魔術師は全裸で現れる
彼は時折、服を着るのを忘れて現れる。
そういった場合、主に彼は裏口を叩く。
「オイ店主!貴様のこ汚い服を着てやる!余計な事を一言も喋らず可及的速やかに服をもってこい!」
「服を借りるってぇ分際でうるせえぞ。今日は何を忘れたんだ」
「全部だ!」
「そのまま突っ立ってて掘られちまえ」
「裏口を臓物だらけにされたくなければさっさと持って来んかこの愚図め」
「待て、殺すな。フェイ」
「アイヨー。まァた変態かヤ」
登録名、ウィ・ザルド。
魔法使い《ウィザード》のあからさまな偽名である。
主に受ける依頼が傭兵ギルド寄りであるため、その戦闘方法はわりと有名である。
その名の通り、魔法でも使っているかのような現象を次々に起こすのだが――不思議な事に、他の魔法使いからすると、それは魔法ではない別の術であるという。
本人の言い分としてはーー
「フン」
鼻で笑いやがったこんちくしょう。
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ウィ・ザルドは美形だ。
基本的に仕事は抜かりなく、冷酷で、有能ですらある。
敵には容赦なく、血の海を作り上げ、尊大に振る舞う。
服を着るのを忘れるという、人としてちょっとやばいレベルでうっかりを発揮することがあるが、ギルド内では有数の腕利きだ。
当然、妬みも恨みも喧嘩も買うわけで。
美形で、恨みつらみ重なる相手が、ギルド裏口で全裸で立っていたとすれば。
ーー自然、襲う輩も出るわけで。
ウィ・ザルドが酒場に訪れる時、大抵の場合フェイがそんな輩を追い払っている。理由は簡単で、フェイが引きこもりかというくらい酒場に常駐していること、加減を知っていることからだ。
暗殺系統の仕事に偏る面々は、加減を知らない連中も多いのである。
「ここまで襲われなかった、不思議ヤー。おマエん家からここまで、道を真っ赤に染めて来たカ」
「この我が塒を晒すなどという愚かな行為をすると思うのか、馬鹿め」
「瞬間移動が使えるでないと、ここまで全裸で歩く来て何もない、あり得ない。気付かないおマエ、馬鹿の中の変態の馬鹿」
「ほっほぉお?貴様ぁ、我の下僕としてたびたび選ばれているというのにその態度、躾をする必要がありそうだな」
「はン、下僕?全裸の変態の下僕になったオボエないね」
裏口で殺戮を行われてはたまったものではないとフェイを向かわせたが、彼もまた気が長い方ではない。
店主は急いで服一式をかき集めた。
「服代はいつも通り報酬からさっ引いとくかンな」
「何故このようなこ汚い服に毎度毎度報酬を割り引かれねばならんのだ、この悪徳店主めが」
「全裸ヤメて死ねばいいね。そうすれば世の中皆平和。変態が消え去る、いいことね」
大柄な店主の服は、細身のウィ・ザルドにはぶかぶかだ。毎度の事ながら舌打ちして服への不満を吐き散らすウィ・ザルドに、フェイから毒舌が突き刺さる。
「残念だが我が死ぬなどあり得んな。それこそ、そう……世界が滅びても、それはあり得ん」
ウィ・ザルドは何処とも知れぬ場所を見据えて底知れない笑みを浮かべた。
突然、遠い目をしてくっくっくと不気味な笑いを浮かべたウィ・ザルドに、フェイは横目で冷たい視線を送った。
この御仁、勝手に自己完結して自分の世界に入ってしまう事が多いのである。
そんなんだから友人とかできないのだ。彼の事だから「友などという軟弱なもの、この我に必要なし!」とか言い放ちそうではあるが。
クソつまらん人生送ってる変態というのがフェイの感想だ。