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俺の高校3年生  作者:
2/4

タイムアウト:苦い苦い思い出

 どこかこもってる匂いがする更衣室。ドアには張り紙が張ってあり、“並木高校”と書いてある。その中からは、優しい低い声と、声を押し殺したようなしゃっくりのような音が聞こえる。


「いいか、バスケは結果が全てなんだ」


この高校のコーチである男性が腕を組み、悔し涙を流す選手たちに厳しいとも思われる言葉をかける。


「どんなに頑張っても、結果を残さなければ意味がない。いつも言っているだろう? しかし、お前たちは結果が残せなかった。それは変わらない事実だ」

「コーチ……」

「きっとお前たちを弱小校だというチームがいるだろう。それは結果がないから、当たり前のことだ。だがな、泣くことはない。お前たちは頑張った。それは俺が1番良く知っている。胸を張っていい」


ありきたりの言葉、でも、そのコーチの言葉は至の心に確実に響いていた。

その中には陽一、そしてキャプテンの誠とマネージャーの美奈もいた。その時はまだ、至はどこにも傷をおってない幼い少年だった。



至と陽一は並んで、久しぶりの都会の道を歩いていた。


「ひっく…至何泣いてんだよ、ひっく…」

「な、泣いてなんかねぇよ…う…」

「泣いてんじゃねぇかよ……」

「おっお前だって…ひっく」


車が通る音と風の音しか聞こえなくなった。2人は黙る。声を押し殺して泣いているせいでしゃっくりのような音が奇妙に出て余計に変になっている。

その時、2人の後ろから足音と大きな声が聞こえた。


「至! 陽一!」


ぴたりと立ち止まった。そして、腕で乱暴に目をこすり、そのあと同時に振り返った。


「美奈…」


マネージャーの美奈が息を荒くしながら走ってきた。茶色混じった髪をなびかせ女子にしては速いスピードで2人のもとに来る。

その後ろには誠もいた。


「誠まで…どうしたんだよ」

「別に? 家近いんだから一緒に帰ったって良いでしょ?」


にっこり笑ってそういう美奈に続いて誠も口を開く。


「どうせ泣きべそかきながら帰ってるんだと思ってさ。慰めてやるのが俺の仕事だろうが」


ニッと口元をつり上げてそう言った。そんな誠に陽一はむっとしたように歩き出した。


「泣いてなんかねぇよ。っていうかお前は悔しくねぇのかよ」

「悔しいに決まってるだろ、もうこれで俺たちの夏は終わったんだ。でも、ずっと泣いてるわけにはいられねぇだろう」

「誠は強いな…」

「ん? ごめん、聞き取れなかった、至」

「……立ち直りが早いって言ったんだよ」


あっこいつ照れてやがる〜、そう言ったのは陽一で、至は顔を赤くしたようだ。それが夕日のせいなのかは分からないけれど、至の足が早歩きになったから気のせいではないだろう。


「あーあ、家までまだまだ遠いな」


そう言って振り返った至は、さっきとは打って変わって笑顔だった。




 信じられない知らせを聞いたのはその1週間後。

陽一が至の家に飛び込んできたのが始まりだった。


「んだよ、家でおとなしく勉強してろよ」


「それどころじゃねぇんだよ!」


血相変えて叫んだ陽一を見た至は、表情を一変させた。


「何があったんだ?」

「ま、誠がっ! 誠の親父が……!」



2人が誠の家に着いたのは30分後。誠の家には村の住人がたくさん集まっていた。

その住人を押しのけて2人は誠のもとへ走った。


「誠!」


「陽一……至…」


玄関に座り込んで、呆然としている誠。それは一週間前の“強い”誠とは似ても似つかないほどだった。

至はつばを飲み込んで思い切って口を開いた。


「親父さんは…?」


その問いかけに誠は薄笑いを浮かべた。本当にこれは誠なのかと、疑いが心の中で出るほどに。


「消えたよ、どこかに消えてった…」

「き、消えたって! なんで! どこに!?」


至が声を荒げたことに、陽一は目を丸くする。そして誠は、薄笑いを急にやめてこう言った。


「天国じゃない…?」



誠のお父さんは行方不明になったらしい。それは誠ではなく、他の住人に聞いた話。





2人がとぼとぼと帰っていた。さっきからずっと無言だ。だが、それはしょうがない事なのかもしれない。すると2人の後ろから足音がした。至がおもむろに振り返ると、そこには美奈がいた。


「美奈…」

「ふ、2人とも…。わ、私どうすればいいの?」


拳を握り締めながら2人をまっすぐ見つめる美奈。きっと美奈も誠の家に行ったのだろう、息が乱れていた。そんな美奈の問いかけに、2人は冷たい言葉しか返さない。いや、返せないのだ。


「美奈は何にもしなくていい」

「な、何で…?」

「しばらくは誠に会いに行くなよ」

「何で!? 会いに行っちゃいけないって…なんで!? そ、そんな薄情なことできないよ! 陽一だってそうでしょ!?」


陽一は俯いたままだった。


「…至の言うとおりにしろ」


やっと何か言ったかと思えばこの一言。美奈の表情が怒りの表情に変わっていった。


「何なの! 何でそんな事言ってられるの! 助けたいとか、どうにかしようとか…そういう事思わないの!? それでも仲間なの!?」


「じゃあ、お前は何ができるって言うんだよ!!」


俯いたまま、陽一が叫んだ。美奈の体がびくりと震えた。すると、バツが悪そうに陽一は顔を上げ、静かに一言言った。


「もどかしいのは、お前1人じゃねぇ」


陽一は歩き出した。至は美奈のほうを1回見ただけで、すぐに陽一に続いて歩き出す。

美奈はそんな2人を見送ることしかできなかった。



それからしばらく経ち、誠のお父さんは発見された。見るも無残な姿だったという。

目に溢れんばかりの涙をためた誠は静かに泣き崩れた。誠は父子家庭だったのだ。


「お母さんに続いてお父さんまで…かわいそうに」

「誠君、つらいだろうけど頑張ろうね。犯人をすぐに見つけ出して逮捕してあげるから」


そんな警察の言葉に誠は力強くうなづく事しかできなかった。

その日誠は、警察の人の優しさ、というより同情から警察署で泊まらせてもらうことになった。家で1人でいるよりは良いからと至は聞いていた。



その日の夜中、誠は隣の部屋の怒鳴り声で目が覚めた。とにかく誰かが怒っているようだ。誠は自分の父親について何かが分かったのかと思い、医務室のベットから出た。

そして、忍び足をたてて隣の部屋のドアを少し開ける。すると中からの会話が少しずつはっきりと聞こえてきた。中には3人の男がいた。


「落ち着けって! とにかくあのガキをどうするかだよ」

「始末しちゃったほうが良いんじゃねぇ?」


誠の顔に不安が生まれた。『あのガキ』『始末』この2つの言葉が警察官の口から発せられるものだとは思わなかったからだ。その上、警察が言う『あのガキ』とは誰を指しているのか、誠にはある疑問が生まれていた。


「しっかし馬鹿だなお前! 何であんな約束したんだよ」

「しょうがないだろ、そう言ったほうが信用得られるかと思ったんだよ!」


約束、誠はびくりと体が動いたのが分かった。いつの間にか足が震えている。誠の中の不安が徐々に大きくなっていった。


「くっくっく…それにしてもあのガキ馬鹿だよなぁ。俺たちが自分の親父殺したとは知らずにここでのんびり泊まっちゃってんだからな」


誠の足の震えが止まった。不安なんて全部吹き飛んだ。今誠の中にあるのは、少しの恐怖とたくさんの憎悪。

いつの間にか誠は隣にあった植木鉢を持って立ち上がっていた。


「……どういう事だよ」


3人の警察官の笑い声でその声はかき消された。


――一瞬の出来事だった。

誠は植木鉢をもったまま中に飛び出して、後ろを向いていた1人を手の中のそれを使って頭を殴った。


「なっ」


何か言おうとした1番下っ端っぽい男は、最後まで言葉を言えないまま誠のバスケで鍛えた足によって一蹴された。そして我を忘れた誠は、机の上に置いてあった果物ナイフでその男のおでこを刺した。

真っ赤な鮮血が、誠の顔に飛び散った。


「なんで、なんでだよ……」


小声でそうつぶやきながら歩み寄る誠。残った1人はしりもちをついてしまった。どさりと荒っぽい音を立てながら誠はその男の上にまたがった。


「なんで! 何で殺したんだよ!」

「しょうがなかったんだ…! あいつが、俺たちの万引き現場を見たから! 上の人間にチクろうとしたか……!」


男の言葉が途中で止まったのは、噛んだとかそう言うことではなかった。男の目が完全に見開いた。男の顔の横で果物ナイフが地面にまで食い込んでいた。そのナイフの持ち手には誠の手。


「そんなことで?」

「ひっ…許してくれ…!」

「…お前らが悪いのに? 悪いのはお前らなのに? なのに何で、俺の親父が死ななきゃならないんだよ!」


涙が男の顔にぽたぽたと落ちる。


「許してくれ…? 許すわけねぇだろ…」


そう呟いた誠の声は低くて、悲しみと憎悪が入り混じっていた。

誠の手が動いた。ナイフが地面から抜かれ、誠の操るままになった。男は目を見開いたまま。その顔は恐怖で引きつっていた。


「た、助けてくれ! お願いだ! 命だけは!」


「ごめんな……」




高校三年生の夏。それは村の人間に傷を残した苦い苦い思い出。

何ですかね、これ。恥ずかしいです。

読者様、どうもありがとうございます。

次回も読んでいってください!

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