前夜:死神は空気を読まない
※騎士隊長視点※
ぐしゅ、
腐った肉の潰れる音で、彼らは気を取り戻した。
「っ……助っ人殿!」
巨大な――それこそ人の背丈程もあろうかという漆黒の大剣を何の躊躇いもなく振り下ろした男は、呼びかけられた声に何の反応もよこさない。
ただ、呻き声を上げて次々と起き上がる元は人間だった者たちに、無機質な視線を注ぐ。瞬き一つしないその動作に、騎士たちがぞくりと背筋を強張らせる。
それを現在の状況のせいだと決めつけ、騎士隊長は声を張り上げた。
「囲まれているぞ!円陣を組んで掃討せよ!」
戦場だけあって、ここは死体が豊富にある。
悪戯好きな魔族がここに瘴気を撒いていったというのが事件の発端だった。
死体が、ゾンビ化したのである。
「隊長さん」
「何か、付き添い殿!」
死んで腐った人間が動くというのは、想像以上におぞましいものだ。魔物や生きた人間を倒す方が気が楽だということはないが、それにしても斬った感触の気味悪さと来たらとても比べ物にならない。
ぐじゅりと柔らかいものが潰れ、悪臭が飛び散る。
最悪だ。
「付き添いだけが仕事じゃないんで。あと、あの人の近くには寄らないで」
見た事も無い型の銃をがしゃりと鳴らして、まるで戦闘態勢とも思えぬ気の抜けたような無表情を引っ提げた男が言った。
傭兵ギルドから派遣されてきたという癖に、見るからに気のない様子の黒尽くめ2人に鼻白んで、名乗ろうとする男を遮って彼を「付き添い」もう一人の、どこか異様な雰囲気を漂わせる男を「助っ人」と勝手に呼んでいたのだが。
助っ人と呼ばれた男は誰から話しかけられても何の反応も示す事はなかったし、付き添いと呼ばれた男は屈辱的なその呼称に何の感情も動かされなかったらしく、「じゃそれで」ときたものだ。
馬鹿にされているのか、と部下がいきり立ったくらいの反応の無さ、ギルドには「腕利きを数名」と頼んだのに、これが役に立つのかと疑った。
「近寄るな?何、を言って……」
言葉が途切れた。
その、助っ人と自分が呼んだ男。
たった一人、蠢く死体の群れの中に飛び込んで——そこで、瞬き一つする間に、頭が3つ叩き潰された。
闇夜の中、月の光に照らされて、男の蒼い瞳が無機質な光線を描く。
男は悠々と歩いているように見える。だが、その周囲で巻き起こる黒い風は容赦なく亡者を切り刻み、肉片に変えていく。
びちゃり、胸の悪くなるような音と共に、死体の上に死体の破片が散らばった。
月の光に、腐った血に塗れた大剣がぬらぬらと光っている。
男の纏う黒いマントが剣と共に翻り、夜よりも黒い影が人間離れした速度でゾンビを屠っていく。
「……」
あれは、
あれは本当に人間か。
ガゥン!
唐突に爆音がしたかと思うと、目の前で肉片がはじけた。
ハッと振り返ると銃を構えた「付き添い」の男がちらりと視線を寄越す。特に声をかけるわけでもなく、彼の視線は再びゾンビに移され、引き金が引かれる。
ガゥン、ガゥン!
ひとつ、ふたつ、腐って溶け崩れた頭が破裂する。
数人の部下が、彼と同じように「あれ」の異常さに見入っていてゾンビの接近を許してしまったようだ。銃の狙った先は部下の目前に迫ったゾンビだった。
危うく襲われるところだった部下が礼を言うも、銃を握った男は先ほどと同じように、やる気のない視線をちらりと向けるだけ。
確かに、助けてくれたのだろう。助けてくれたのだろうし、ギルドの紹介どおり、腕利きでもある。
だが。
「……胡乱な連中だ」
――あれは、決して自分たちの味方にはならないだろう。
要約:
騎士隊長「しゃっきりせんかい!」
クロノ「はあ、どうも」
騎士隊長「……ふ、ふん少しはやるようだな」
クロノ「仕事しろよ」