魔王城に連れて行かれた俺、女魔王の婚約者にされました
「お前は――今日から余の夫だ」
……は?
目の前でそんな意味不明な宣言をしているのは――
人類最大の敵。
女魔王ヴェルミアだった。
腰まで届く艶やかな黒髪。
宝石みたいに赤い瞳。
頭から伸びた黒い角。
そして、やたら色気のある顔。
どう見ても恐ろしい魔王のはずなのに――
「よし! これで余も子孫を残せるな!」
なぜか少し顔が赤い。
……いや待て。
話についていけない。
俺、カインは勇者でもなんでもない。
魔王討伐軍に所属する、ただの一般兵だった。
そして戦争中、
俺は女魔王ヴェルミアに捕まった。
当然、待っているのは拷問か処刑。
……そう思っていた。
なのに。
「というわけで結婚だ!」
「はい?」
「拒否権はないぞ!」
返事が早すぎる。
いやそもそも、
なんで魔王が人間に求婚してるんだ?
混乱する俺をよそに、ヴェルミアは上機嫌で言った。
「結婚式の日取りも決めねばな! 配下たちも全員呼ぶぞ!」
……これ、もしかして断れないやつか?
「さあ! 次はウェディングドレスを選びに行くぞ!」
ヴェルミアはそう言うなり、俺の腕を掴んだ。
「……いや、なんで俺まで?」
すると彼女は当然のように言い放つ。
「夫だからに決まっているだろう!」
いやその理論はおかしい。
そして俺は、そのまま強引に連行された。
――魔界へ。
空は赤黒く染まり、見たこともない建物が並んでいる。
道を歩いているのは、
悪魔。
獣人。
サキュバス。
どう見ても“人類の敵”みたいな連中ばかりだった。
しかも全員、
ちらちらとこちらを見てくる。
……いや、正確には。
俺ではなく、ヴェルミアを見ていた。
「ヴェルミア魔王様だ!」
「魔王様、お疲れ様です!」
ヴェルミアが通るたび、
魔族たちが一斉に頭を下げる。
するとヴェルミアは、さっきまでの様子が嘘みたいに威厳ある声で言った。
「うむ。我が配下たちよ、今日も励むがよい」
……誰だこのカッコいい女。
さっきまで「結婚だ!」とか騒いでたやつと同一人物か?
すると、一人の悪魔が恐る恐る俺を見た。
「ヴェルミア様……その人間は?」
「うむ」
ヴェルミアはなぜか誇らしげに胸を張る。
そして――
「余の夫だ!」
「「「はぁぁぁぁぁっ!?」」」
魔界中に響きそうな勢いで、驚愕の声が重なった。
「結婚式の日取りは後日伝える」
そう言いながら、ヴェルミアは俺の腕にぎゅっと抱きつく。
「さあ行くぞ、カイン!」
そして俺は、
女魔王に腕を組まれたまま――
魔界中心街にあるウェディングショップへ連行されるのだった。
「どうだ!? このドレス、余に似合っているか!?」
ヴェルミアは白いウェディングドレス姿で、くるりと回ってみせた。
……いや。
これ絶対、もう何十着も試着してるよな?
店員のサキュバスたち、若干疲れた顔してるし。
「似合ってますよ、ヴェルミア様」
俺がそう答えると、ヴェルミアはじーっとこちらを見つめてきた。
「……それだけか?」
「え?」
「もっと大きな声で褒めろ!」
面倒くさい彼女か。
「ほ、本当に綺麗です! めちゃくちゃ似合ってます!」
するとヴェルミアの顔が一気に赤くなる。
「――よし! これにする!」
どうやら今の回答が正解だったらしい。
こうしてヴェルミアは、満足そうにウェディングドレスを選び終えた。
そして――
魔王城へ戻った、その夜。
「今日は余が夕食を作る!」
ヴェルミアが高らかに宣言した。
「えっ、ヴェルミア様が?」
「当然だ! 夫に手料理を振る舞うのは妻の務めだからな!」
そう言って現れたヴェルミアは――
なぜかピンク色のエプロン姿だった。
長い黒髪。
色気のある顔。
魔王らしい威圧感。
……なのにピンクのエプロン。
ギャップがすごい。
「人間の料理を作るぞ! ステーキだ!」
やたら楽しそうに笑うヴェルミア。
……女魔王って、こんなに可愛くていいんだろうか。
「さあ、食べるがよい!」
ヴェルミアが自信満々に皿を差し出してきた。
そこに乗っていたのは――
黒かった。
……いや、ステーキなんだけど。
かなり黒い。
絶対焼きすぎてる。
たぶん頑張って作ったんだろう。
でも、どう見ても炭に片足突っ込んでる。
「どうした? 早く食べろ!」
期待に満ちた目で見つめてくるヴェルミア。
……食べないという選択肢、ある?
相手は女魔王だぞ?
しかも俺の“婚約者”らしいし。
俺は覚悟を決め、ステーキを一口切って口へ運んだ。
――しょっぱい。
いや待て。
めちゃくちゃしょっぱい。
しかも普通に焦げの味がする。
「どうだ?」
ヴェルミアがきらきらした目で聞いてくる。
その視線があまりにも真っ直ぐで――
俺は無理やり笑顔を作った。
「……すごく、美味しいです」
「本当か!?」
ぱあっと表情を明るくするヴェルミア。
……うん。
世界最強の女魔王も、
料理だけは壊滅的らしい。
そして――
ついに結婚式当日。
女魔王ヴェルミアと人間の結婚式は、魔界中でとんでもない話題になっていた。
魔王城には悪魔族、サキュバス、獣人たちが集まり、豪華すぎるほどの祝宴が開かれている。
「本当に結婚するのか……」
「しかも相手、人間らしいぞ」
「魔王様、本気だったんだな……」
ざわめきが広がる中、俺は黒い礼装に身を包んでいた。
そして――
大広間の扉が開く。
現れたのは、純白のウェディングドレスを纏ったヴェルミアだった。
長い黒髪。
赤い瞳。
魔王らしい圧倒的な存在感。
なのに今の彼女は、どこか年相応の女の子みたいにも見える。
……綺麗だった。
普通に、見惚れるくらいには。
ヴェルミアはゆっくり俺の前まで歩いてくると、不安そうに視線を揺らした。
「……どうだ?」
「え?」
「余は……ちゃんと美しいか?」
いつもの偉そうな態度なのに、少しだけ声が弱い。
たぶん、緊張しているんだろう。
だから俺は、今度は迷わず答えた。
「はい。すごく綺麗です」
「っ……!」
その瞬間、ヴェルミアの顔が真っ赤になる。
でも彼女は誤魔化すように胸を張った。
「そ、そうか! なら問題ない!」
そう言って笑うヴェルミアを見て、俺も少し笑ってしまう。
……ああ。
たぶん俺は、もう結構この人のことが好きなんだと思う。
結婚式は、厳かな空気の中で進んでいた。
司式を務めるのは、長い白髭を生やした老悪魔。
いかにも“魔界の重鎮”といった雰囲気だ。
老悪魔は杖を鳴らし、厳粛な声で問いかけた。
「花嫁、ヴェルミア。汝は夫カインを永遠に愛すると誓うか?」
するとヴェルミアは、一切迷うことなく答えた。
「誓う!」
即答だった。
しかも妙に嬉しそうだ。
会場の悪魔たちがざわつく。
「魔王様があんな顔を……」
「完全に恋する女の顔では……?」
そんな声まで聞こえてきた。
そして次に、老悪魔は俺を見る。
「花婿、カイン。汝は妻ヴェルミアを永遠に愛すると誓うか?」
俺は――
少しだけ、ヴェルミアを見る。
黒髪。
赤い瞳。
圧倒的な力を持つ、世界最強の女魔王。
なのに今は、不安そうにこちらを見ていた。
……ああ、本当に。
この人は俺の返事を、ちゃんと気にしてるんだな。
だから俺は、もう迷わなかった。
「はい。誓います」
その瞬間、ヴェルミアの顔がぱっと明るくなる。
老悪魔が静かに頷いた。
「では――誓いの口づけを」
俺はヴェルミアの前へ歩み寄る。
そして、そっと唇を重ねた。
ヴェルミアの肩がびくっと揺れる。
……下手だ。
女魔王のくせに、キスは驚くほどぎこちない。
でも。
その唇は、少し熱いくらいに温かかった。
その瞬間――
会場中から、大きな拍手が巻き起こった。
「ヴェルミア様ー! お幸せに!」
「ついに魔王様が結婚か……!」
「おめでとうございます!」
悪魔たちも、サキュバスたちも、皆どこか嬉しそうに笑っている。
最初は“人間との結婚”に戸惑っていた連中も、今では完全に祝福ムードだった。
そんな中。
ヴェルミアがそっと俺の袖を引っ張る。
そして、周囲には聞こえないくらい小さな声で囁いた。
「……余は、お前の花嫁になれて幸せだ」
その赤い瞳は、さっきまでの“女魔王”ではなく――
ただ、一人の恋する女の子みたいだった。
だから俺も、自然に笑って答える。
「俺もです。ヴェルミア様」
もう、迷いはなかった。
最初は突然すぎて振り回されているだけだと思っていた。
でも今なら分かる。
俺はきっと――
この世界で一番強くて、一番不器用で、一番可愛い女魔王に、本気で惚れている。




