タグを外した日
「ねぇ、この首からぶら下げてるタグ、なんの意味があるの?」
机にだらりと上半身を預けている元気くんがこちらを見て眠そうにケースからカードを出す。
「これあると、娯楽品と交換できんねん」
目を閉じながらニヤリと口角を上げる。
「私は今350ポイントくらい貯まってたな。そろそろ何かと交換するか」
私だけ知らない情報がまだあったらしい。
早速家に帰ると元気くんが説明をしてくれた。
「このテレビの録画機に、カード入れるところがあるんやけど」
軽く押し込み中に入れると『ウェルカム』という文字がテレビに映し出された。
「リモコンで操作して、欲しいグッズや食べ物と交換できるんや!」
「知らなかった!私もポイントある?」
「基本的に担任の先生が日頃の行いをみてポイント配布すんだよ。つむぎは学校サボるとかしてねぇし貯まってると思うぞ」
元気くんが目をらんらんとさせグッズ紹介ページを開いていく。
新作とか書かれている物もあり気持ちが上がっていく。
「ポイント交換以外に、なにか効果ある?このタグ」
車校でも先生から必ず着けるように厳しく言われているのだ。ポイント交換だけではなさそうだ。
「お茶入れてやるよ」
芽依がゆっくりソファから体を離す。いつも食事を食べる椅子に座りこの世界では歴がいちばん長い元気くんが説明してくれるらしい。
「ココアうまいわぁ〜。芽依いつもありがとう!っと、結構大事な話やからちゃんと聞くんやで、つむぎ」
芽依は暖かいコーヒー、私はミルクティー。この3人の定番である。
「大事な話とか、先生はいつもしてくれないね。」
「ここにいる先輩みたいな人が教える伝統みたいなもんだよ」
音も立てずにコーヒーを嗜む。
「とりあえず、このタグに入っとるカードは風呂以外外したらあかん」
「あの世に行くとか?」
冗談めかして聞いてみる。
「ここあの世ちゃうんかい!…思わず突っ込んでもうた」
ふうと息を吐く。
「花になるんや。それもきれいで立派な」
ついに元気くんがおかしくなったかと思い芽衣野に目線を送ると…まじめな話っぽい。
「よくあるやろ、花屋に咲いとる一輪の花。あの中にたまーに幽霊混じっとんねん。」
「墓場とかにやけに綺麗な花落ちてることあるだろ。あれ幽霊なんだよ。」
芽衣は冗談を言うタイプじゃないのはわかっている。
「花だったら枯れちゃうんじゃないの?」
のんのんと元気くんが首を横に振る。
「永遠に枯れへん生き地獄が待っとるらしいで。」
ん?花屋に飾れる?私たちは人間から姿は見えないはず。
「勘がいいなつむぎ。花になってある程度時間が発生すると人間から見えるようになるし触れるようになるんだよ。」
そんなことがあるなんて…!
確かに先生も『基本的に』人間から認識されることはないと言っていたが、このことだったのか。
「タグは私たちにこの世界にいていいって証明してくれてるんだね」
絶対タグ付け忘れることのないようにしようと固く心に誓った。
「ほなお先に畑いっとるで!」
名前の言う通り家中に響く声でいってきますと玄関の扉を開ける。
「『もっちゅん』の代わりの『もちゅんちゅん』育て始めてから畑に行く時間はやくなったよね」
「ネーミングセンスが壊滅的なんだよ」
元気くんを見送ってからもしばらく朝の『レッツら30分クッキング』を芽衣とみていた。変なところがリアルでなかなかに朝から気分があがるテレビ番組なのである。
芽衣と先ほどの番組の感想を言い合いながら畑まで歩く。
「乾燥してるよ!元気くん!」
ネタで芽衣に伝えたのではない。本当にしおしおになって畑の『もちゅんちゅん』の横で倒れているのである。
「…元気、タグつけてなくね?」
「家に忘れたぁ…」
か細い声で一言だけ言い残し意識をどこかに飛ばした。
「くっそ、ちょっとしたミイラみたいになってんな」
「昨日タグの話したばっかりなのに……」
家に忘れてきたのなら取りに戻らなければならない。
足の速さだけでいえば芽衣のほうが断然速い。
すでに屈伸やふくらはぎのストレッチを行っている芽衣のかわりに私は何ができるだろうか。
…なにか、タグを持ってくる以外に蘇生させる方法はないのだろうか。
「ちょっと家に帰って元気のタグ探してくる。元気のこと頼むな」
こちらも見ずに全速力で駆け出して行った。それだけ芽衣に信頼されているのだと思うと少しほろりと来るものがあった。
とりあえず花といえば…
「野菜と一緒で水とか肥料かな」
重い肥料とバケツ一杯の水を元気くんにかけてみる。
しばらく様子を見てみるが、特に変わった様子はない。
…え、花って肥料と水あげたら元気になるんじゃないの?
気が付けば足の一部がうっすら茎になりかけている。
想像より花の茎がリアルでひぃと情けない声を上げる。
うだうだしている時間はない。芽衣がタグを持ってくるまでに持ちこたえないと。
今私が思いつく花といえばを一通りやった。
けれど逆に茎の部分がだんだん濃くはっきりとしてきた。
「だめだ!このままじゃ元気くんが花になって花屋さんに並んじゃうよ!」
だんだん元気くんの呼吸が浅くなっていく。
「元気くん、畑の野菜が元気ない時こうしたらいいって言ってたじゃん!」
少し涙ぐみながら元気くんの意識が飛んだ白目の顔を見る。
元気くんから変な音がすると思いそっと耳を近づけると体中からヒューヒューという空気の音が聞こえた。
「こんな良くわからないお別れいやだよ!」
呼び起こそうとのどが焼き切れるんじゃないかというくらい大きな声で名前を何度も何度も叫ぶ。
しばらくして、私の喉が先に限界が来た。
こうやって別れは突然やってくるのだなと、突然交通事故で死んで幽霊になった日のことを思い出す。
「元気くんもちゅちゅんの成長見届けなくていいの?連ドラだってまだ途中だよ?」
ガラガラの声で元気くんを揺り起こそうと体をゆすっていると同時に遠くから規則正しい足音が聞こえてきた。
「芽衣!!」
片手にはタグを持って息を切らしながらこちらに向かってくる。
安堵しながら元気くんのほうを見ると、先ほどより明らかに花になっている。
皮膚の色が緑色になり顔を中心に花びらまでうっすらと見え始めていた。
「まだ花になってないな、すげぇことになってるけど。……生きてるか?」
「元気くんが逝っちゃうよぉ」
我ながら情けない声のボリュームである。
水でびしゃびしゃな元気くんの首元にタグを通す。
「………間に合えよ」
下唇をぎゅっとかみしめた。
しかし皮膚の呼吸は止まらない。
しかも先ほどより皮膚で呼吸しているようにスースーと音を立てている。
「なんでダメなんだよ!」
芽衣が声を荒げる。
タグはつけた。問題はないはずだ。
それとも花化が進行しすぎてもう元に戻れないとか?
嫌な結末に背中をナメクジが這うような気持ち悪さを感じた。
…そういえば元気くんが朝、長くリモコンを触っていたことに気が付いた。
やけに交換画面を見ていた。
もしかして、ポイント交換所をテレビで見ていたのかもしれない。
カードを抜かずに畑に向かったなら……!
「芽衣!元気くんのカード録画機の中かも!」
「はぁ!?」
肥料を払いのけタグの中身を確認する。
「空じゃねぇか!くそ!」
首にかけていたタグを荒々しくはぎとる。
「どうしよう芽衣!元気くん間に合わなくなっちゃう…」
と同時に泣き崩れてしまった。
元気くんがいなくなるなんて考えられない。
えぐえぐと涙を流す私の横で芽衣が無言で何か考えている。
「……つむぎ、走れるか」
顔を上げどうしてとつぶやく。
「私が元気を背負って家に向かうから、つむぎは先に家のカードを抜き取ってほしい。道の途中で落ち合うぞ」
芽衣の目は本気だった。
ふと元気くんのほうを見る。
―諦めたくない。
「わかった、先に行ってるね!」
泣きすぎて思い頭をぐらりと持ち上げ走り出す。
幽霊とは程遠くなった姿の元気くんを持ち上げ、芽衣もゆっくり追いかけてくる。
走れ走れ!
息が苦しい。
後ろを何度も気にしてしまう。
芽衣も足を踏ん張りながら元気くんを運んでいる。
「前見て走れ!」
芽衣のその言葉を聞いて苦手なランニングに集中した。
ただ一秒でも早くカードを持って芽衣のもとへ向かうんだ。
何度も足をもつれさせながら家へ向かった。
「ほんまにありがとお!顔洗う時外したんすっかり忘れとった!」
元気くんから少し距離を取って頷く。
「………誰やねん!俺に肥料と水かけたの!」
肥料といっても私たちの畑では割とちゃんとした肥料を使うことある。
「一番効果あるけど、一番臭いやつ元気にかけたな」
鼻をつまみながら顔をしかめる。
「元気くんが意識取り戻すんじゃないかって思って」
二人に目を合わせず下を見たまま答える。
私は目の腫れを隠すようにへそのあたりを見続けた。
「服にしみ込んどる。一旦着替えてから車校いくわ」
私たちがどれだけ必死だったかも知らないで。
芽衣が元気くんの背中を強く蹴った。
しっかりにおいを洗い流してきたであろう元気くんは珍しく学校を遅刻した。
私たちは元気くんのほうを見ることができなかった。
「なんや、頭から花びらが落ちてくるんやけど、なんで?」
誰も何も言わなかった。
花びらだけが、静かに落ち続けていた。




