カタコトのならず者
大変長らく間があきまして、非常に申し訳なく
登録名、飛燕。
通称、フェイ。
酒場の下宿人兼、ならず者ーー普通の殺し屋である。
普通、というのは。
特殊な術を使うわけでもなく、化物じみた身体能力を持つのでもなく、ただ銃やナイフを使った普通の戦闘をする、という意である。
「親仁ィー。飯まだかヤ」
「酒場が開くのは午後からだ。ったくてめぇは朝も昼も夜もここに入り浸りやがって」
「塒、ここ。外出、めんどくサ」
「市街警備の依頼でも受けてこい出不精め」
彼の喋り方には独特の訛りがあった。訛りと言おうか、共通語が上手くない。
そのせいか、喋り方は自然に子供のそれに近くなる。本人の童顔と、低身長も相まって、実年齢より10歳程若く見られる事などざらにある。
「親爺、馬鹿ね?ワタシの見かけ、犯罪誘うよ。変態、どこでも居るよ」
こざっぱりした少年のような外見と、綺麗な緑の瞳を持つフェイは、裏路地を一人歩きするとよく絡まれる。
それは追い剥ぎであったり人買いであったり変態であったり。普通の人間とはいえ、暗殺者ギルドに長く在籍し続ける実力を持つのだ、特に問題はないが、彼は鬱陶しいのが嫌いであった。
「そんな手前にぴったりの依頼が来てるぜ、ベイビィフェイス」
「余計な世話、やかましヨ」
店主の揶揄に毒づきながらも、ぴらりと目の前に落とされた紙を翡翠の目が追う。
みっちりと書き込まれた几帳面そうな文字、”少年少女誘拐事件の……”そこまで読んでフェイはうんざりとした視線を上げた。
「釣りエサになれ、言うか。もう飽き飽きね」
「表題しか読んでねぇだろ今」
「読まないでも分かる。小遣い稼ぎ、やった。ボロい商売よ」
すっかり依頼書から意識を逸らして倦んだような表情を浮かべる男を、店主は呆れたように見下ろした。大して蓄えもないのに気紛れで依頼を選り好みするところが、この男の悪癖の一つだ。
これでいてすっからかんになると、「世の中カネよ」とか言い出して手段を選ばず荒稼ぎをするのだ。その過程で恨みを買う事も多々ある、塒と称するこの酒場に厄介事を持ち込む事も少なくない。
暗殺者ギルドの玄関口たるこの酒場に厄介事を持ち込むという事は、ほぼ確実に死人が出ると言う事だ。
良くて当事者のみ、大抵は組織丸ごと、最悪の場合、街一つ。
消える——完全に。
真っ赤に染まった手を叩いて喜ぶ狂人も、凍てついた眼差しを持つ死神も、悲劇を悦とする悪魔も。
それに否やと応える者は、ここには居ないのだ。
厄介事を喜ぶ類いの、ここは巣窟なのだから。
店主としては、店とギルドの損害、ギルドマスターの懇願もあり否と応えたいところなのであるが。
それが受け入れられていたら、今頃はもうちったぁマシなギルドになってただろうな、と店主は溜め息を吐き出す。
「飽きる程やってんならお手のモンだろぉが?」
「ワタシ、やることない。歩くするだけ。時間、無駄。有閑マダム口説くしてた方、まだマシ」
「なんでマダムのところだけ妙に流暢なんだよ」
「マダム、少年趣味多い。若いツバメ、ワタシのことね」
くすり、と小悪魔的に微笑むフェイの表情に、魅入られる者は多いだろう。
思わず手を伸ばしたくなるような、悪戯に無邪気で、不思議に色気のある笑み。
——この顔で散々他人を引っ張り回して手の平で転がし、骨の髄まで利用し尽くしてから陥れるのだから、本当にえげつない。
情報通として暗殺者ギルドで名が通っている彼であるが、同時に『新人潰し』と密かに囁かれてもいる。
与し易そうな外見につられて寄ってくる人間を待ち構えて捕らえるのが彼のスタンスだ、暗殺者ギルドの異様な面々に怖じ気づいた新人がよく引っ掛かるのも無理からぬ事だと言えた。
「餌っぽい見た目してる割に中身が猛禽だからな、手前ぇは。釣り餌には丁度良い塩梅だろが」
「エサになる、ソレ文句ない。釣り竿持つやつ、釣りビト、そっち文句ある」
要は、依頼主のお役人サマが気に入らない、というワケだ。
本来”暗殺者”なんてものとは敵対関係にあるはずの立場の国家の狗が、わざわざ”暗殺者ギルドに”依頼を出してきている事からして、厄介な案件である事は間違いない。
そういった機微を全く汲み取れない殺戮狂や死神なんぞよりはフェイの方が万倍もこの仕事に適している、それは彼自身も分かっている。
だがしかし気に入らないものは気に入らないのだ、なんたって天敵から出された依頼である。
たとえ日頃は鼻にもかけていない天敵だったとしても。
しかも囮捜査の囮役とは、考える事が普通過ぎて至極つまらない。
囮役が死のうと犯人が死のうと、どうでも構わない。
監視中に接触した人物や建物の情報を集め、暗殺者ギルドを潰すチャンスを狙っている、そういうことだろう。
囮役が犯人に襲われてボロを出せば御の字、そのまま両方とも捕縛するつもりで。
全く分かりやす過ぎてあくびが出る。
そんな『可愛らしいおつむ』をお持ちの連中に、彼は興味などないのに。
「あからさまにつまんねぇってツラしやがって。……最後のページを見てみろ」
「ハン?」
数枚の書類を束ねてある依頼書の、最後のページ。
ぺらり、とめくった先には、つい先日見かけたおどろおどろしい依頼書。
掠れた血文字の【神官狩り】の下に、白いインクの走り書き。
”稚児趣味”
その瞬間、フェイの顔がにんまりと猫のように笑むのを、店主は目撃した。
フェイ「とても いいことを おもいついた!」
店主「絶対ろくな事じゃねえ」