愉快犯は笑う
「なんなの!?あいつらなんなの!?神官狩りとか何考えてんの!?馬鹿なのあいつら馬鹿なの!助けてド○えもん!ド○えも―ん!」
「ネタ古っ!」
傭兵ギルド(兼暗殺者ギルド)本部の一室。
ありとあらゆる場所に魔法陣が刻まれた不気味な部屋で、ヤケクソ気味な声が上がっていた。
「今現在お前の冷静なツッコミはいらねんだよ!ド○えもんを呼べド○えもんを!」
一際大きく緻密な魔法陣が刻まれた机を前に頭を抱えた人物は、異様な格好をしていた。
一言でその姿を表すと、等身大・黒てるてる坊主。
頭から被った黒く大きな布は、裾を思いっきり引きずっているため、足元が全く見えない。しかも普通ならばフードになっているはずの顔の部分にも布がかぶさっている為、前後が全く判らない。
首のあたりに金属製の輪が浮遊していて、それにより黒布が多少絞られるため、一応人型をしている事がわかる。
黒い布はよくよく目を凝らしてみれば指先ほどの大きさの魔法陣がミッチリ描きこまれており、それらが時折光を放つため全体に物凄く怪しい雰囲気を醸し出している。
ソレの発している声が情けなさに満ちた現実逃避でなければ、一体どちらの暗黒魔人様ですかといったところだ。
「ボケたらちゃんと突っ込めと怒ったのはお前さんでしょや?ド○えもんが何かは存じませんがねェ」
そしてその暗黒てるてる坊主の対面に立ち、フ―やれやれとやたらイラつく動きで肩を竦めた男が一人。モノクルをかけ、灰髪が散った顔には胡散臭い笑みが乗せられている。
「止めろよお前!止めろよ!クレイ!現場に居たんだろ!神官にちょっかい出すって、教会に喧嘩売ってるようなもんじゃね!?教会に睨まれたらこんなギルドペチャンコだよ!ギルドマスターの俺責任者じゃん!教会に殺されるー!」
うわあああああと身を捩って苦悩するギルドマスターを至極愉快そうに眺めながら、クレイと呼ばれた灰髪の男はわざとらしく「そういえば……」と続けた。
「昨夜は、かの死神殿も酒場に来てたんで。依頼板をじいっと見ておいででねェ」
その言葉を聞いた途端、黒てるてる坊主がピタッと動きを止めた。
脱力したように机に突っ伏していたかと思うと、ぶつぶつと小声で何事が呟く。
クレイがそれはもう楽しそうに屈みこむと、ギルドマスターの呟きが聞こえてきた。
「無理。もうムリ。アレは無理。だってムリ。超こわいじゃんあの人マジで人間なのってレベルで怖いじゃんむしろなんであの人ギルド入ったの?なんで一応俺の部下的なギルドに入ったの?なんであんな怖い人が俺の部下なの?無理じゃね?無理ゲーじゃね?マジ怖いんだってあの人名前を言っちゃいけないヒト的な感じの、名前言ったら現れそうな感じやめてーこないでー怖いよーお願いですどうか冥界にお帰り下さいもしくは魔王城にお帰り下さいお願いしますなんまんだぶなんまんだぶなんま……ハッそういえば俺あのヒトの名前知らなくね?ヤッタネ俺勝ち組!名前知らなければ呼べないもんねーていうかあのヒト登録用紙に名前書いてなくね?ヤッタネ!これでギルド内でウッカリ誰かが名前呼ぶってこともないね!ウフフこれでボクの人生は安心だネ!フフフこれでもし明日どっかの街に神官の死体が転がっててもバレな……い……」
バレない訳がない、とクレイは思った。かの死神様は、その辺り構わずの半端ないプレッシャーと武器の巨大さから、裏では密やかな有名人なのだ。
いわく、姿を見たら即座に逃げろ。
いわく、目が合ったら諦めろ。
そんな、歩く災害かとでも言われそうなことが結構本気で囁かれているため、危険に敏感な裏稼業の人間たちは好悪や興味のあるなしに関わらず、ひと言なりとも死神の噂を聞いた事がある者がほとんどだ。
彼がその武器を振るえば、その痕跡から彼に辿り着くのは容易いだろう。
教会に追われたとしても、その実力から彼本人は屁でもないだろう。だが彼の周囲、つまりギルドとしては存亡の危機だ。そしてそのトップで矢面に立たねばならないギルドマスターにとっても、生死のかかったのっぴきならない事態である。
チクショウなんで俺ばっかり……とさめざめと呟いた黒てるてる坊主は、ヨロヨロと立ち上がると机上の電話の受話器を手に取った。
「助けて、ド○えも―ん……」
ちょいとばかし脅しすぎましたかねェ。
架空の人物に助けを求め出したギルドマスターを見て、クレイは少しだけ、そうアリの涙くらいちょっぴり反省した。
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登録名、クレイ・グレイ。
店主と同様の古株であり、ギルドマスターお抱えの情報屋である。
しかしその実態は、ギルドマスター「で」遊ぶ愉快犯。
ある意味、影の黒幕は彼なのかもしれない……。
要約
ギルマス:
「お前らえーかげんにせえよ!」
クレイ:
「テヘぺロッ★」