9.変態の目にも涙
前公爵夫人はカツカツと凄い速さで私の前までやってくると、
「間に合ってよかったわ!大丈夫だったかしら、ああ、毛艶はいいわね?」
やはり猫扱い?にゃーと言いたいのをウズウズしながらも我慢します。
「初めまして、ミモザ・クレイトンと申します」
申しますニャと言わなかった私を誰か褒めて?
「あら、ごめんなさいね。慌てるあまり挨拶すらしていなかったわ」
よかったです。先程までは焦っていたからだったのですね。なかなかに破天荒な親子だと思ってしまいました。
「私はフィザリスの母のマルグリットよ。
今回はこのお馬鹿が無理を言って本当に申し訳なかったわね」
あら?私のことがお気に召さないのかと思っていましたが、ご子息のなさりようを怒っていらっしゃったの?
「母上!私は無理強いなどしておりません!」
「公爵家からの申し出と言うだけで無理強いでしょう!」
まあ、この方も常識人だわ。フィザリス様の偏執的な性質はどこから来たのでしょう。
「だいたい三十路の男がまだこんなにもあどけない令嬢を拐かすなど言語道断!
私の可愛いイリスちゃんのように禿げちゃったらどうするの!」
…………はげる?それはかなり嫌です。
思わずそっと一歩下がってしまいました。
「ミモザ!?」
あら目敏い。たったの一歩でしたのに気付かれてしまいましたわ。どうしましょうか。
「フィザリス様、私の他にも心を寄せた方がいらっしゃったのですね」
先手必勝。攻撃は最大の防御です。
「違う!イリスは母上の飼っている猫だっ!」
「……比喩では無く?」
「本物の猫だよ、今度紹介するから信じてくれ!」
「では、動物虐待」
「ミモザ、違うんだっ、私はただ大切にしていただけでそんなつもりでは……」
あら、泣きそうですわ。どうやら私の一歩のことは忘れて下さったみたいなのでここで終わりましょうか。
「誤解ならばよかったです。少しでも疑ってしまってごめんなさい。私を許して下さる?」
「もちろんだよ、ミモザが信じてくれてよかった!」
途端に元気になり飛びつこうとした駄犬なフィザリス様はマルグリット様に扇で叩かれました。
「痛っ!母上、何をするのですか!」
「お前こそ母の前で何をするつもりです?」
あらまあ。扇で殴られたのは私ではなくフィザリス様でしたわ。でも、本当に扇とは武器になるものなのですね。鉄扇とかもお持ちなのかしら。見せて欲しいです。
「ミモザさんはおいくつ?」
「16歳です」
「ああ、何ということでしょう。どう見ても犯罪じゃない!
ミモザさんはこんなにも可愛いのですもの。どうせ貴方はまた弄くり回してストレスで禿げさせるに決まってます!」
「違います!私はお世話をしていただけで」
「お前は構い過ぎなの!
お膝に抱えて撫でくり回して肉球に触りまくってしまいには匂いを嗅ぎまくる!
怪我をしてはいけないからと部屋から出さず、ようやく出しても怪我をしないようにと抱っこでの移動!
清潔でいなければと3日に一度のお風呂!
可哀想なイリスちゃんはひと月でハゲができてしまったじゃない!」
気まぐれニャンコさんをそこまで構いまくってはいけませんわ。……でも、前半は近いものをされそうになった気がしますね?
パチリとマルグリット様と目が合ってしまいました。
「……まさかミモザさんにまでやっちゃったりしているわね?」
「大丈夫です!未遂ですから!」
匂いを嗅がれたり舐められたりはしたけれど、部屋からは出られたし抱っこ拒否もしたからたぶん未遂だと思いますわ。
「片鱗があるのなら危険だわ。たぶん愛が増すほどエスカレートするわよ?」
「母上、止めて下さい!」
「貴方が止めなさいな」
マルグリット様は本当にお強いですわ。
でも困りました。フィザリス様が大好きなわけではないですが、そこまで嫌いでもありません。
ここは正直にお話するべきかしら?
「マルグリット様。確かにフィザリス様はちょいちょい暴走することはありますが」
「ミモザ!?」
「ですが、ちゃんと私に聞いて下さいますわ。こう思うのだがどうしようか、と。
それで私が駄目ですよ、止めて下さいませとお願いしたらちゃんと聞いて下さいますの。
もちろん、私のような子爵家の小娘では公爵家の嫁として受け入れられないと言うのであれば従います。
ですが、私を心配して下さっているだけならば、もう少しお互いを知る時間を頂けませんか?
せっかくのご縁ですもの。出来る事なら、二人で互いの気持ちを大切に育てていきたいと思っております」
だって、こんなにお顔が好みの方はなかなか現れないと思いますし。そんな方が愛して下さるのなら、多少変態でも許せるかな~と思うのですが駄目でしょうか。
それに外見は大きいですが中身は子犬。今なら躾も可能かと思われます。
「……ミモザさんは本当にいいの?」
「マルグリット様、私こそ本当に良いのでしょうか。私が自慢出来るのは健康であることと家族の仲が良いことくらいで、他には何も持ち合わせておりませんわ」
このままだと監禁しといた方が公爵家の恥にならない!とか言われそうで少し心配です。
「あ」
「え?」
ちょっとフィザリス様を忘れていたなと思ったら、何故かポロポロと涙を流しておりました。
何故?