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ラッキー・クッキー

作者: 滝田利宇

 はずむようにベルが鳴った。インターホンに出る。

「はい」

「来たよー」

「わかった。今出るね」

 私はいそいそと玄関へ向かった。

「うわっ」

「どう?」

 そう聞きながら玄関前でにっと笑っているのは、顔中が真っ青な――病的な青白さではなく絵の具の三原色の青そのものの色だ――彼氏だった。白い歯が目立つ。さらに青いシャツに同じく青のスーツを羽織り、青いネクタイ、青いハットに、青みがかったサングラス、青いネックウォーマーを身につけているが、もしや露出してない部分まで青一色なんじゃ。声を聞かなきゃ間違いなく通報している。

「きもい」

 端的に感想を述べた。

「え、ひどっ! けっこう体はってがんばってんのに」

 彼がこんな格好をしているのにはわけがある。

「というか、お前はまだなの?」

「だってあの格好で一人でいるのって結構つらいよ?」

「その格好で人前出るんでしょ。期間限定で恥は捨てなきゃ」

「そうなんだけど……」

「着替えてきたら? ここで待ってるから」

「……うん」

 しぶしぶと玄関を去る。



「おまたせ」

「あー、そうきたか。シスター……もどき?」

「もどきいうな」

 私たちのコスプレ、ではなく仮装のわけというのはハロウィンのイベントに参加するからだ。その名も、ハイパー大仮装&ミクスカルチャーレボリューション。誰もがツッコミたくなるネーミングはともかく、川崎市恒例の行事で、当初は100人程度で幕を開けたハイパーなんとかも、毎年参加規模が膨れ上がって、去年は参加者が10万人を越えたとか。全国から物好きが集まり、いわゆる仮装コンテストの表彰式であるハロウィン・アワードには、一年がかりで作り上げた大仮装での挑戦者もいるらしい。ちなみに、今年のグランプリはイタリア旅行ペアチケットと賞金10万円。私たち、じゃなくて彼も地味に狙ってたが、相手は次元が違う。ふつうにパレードとアフター・パーティーが楽しめればそれでいい。

「確かに意外性あるけど、なんていうか、俺ら失敗したね。まとまりがなさすぎる」

 私の家から武蔵小杉駅まで歩いている途中、彼がぼやいた。

「意外性」というのが、私たちの仮装のキーワードだった。

「魔女とかありきたりなのはなし。もしやるならウィキッドみたいに全身緑にする以上のことはやること」

「えー、せめてペイントするとしたら顔と手だよね」

「いや、それじゃ、もしステージで『上裸でマッスルポーズおねがいします』って言われたときに困る」

「ないない。少なくとも私には関係ない」

「俺には大アリかもよ」

 というのがついこの前の話。あれ、もしかして私の隣の彼って全身真っ青? そのことを聞いてみると「んなわけないじゃん」

「俺もそこまでやらない」

 彼が正真の変態じゃないと知って、少しほっとした。

「ブルーマンみたいにスキンヘッドにしようか迷ったけど、カラーワックスでやめといた。ちなみに、カラコンはもちろんブルー」

 そう言いながらグラサンをはずす。やっぱり変態だとわかったが微妙に似合っていたのでがっかりはしなかった。

「俺たちのコンセプトはつまり、あれだ、美女と野獣」

「美女はともかく、半分あってるよそれ」

 笑いあっているうちに駅に着いた。電車に乗ってみてまずびっくり。日常にいてはならない何かがうようよいる。来る途中やホームにもちらほらいたが、ここにきて「人口密度」が上がった。ドアのそばには、大きなパンプキンのパッチポケットをあしらった、おそろいのスカートをはいた魔女数人がきゃーきゃー騒いでいる。うるさいけど、黒繻子の地に鮮やかなオレンジのカボチャ君がかわいいので許す。他にも、中途半端な仮装の家族連れ、某アニメあるいは映画のキャラクター、フードタイプの動物の被り物をした人、名状しがたい生き物エトセトラ、という状況だった。

「なんかすごいねー」と、どうみてもあんたが一番すごいよといえる彼が笑っている。

 だけど、その認識も甘かった。トンネルをくぐると(くぐってないけど)、そこは人外のるつぼだった。もう「青いだけ」の青二才では話にならない。そして説明能力が追いつかない。

 個人的に欧米系の外国人は反則だと思う。ドラキュラとかウィッチとか似合いすぎじゃないですか。我々ジャパニーズが本気で仮装をしても、どことなく「お遊戯」に映ってしまう。だけど西洋人が着物に袖を通しても違和感があるのと同じと考えれば、卑下するようなことでもないはず。



 ハロウィン・パレードとその後のコンテストのエントリーを済ませると、パレードが14:30に始まるまで2時間以上あったので、とりあえずお昼にすることにした。ラ チッタデッラの近くのスタバでたまたま席が空いたのはラッキーだった。朝も遅かったので、カフェ・モカとシナモンロールでブランチにした。彼はキャラメル・フラペチ-ノとシュガードーナツを頼んだ。席に着くと、店の隅にエルモを見つけた。正確には、エルモの着ぐるみを着た人が、その頭を椅子に置いている。向かいには、クッキーモンスターもいる。同じく頭を脱いでいた。私たちと同じ大学生くらいの男二人だ。彼の腕をつついてそちらを指さした。

「シュールすぎる」と笑いながら、ふと彼は何かに気づいたようだった。

「全身青という点でクッキーモンスターに負けてる」

「え? いい勝負なんじゃない?」

「靴だけ革靴だから黒い」

「確かに」

 もともと笑っているようなクッキーモンスターの生首が勝利の笑みを浮かべた気がした。

「俺、あの人とコンビ組んでこようかな」と、コーヒーを飲むクッキーモンスターの「中の人」を親指でさしながら言った。

「それはやめてほしい」

「ついでにお前が全身オレンジで」

「ちょっと!」

 けっきょく、エルモとコーヒーモンスターが店を出るまでそんなおしゃべりを続けていた。



 店を出るとき、アスファルトの上の水たまりを踏んでしまった。今更ながらこの服装は歩きにくい。ついでに言うと、――これは彼にも釈明したことだが――修道女のコスチュームは私のチョイスじゃない。わざわざ一日二日のために、恥ずかしい衣装を作ったり買ったりするほどノリもよくない。友達の友達に芸術大学で演劇科の人から内緒で貸してもらった。昨日の夜にその子からメールが届いた。

「雨でカワサキ音楽祭中止になっちゃった。超アンラッキー」

 なぜか添付写真にはお姫様姿の彼女。イタい。イタすぎる。でも、今現在私のまわりにはそういう類の人だらけ。自分が浮いてるような気がしてちょっと不安になる。

「逆に誰かわかんないぐらいの仮装のほうがいいかもね。たとえば、頭からかぶっちゃえるようなの。さっきのもそうだけどさ」

 そういえば、ダースベーダーも「ともだち」も正体をさらさずに、かつ高い注目を集められる。ただ誰も想像だにしない「意外性」というポイントをはずしてしまうから、グランプリは難しそうだ。なんかすごいどうでもいい分析。

 その後も、私たちは駅の東口の辺りでいろいろ遊んだ。私は腕にステンシルタイプの簡易タトゥを貼ってもらった。顔の前にかざすと、ラメがキラキラ光った。

「シスターのくせに」

「隠せば見えないもん」

「神はすべてを見ておられるのですよ」

 そんな冗談を飛ばしていた彼は、映画にも使われるようなリアルな特殊メイク体験をした。

「どう?」

 いつの間にかネックウォーマーをとっていた彼の首元には、今しがた刃物で斬りつけられたような生々しい傷口が、てらてらと光る赤い血を流しながらパックリ開いていた。

「グロイ」

 端的に感想を述べる。

「でも、全身真っ青じゃなくなったけどいいの?」

「あ」

 忘れていたらしい。しかし、赤と青の極彩色のコントラストは十分不気味だと思う。

「あ、そろそろ時間だ」

 ごまかすように腕時計を見た彼は、先にパレードの集合場所のほうへと、雑踏をかき分けながら階段を上り出していた。

「あ、待って」

 そのときだった。誰か行きかう人の肩が私の肩にぶつかり、私の濡れたヒールが空を切った。後ろへバランスを崩した私はそのあとどうなったろう。鈍い痛みが後頭部から頭全体に響く。アンラッキー。最後に、彼の声が聞こえた気がした。



 目を開けると、そこは病室だった。私はベッドに寝ていて、嗅ぎ慣れないにおいが鼻をつく。

「あれ……?」

「お、サヤカ。よかったあ、起きてくれて」

「…………っと、誰、ですか?」

「え?! まさかそれはないでしょ? 俺だよ、ユウキだよ! わかるよな?」

「……」

「まじかよ……。映画や小説だけだろ、そういうのって」

 ユウキが頭を抱えて予想以上にショックを受けているのでそこまでにしておいた。

「やっぱ肌色のほうがかっこいいね」

「は?」

 抱えた頭をちょっとおこしてきょとんとした顔でこちらを見ている。その様子がおかしくて、私は笑い出してしまった。

「……お前、けが人じゃなかったら殴るとこだぞ」

「ごめんごめん」

 そういえば、私はけがをしたんだった。頭にふれると、包帯が頭を締めつけるように巻かれていることに気がついた。ちょっとだけ傷がうずく。



 彼は、あのあと私がどうなったかを話してくれた。

「俺もびっくりしてさ。突然サヤカを見失って、後ろ振り向いたら踊り場で倒れてる人がいて。一瞬でサヤカだってのはわかったんだけど。さすがにパニックになりかけたけど、あの人ごみだろ。救急車がすぐに来れるかわからないから、まずは人を呼んでさ。少しでも応急処置できそうな人。そしたら、たまたま近くにいたクッキーが来てくれてさ」

「クッキー?」

「ああ、あのクッキーモンスターの中の人。実はあんだけはっちゃけてて獣医学部生でさ。まあ、医学部じゃないけど一般人よりは頼りになるじゃん。イベントスタッフに指示出したりして、ちょっとかっこよかった」

「そっか。クッキーさんにもお礼言わなきゃね」

 それからはただの笑い話だった。

「それから救急車が来たんだけど、患者を俺と間違えてさ。流血で大変なのは俺じゃなくてお前のほうなのに。医者もすぐ理解したけど、その後にその医者に状況説明する二人が二人とも真っ青なわけ。医者ももちろん真剣なんだけど、ときどきにやっとしてたよ」

よくよく考えたらシスターの格好で病院に運ばれた私も相当恥ずかしい目にあっている。今は患者衣に着せ替えられている。覚えてないのはラッキーか、アンラッキーか。



 それから、話は来年のハロウィンのことになった。

「来年はなあ、うーん……」

「とりあえず顔にペインティングするのはやめたら? 肌にも悪そうだし、気持ち悪いし」

「確かに。あ、あと、サヤカはなんかヘルメットみたいなのかぶったらいいんじゃない? 動きやすさも考えたら、なんとかライダーみたいなのがいいかもしれない」

「やだよ、それは」

「じゃあ……」

 結論はどういうわけかエルモになった。クッキーモンスターよりスリムじゃね? というユウキの独断だ。



 私はもうハロウィンなんて気分じゃないが、個人的にサンタなら悪くないんじゃないかと思っている。場違いここに極まれり、といった感じに違いないが、空気を読まない感じがきっといい。ユウキにやってもらおう。そして、わたしはプレゼントをもらう子役でいい。大人っぽくないかわいめの服を着ればそれでOK。ほぼふつうの格好だ。そうそう、こんな妄想しなくても今年はまだクリスマスがあったっけ。それを思い出しただけで、私はちょっとだけラッキーだと思った。

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