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プラットフォームの残響

作者: Tachun
掲載日:2026/05/27

雨の匂いがする。


六月の終わり、湿った風が駅前のアスファルトをなでていく。

改札の横で、航は折れたビニール傘を持ちながら電車を待っていた。


ホームの端には、部活帰りらしい高校生たちが笑い合っている。

その音を聞きながら、航はスマホの通知に気づく。


『【最終確認】進路希望調査の提出は本日中。まだ出していない人は至急連絡するように。』


担任からのメッセージだった。


東京の大学へ進学して、新しい世界を見るか。

地元に残って、今まで積み上げてきた関係を守るか。

それとも、音楽という夢を追いかけて、それ1本で生き抜くか。


選択するというのは、何かを選択しないということ。

混乱した頭を冷やすために、またホームに目を向ける。


画面を閉じても、選択肢だけが頭の裏に残った。


ふと、隣に人が立つ。


「まだ決められてないの?」


知らない男。

黒い傘を持ち、スーツを着ている。年齢は三十代後半くらいだろうか。


航は少し身構えた。


「……誰ですか」


男は答えず、線路の向こうを見たまま話し始める。


「君はたぶん、どっちを選んでも後悔するよ」


電車が通り過ぎる轟音の中で、その言葉だけが妙にはっきり聞こえた。


「でもね」


男は笑った。


「後悔しない人生なんて、たぶんない」


雨が強くなる。


ホームの屋根を叩く音が、世界を少しだけ静かにしていく。


「じゃあ、どうすればいいんですか」


航がそう聞くと、男は少し考えてから、

 

「ーーーーーーーーーーーーー」


その瞬間、電車が来た。


風が吹き込み、航は思わず目を閉じる。

開いた時には、もう男はいなかった。


ただ、ベンチの上に古いギターのピックだけが落ちているだけだ。


...見覚えがある。


高校一年の夏、文化祭で失くしたはずのものだった。


航はゆっくり拾い上げる。


そして、急に怖くなった。


もし今の男が、未来の自分だったら。


東京へ行った自分なのか。

行かなかった自分なのか。

夢を諦めた自分なのか。


それは分からない。


分からないまま、電車のドアが開く。


航はしばらく動けなかった。


けれど発車ベルが鳴り始めた時、

彼は小さく息を吐いて、一歩だけ前に出た。



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