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そのチート、パン以外に使い道がありますか?  作者: 天野 麦


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第2話:努力と見せかけた効率化

首席品質技官ノアの仕事は、広大な農場全体に拡大した。しかし、彼の勤務態度が大きく変わることはなかった。相変わらず朝一番に畑へ行き、『ルーペ・アイ』で土壌を覗き込み、手帳に記録をする。


彼の唯一の変化といえば、農場長から押し付けられた「品質技官専用の事務机」が、彼の小屋の片隅に置かれたことだった。


「農場長は、毎日ここに座って『管理』をしろと言うが……」


ノアは事務机を埃除けのように扱い、その上に新しい小麦の種を広げ、鑑定していた。「管理なんていう非効率なことより、この『パン専用の種』を早く試したいのに」


ノアの興味は、いかに楽に、確実に、最高の小麦を生産するかという点に尽きていた。そのため、彼は自分の作業時間を短縮するためだけに、驚異的な効率化を始めた。


彼の最も苦手な仕事の一つが、他の農夫への指導だった。彼らにとって、ノアの「水分の過剰分は3%で、理想のグルテンのためにはその後の窒素肥料の投入を12時間遅らせる」といった指示は、あまりに抽象的で理解不能だった。


「口で説明するのは、パンを焦がすのと同じくらい非効率だ」


ノアはそう判断した。


ある日、農場全体で深刻な問題が持ち上がった。過去数年間で最も深刻な病害虫の流行だ。他の区画は収穫が危ぶまれ、農場長は顔面蒼白だった。


しかし、ノアの管理区画は、まるで何事もなかったかのように青々と茂っている。


「ノア君!君の区画だけはなぜだ!何か特別な魔法でも使っているのか?」農場長はすがるように尋ねた。


ノアは、自分が作った数枚の羊皮紙の束を差し出した。


「魔法?いいえ。これは『ノア式農法マニュアル』です。病害虫は、『この葉っぱは栄養が多すぎる』と判断したら近づかなくなります。『ルーペ・アイ』で病害虫がつく前の『微細な栄養過多の兆候』を見つけ、その兆候が特定の数値になったら、これを散布しろ、という指示書です」


マニュアルには、誰でも理解できるように、簡潔な数式と手順が記されていた。


手順3: 葉の色が「黄緑色の彩度70」になったら、水と石灰を「4:1」で混ぜたものを散布。


これは、ノアが【ルーペ・アイ】で病害虫の「食欲」を解析し、彼らが好まない栄養バランスを導き出し、それを一般人でも再現できるように「数値と色」に置き換えたものだった。


他の農夫たちは半信半疑でマニュアル通りに動いた。するとどうだ。その日から、病害虫の被害は驚くほど収束した。作業時間も削減され、彼らの残業が減った。


「こんな簡単なマニュアルで、残業が減ったぞ!」 「ノア様は天才だ!これは組織全体の効率に関わる画期的な功績だ!」


彼らの間では、ノアはもはや「ミスター品質管理」ではなく、「労働環境を改善した革命児」として崇められるようになった。


その功績が王都に報告されると、すぐにノアのもとに新しい肩書が届いた。


『国営農場 技術改良統括責任者』。


ノアは王都からの堅苦しい羊皮紙を手に取り、首を傾げた。


「また面倒な肩書が増えたな。でも、このマニュアルのおかげで、もう一人一人に口頭で指導しなくても済む。これでパンの研究時間が確保できるな」


ノアにとって、この功績はあくまで「自分の作業を楽にするための効率化」に過ぎなかった。他の農夫の労働環境が改善されたことは、パンを焼く環境が安定したという付随的なメリットでしかなかった。


その夜、ノアは再び石窯に火を入れた。


「次は、パンの生地の発酵時間を、湿度と温度の数値から『最短で最適な時間』を導き出すマニュアルを作らないと。そうすれば、もっと多くのパンを焼ける」


ノアの目標は常に、最高のパンを焼くこと。その過程で、彼は無自覚に農場の管理体制を革新し、王国の食料生産の根幹を安定させていた。


ノアは、明日から始まる「発酵時間短縮」のための地味なデータ収集に思いを馳せ、今日の労働環境改善の功績のことなど、すっかり忘れていた。

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