プラットフォームの残響
雨の匂いがする。
六月の終わり、湿った風が駅前のアスファルトをなでていく。
改札の横で、航は折れたビニール傘を持ちながら電車を待っていた。
ホームの端には、部活帰りらしい高校生たちが笑い合っている。
その音を聞きながら、航はスマホの通知に気づく。
『【最終確認】進路希望調査の提出は本日中。まだ出していない人は至急連絡するように。』
担任からのメッセージだった。
東京の大学へ進学して、新しい世界を見るか。
地元に残って、今まで積み上げてきた関係を守るか。
それとも、音楽という夢を追いかけて、それ1本で生き抜くか。
選択するというのは、何かを選択しないということ。
混乱した頭を冷やすために、またホームに目を向ける。
画面を閉じても、選択肢だけが頭の裏に残った。
ふと、隣に人が立つ。
「まだ決められてないの?」
知らない男。
黒い傘を持ち、スーツを着ている。年齢は三十代後半くらいだろうか。
航は少し身構えた。
「……誰ですか」
男は答えず、線路の向こうを見たまま話し始める。
「君はたぶん、どっちを選んでも後悔するよ」
電車が通り過ぎる轟音の中で、その言葉だけが妙にはっきり聞こえた。
「でもね」
男は笑った。
「後悔しない人生なんて、たぶんない」
雨が強くなる。
ホームの屋根を叩く音が、世界を少しだけ静かにしていく。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
航がそう聞くと、男は少し考えてから、
「ーーーーーーーーーーーーー」
その瞬間、電車が来た。
風が吹き込み、航は思わず目を閉じる。
開いた時には、もう男はいなかった。
ただ、ベンチの上に古いギターのピックだけが落ちているだけだ。
...見覚えがある。
高校一年の夏、文化祭で失くしたはずのものだった。
航はゆっくり拾い上げる。
そして、急に怖くなった。
もし今の男が、未来の自分だったら。
東京へ行った自分なのか。
行かなかった自分なのか。
夢を諦めた自分なのか。
それは分からない。
分からないまま、電車のドアが開く。
航はしばらく動けなかった。
けれど発車ベルが鳴り始めた時、
彼は小さく息を吐いて、一歩だけ前に出た。




