一章 沈む太陽
人々の喧騒も届かぬ森。そこに社は鎮座している。ヒノヒカリも無い漆黒の闇がこの世の無を感じさせる。
女王は瞼を幾時も閉じている。深い沈思黙考かそれとも…。
「あっ、おばば様また寝ている」
無邪気な子どもの声だ。
「こらっ、姫様。いけません」
それをたしなめる女性
「壱与かい」
しわがれた老婆の重く優しく威厳のある声。
「起きてたの」
屈託のない返事だ。
「おばばはいつでも起きてるよ」
「うっそだあ」
「姫様!」
「壱与おいで」
老婆は優しく微笑みながら、手招きをする。
幼子は小走りに老婆の膝に座る。彼女は頭上の老婆を見上げ満足げに笑う。
老婆は彼女の美しく長い髪を愛おしくいつまでも撫でた。
第一章 沈む太陽
西暦にすれば251年のことである。最も当時のこのクニにおいては別の呼び名があったかもしれない。
晩秋のある日。
卑弥呼死す。
このクニ邪馬台国の太陽がしずんだのだ。
人々はクニを導いた偉大な女王の死を嘆き悲しんだ。
民達は百日の喪に服し、偉大な王に敬意を表した。
そんなある日の夕暮。
唇をかみしめ、じっと亡き女王の陵墓を見つめる少女がいた。
名は壱与。老婆の膝に座り笑顔を見せていた幼子である。
「ばあば…」
壱与は呟いた。
やがて陽は落ちかけようとしていた。
「壱与様!」
必死の形相で走ってくる少女がいた。
「十六夜」
彼女は呟いた。
「探しましたよ」
十六夜は息を切らせながら、ようやくの思いで喋っている。
「どうせ…」
壱与は言葉を止め、あとに続く言葉を飲み込んだ。
「行きましょう壱与様」
微笑む十六夜。
「………」
壱与は一瞥もせず無言で十六夜の横を通り過ぎた。
「壱与様…」
十六夜は彼女の去り行く後ろ姿を不安気な面持ちで見つめ続けていた。
かつて森深くにあった深神殿は、卑弥呼亡き後、弟王狗呼によりクニの中心部に移された。そして亡き女王の後位には狗呼の妻斑鳩が継いでいた。
「どこに行っていた」
男の重い声と突き刺さるような、視線を感じる。




