訪れた世界、別れのとき
今日の月はきれいだと思う、だから次の台詞に「月が綺麗ですね」なんて言葉が出てきてしまいそうだ。俺らしくもないし、この意味が異世界の人間である君にわかるはずもないのだが最後になら言ってもいいかもしれない。
二人で城下町を見下ろせる所に来ている。俺が救ったっていう街だ。
短い間に特訓を積んで俺だけの戦い方、魔法が使えないから効かない、この世界にはあるまじき法則を使った奇襲。これだけのアドバンテージを得て敵を打ち破った。
魔法に頼りっきりの魔王でよかった、あれを魔王と言うにはあっけないがもうどうでもいい。実際に被害の規模は縮小してもうこの世界の人たちだけで残党は何とかなるって言う状態になったらしい。
思い出だせば大学に入学したてで君につかまっての第一声が「助けてください」だった。
そりゃ何事かと思った。でもあそこは新入生を我先にと奪い合う大学構内だ。サークルの存亡をインパクトに繋げて声をかけたのかと思ったが、案内された先でもその悲壮感が無くなることはなかった。
そこで聞いたのが私たち村を救ってください、家族を救ってくださいの連続だった。危ない人かと思ったが君があまりにも真剣でつい言ってしまった。あの目は卑怯じゃないのか。
「俺ができることなら助けてあげようか」
あの後凄い後悔した。まさか本当に村の脅威と戦う羽目になって、それ終えたら今度は国に巣食う元凶と戦わされるって。それでも俺は断りきれなかったんだよな。それだけあれは卑怯。
もっとも英雄様だ! なんていわれて調子こいたのもあったけどやっぱり君がいたことが大きな理由だったんだなって思う。
君は花壇に腰掛けると少しだけ影のある微笑みをむける。
長かったね、私はあなたといられた時間は楽しかったよ。今こんなこと言うにはふさわしくないかもしれないけど、今じゃなきゃ言えないから伝えておこうと思う。
俺はふらふらと歩いて目線を泳がし、どこか座る場所を探した。
俺も言いたいことはあるのだが口からうまく出てこない、口下手なのはわかってるけどこの時くらいはしっかりしてほしい、魔物と対峙するときとは違う度胸が必要だ。
何故か続きを言われないまま時間が過ぎる。俺が口を開くわけでもない、君が続き言うでもない。やっと俺は君の隣に少しだけの間、大体サッカーボールをはさむくらいの距離に腰を下ろした。同じ風景が見えるはず。
何も言えないこの時間。
こっちの世界でずっと一緒にいたけどのこの沈黙ほど居ずらい事はなかった、いつもくだらない事を君が発見して俺が突っ込み。それを見た仲間がはやし立てて笑い合うまでが当たり前なんだ。
大体その時は二人にしてくれって思ってたりしてたけど、こんなにも気まずいものなのか? それともやっぱり今だからかな?
ほらっあれ。
突然指を夜空にさして大きな星示す。他の星と違って大きく輝いているそれは月明かりに消されることもなく強くそこに存在感を持っている。
星の配置は元の世界と変わらない、あれはたしか夏の大三角のアルタイルとベガ。こちらに連れてかれて最初の夜に一緒に見たものだ。
あの時に俺が七夕を簡単に説明したら凄い感動する話だねって言った。年に一度だけしか会えない、それでも会いに行く二人。あれが愛の形なんだねって言ってから顔を赤くしてた。
恥ずかしい奴だと思ったが、同時に違う感情も抱いてた。
俺も今だから聞きたいことがある。
こっちきてすぐにでも聞いてよかったけどあの夜のせいで聞けなくて、時間がたつほどに言い出しにくくなった。でも言うしかない、これを聞けば俺の決断もなよなよしないと思う。
なんで元の世界で俺を選んだの?
顔をそむけられた。
元の世界に訪ねてきて協力してくれる人を探してにきた時、他に屈強そうな部活の男たちなんてたくさんいたのだからその中でサッカーを中高とやってたと言え受験勉強で衰えた俺を選ぶ理由がない。まあ、内容があれだから断り続けられたってのもあるだろう。
返事を待っていると、向こうを向いたまま漏らした。
なんとなく、特に意味なんてないよ。たまたま捕まえた人があなただっただけ。
そういうならそうなんだろう。でもおかげで貴重な時間を過ごせたと思う。向うじゃできない経験がたくさんあった。見たことのない大きな生き物とか風景、いろんな人。君とも過ごせた。
向こうに帰ったら友に語ってやろう。ひねくれた奴だから信じてはくれないか。
また静かな時間が過ぎる、今度はそれでもいいかなって思った。もしこれが最後でも、最後だからって言ってバカ騒ぎするような気分じゃないしこの方が心地よく感じた。
ささやかな時は仲間の一人が俺らを呼びに来て終わった。みんなでバカ騒ぎするために用意してたらしい、もちろん驚かせるためにわざわざ俺らを外においてだ。そう言われれば気分なんてがらりと変わる。
楽しかった。この世界で生きていくのも悪くないと何度目か思った。
でも俺は向こうにいる家族や友もいる。そもそも俺の居場所はここじゃないんだ、あっちにいることが自然。魔法も使えない異世界の人間はもういるべきじゃないんだ。
そう言い聞かせて、他の事は考えない。
こっちに来てからすぐに説明されて帰れることを知った。でも頼まれたことはきちんと成し遂げなければならない。俺の優等生としてのポリシーがある。しかしその過程でたくさんの思いを残してしまったから帰りにくい、別れを告げたくないのが本音。
どうするか考えてもいいって言われたが俺は向こうに帰ることがいいと答えた、みんなも自分の世界に帰って元の人生を歩むことを望んでいるし、俺も含めみんなそれが俺の幸せだと思ってる。
明日の昼、帰宅だ。
入学して少ししかたってないのにもう学校が懐かしい。みんなと顔を合わせたい。
聞いた話だと異世界とは時間軸ごと違うからポイントさえ押さえればどんな時間にも戻れるそうだ。今回のポイントは俺が向うを出た時間。つまりこっちで過ごした分の時間も向こうでは流れてないってことになる。
これを応用すればタイムマシンの完成だったのに行き来するためのコストが高すぎるってことで駄目になった。
そして俺が帰ればもうこっちに来ることはない。向こうに呼ぶだけの理由も必要もない。さみしいけどそれが一番丸く収まるエンディングだと思うんだ。
徹夜の宴会のせいで眠い。
元気な仲間はまだ飲んでる。何度も言ったが俺は塾通いの優等生だったからあまりそういう荒いこと慣れてないんだ、ずっとこっちにいたってかわりゃしない、君だってそうだったしね。
今は隣の部屋で向こうに戻るためのゲートを作ってるらしい。完成してくぐれば帰れる。みんなともこれでお別れだ。だからそれぞれお互いの事を忘れないと約束すると言って最後の別れをした。
暴れ者で村人からは嫌われてたがいい奴だとわかった男、俺に魔法を使う相手に対してどう戦えばいいか訓練してくれた爺、この城下町で誘拐された所を助けたアイドル的な女の子、俺と同じで別世界から召喚された知能の高いモンスターっぽい奴、見たことのない奇抜な性格をして突き抜けてしまった変態。みんな面白い奴でこんな人たちに囲われることはもうないだろう。
でも最後にお別れとお礼ともう一つ言いたい奴が来てない。気づいたら宴会を抜けていて探しに行こうとしたけど見つけられず今この時まで見ていない。
爺が準備は出来たと言う。でも待ってほしい、彼女に言わなければならない。みんなと別れを言った後に聞くが誰も知らないそうだ。
でもここを離れるわけにはいかない。探しに行こうとしたらゲートはあまり維持できないから駄目だって怒られた。
だからぎりぎりまでここで待つことにした。待っている間に仲良くなった暴れ者だった男が話かけてくる。
思い切ってここに残ったらどうだ? あいつも言葉じゃお前の事思って向こうに帰った方がいいと言うが、鈍いオレ様でもそう考えてないのはわかる。
その言葉にちょっと揺らいだ、俺も彼女の事が気になっているどころじゃない。ここで別れたら彦星織姫のように毎年会うことすらない、今生の別れになる。でももう決めている。もう作れるかわからないようなコストをかけてゲートを繋げてくれているし、みんなにかっこつけて別れも済ました。
ここで帰らなかったらあいつ何なんだろうってなると思う。一度言ったからにはもう帰る、頑固でもそれが俺、さみしさなんて忘れる。こっち来たときだって同じように友にも家族にも会えないことを覚悟して約束を守るために臨んだんだ。
しばらく待ったが来ないため爺に引っ張られてゲートの前に立つ。
床にきれいな幾何学模様がひかり、うごめいている。振り返っても仲間が見守るだけ。
一番外側の円陣に足を踏み入れた時、ものすごい掛け声が聞こえた。その場にいる全員が振り返る。
ごめんなさい。昨日の夜に言えなかったことがあるんだ。
走りながら叫ぶ。
みんな道を開けて俺の前に通すと円を隔てて俺と君が前に立つ。円陣の中に入ったらもう出てはいけない、他のものと触れるのもいけない、巻き込んでしまう。この世界の人は向うで長い時間暮すことは出来ないそうだ。
持っていた物を投げた。
慌てて取ってそれを見ないで君を見る。その時ゲートに限界が来たらしく時間だと言われ爺が何か操作を行い周りの景色が変わるようにぼやけだした。
私はあなたの事が……それを持っていてほしい。ごめんなさい、ちゃんと言います。私はあな――事が――――
向うが聞き取れなくなる前に俺も叫ぶ。
俺だってお前の事が――
時間がないのに詰まってしまう。俺はそんな中途半端な気持ちじゃないはずだ。だから言い切らないといけない。
――好きだ!
多分同時に叫んだと思う。最後は聞こえなかったけど、多分、いやきっと俺と同じ言葉だった。絶対そうだ!
目の前が一気に歪み暗転、そしてここは……階段下の荷物置きスペース。俺があっち行った時の場所だ。
戻ってみると、普通の世界の時間が流れている。周りから聞こえる次の授業の確認とか小テストの結果話とかが俺を元の世界の日常に戻す。
あまりにも急激でさっきまでの現実が夢だったんじゃないかと思う程、曖昧になって来る。
涙は出ない、ただ喪失感だけ黙々と広がる。
もう俺はあの世界に対してつながりが無くなった、もしかしたら夢かもしれない思い出があるだけ。非常につらい気持ちになってしまう。
なら忘れた方がいいのかもしれない。
散々向こうでお前らのこと忘れないぞって言ったのに、現状これだ。思ったより俺はドライなのかもしれない。あったとしても異世界の話、会うこともないだろうし、そういうもんだと思えば楽になるかな。
手に持っている包みは開けられずにバックにしまう。確か今日はもう授業がない、このまま帰ってしまおう。
ずっと夢のような世界にいたから忘れていた。
そう、俺はただの大学一年生だ。
それからまっすぐに家に帰りベットに着替えずにダイブ。明日の講義の準備をしなければならないけどとりあえず寝よう。
気づけば朝だ、長い間寝てしまったようだ。
やばいもうこんな時間だ、準備しないと!
バックを取り寄せ、中身を入れ替えようとすると昨日入れた包みが出てくる。
一瞬、手が止まる。中身を見たら俺はなんて思うだろうか。一日寝ただけでもう俺の中で昨日の出来事は夢だと思い込んでいた。それほど異世界召喚なんて現実離れして異質なものだからだ。
それからあまりに大きな喪失感に触れたくなくて一度机の上に置いた。
ごめん俺には開けられそうにないよ。
泣き崩れるように机のヘリに手をかけしゃがみ落ち着くまでじっとし用とした。
拝むように下を向いていたが朝日が入り、机の上に光を与え、その影が俺の目線のある床に落ちる。包みは向うでは貴重で綺麗な飾り紙だ、繊細に輪郭をとり影の真ん中辺りだけ薄く光を通す。
その中心に青い影が混じっている。
もう会えない君に渡された包み。
俺はやはり覚悟しなければいけない。これからこの世界で生きていくには逃げてはならないものだ。
決別のための意を決してそれを再び手に取る。中には何やらぶら下がるようなものと紙みたいなものが入っている。
蝋で固められた口を開けると、手紙とペンダントが出てきた。薄い水色なのに奥底まで深い色をした宝石がついている。
それから手紙を開く。中には文字がびっしり書いてある、だけど俺は向うの文字を魔法の補助なしで読むことができなかった。ただ最後に書いてあるのはにじんではいるが俺と君が橋の上に並んで書かれている絵だった。お互いの頭上には星が輝いている。
朝起きたばかりなのに目が潤う、俺はもう無理だ。紙をつぶさないように震える手で机の上に置いてペンダントを胸に当てる。
これは向うの店で売ってるようなきれいなシルバーで作られたものではない。石の周りにはお世辞にも綺麗とは言い難い装飾がついているだけだ、君はあの夜これを作っていたんだね。
バックを放り出して、その場でうずくまり、必死で嗚咽をこらえた。
その日は学校を休み、一日中そうしていた。
俺は君の事……だけじゃない、あの世界で出会った人たちの事を絶対に忘れない! 約束したんだ、それが俺だから。