつも付いていた。転がったときに付いたのだろう。制服もしわくちゃだ。絶対あゆみに怒られるな。
優人「また襲われたりしたらたまったもんじゃない。早く帰ろう」
こういうのはこれっきりにして欲しい。
この時はまだ知らなかったんだ。これから俺がやつらの陰謀に巻き込まれていくってことを。いや、
―――とっくの昔から巻き込まれていたってことを。
初めて投稿してみました。
正直まだシステムとかあんまり分からないんですが笑
ゆっくりやっていこうとは思ってます。
ただ更新日を決めたほうが良いですね・・・考えなくては。
よろしくお願いします!